01、情緒不安定な死神と不機嫌な猫耳男
天井も白、壁も白、床も白。窓もなければシミひとつない真っ白な部屋。
気がついたらこの白い部屋に白い着物を着て座っていた。
「だからね、鎌を大きく振った先に君がいてうっかり魂を刈っちゃったんだ。ほんっとごめんね〜」
「はぁ」
この部屋にいるのは、私とフードを目深にかぶった黒いローブの人だけ。
黒いローブの人は、口元しか見えないが先ほどから何度も聞く謝罪の言葉は軽い。そして、フードから覗く口元は楽しそうに弧を描いていて、喋る度にチラリと見える犬歯が尖って牙っぽく見える。
この人が死神なんて最初に説明されなければとても信じられない。
私、斎藤真冬はどうやら死神のうっかりで死んでしまったらしい。
大学受験も終わり、友達と今度遊びに行こうねと約束し別れた帰り道。
家に帰った記憶がないから、帰り道の途中で死んだんだ。
「それでね、本当は生き返らせてあげたいんだけど、事実確認とか色々していたら君の身体火葬されちゃってさ」
「そうなんですね」
あ、だから白い着物――死装束を着ていたんだ。着物を左前で着ていたからおかしいと思ったんだよね。
「お詫びに知り合いの神が管理する別の世界に招待するからね。同じ世界での転生は規約上許可されないからそこはごめんね」
「わかりました」
「……その神がね、あちらの世界で生きやすいようにいろいろプレゼントくれるって。最初はとまどうかもしれないけど、すぐ慣れるよ!」
「はい。ありがとうございます」
「あー……あのね」
先程まで笑顔だった黒いローブの死神さんの声のトーンが低く、頼りないものになった。
「ぼくが言うのもあれなんだけど、怒ったりとかさ……ないの?」
「怒って生き返らせてもらえるなら怒りますけど。それに説明もしてくれて、一応謝罪ももらって別の世界で生きる事ができるなら、いいんじゃないですか」
家族は悲しんでいると思うけど、優秀な姉がいるし、姉には学生の時から付き合っている彼氏がいるし、私がいなくなっても問題無いと思う。
大学に入学する前だから入学金もそのままだしね。在学中に死ぬよりはマシだよ。うん。
「どうして自分の死をそんな他人事のように考えるのさ。ぼくは君の向こうでの未来とか楽しみとか、全部全部奪っちゃったんだよ」
死神なのに私のことを気にしているらしい。フードで顔が見えないが、声がどんどん震えて今にも泣きそうに聞こえる。
それよりさっきまで笑顔だったのに今は泣きそうとか、この人、情緒不安定すぎでは?
「もしかして、私に怒られるためにわざと明るく振る舞っていたんですか?」
私の言葉に死神がびくりと肩を震わせた。手を上下にバタバタ振りながら説明し出す。
「いや違う! 最初はものすごく嬉しかったんだけど、よく考えたら恨まれても仕方ないなって思って‼︎」
「ものすごく嬉しかった?」
どういうことか訊こうとしたら、いきなり足元が光り出した。
「っ⁈ まぶしっ」
「ア、モウジカンギレダァ。ソレジャ、ゲンキデネ」
明らかに棒読みの死神が手を振っている。
目の前が真っ白になり、私は光に包まれた。
◇
光が収まって目を開けると、周りを高い木々に覆われた深い森の中に座っていた。
「ここどこ? どうせなら街中とか人がいる所に行きたかった」
心地良い風。目に優しい緑色。美味しい空気。木々の間から温かい陽光が降り注ぐ。こんな状況でなければお弁当を広げてピクニックしたい気分だ。
そして立ち上がると足が柔らかい草を踏みしめる感触がする。
私、裸足だったんだ。おばあちゃんのお葬式の時は足袋を履いていたはずだけど。
自分の足元を確認しようとうつむけば、視界の端に白い何かが映り込んできた。
「へ? 何これ」
手に取り引っ張ると痛い。頭を振ると一緒に白いものもサラサラと揺れる。
「もしかして、これ私の髪の毛? 白髪⁈」
いろいろプレゼントをくれるって言っていたけど、まさかの白髪⁈
「全然嬉しくないんだけど」
「独り言の多い奴」
突然聞こえた声の方向を仰ぎ見れば、空から人が降ってきた。
音もなく軽やかに着地したのは若い男の人。素足にサンダル、膝丈のハーフパンツ、腰には派手な金の刺繍が施された深緑の布を巻いている。上半身はタンクトップのみというかなりの軽装。
森で肌を出しているとマダニに刺されますよと言おうと思い、顔を見て息を呑んだ。
瞳の色がはちみつレモンのような透き通る金色の瞳だったのだ。綺麗。吸い込まれそう。そしてその綺麗な瞳に負けない位、お顔が整っていらっしゃる。モデルですか。いや、それよりも!
「猫耳がある!」
男の人の頭に三角の猫耳がついている。
しかも私の言葉に反応するようにぴるぴる動いている。作りものじゃない。可愛い。モフりたい。
「クマはお喋りなんだな。知らなかった」
「私、クマじゃないです」
「へぇ?」
猫耳が喋った。あ、間違えた。猫耳の持ち主であるお兄さんが喋った。
咄嗟にクマじゃないと否定すれば、お兄さんの目線が私の頭上をとらえ明らかに「それは何だ」と問うてきている。
まさかと思い自分の頭に両手を伸ばすと、丸っこいものが二つ乗っていた。
引っ張ると髪よりは痛くないが頭皮も一緒に引っ張られる感じがして、潰すと周囲の音が聞こえにくくなる。そして本来自分の顔の横にあるはずの耳がない。
「私にもケモ耳あるのっ⁈」
「……やっぱりクマは独り言が多いな」
あまりの衝撃に大きな声を出したら、うるさいとばかりにお兄さんが薄目になって猫耳が反り返った。
迷惑そうなその顔、猫にそっくり。