オタクの受難
第1部 推し変をしろってか?
目が覚める。周りの景色を見る。周りは暗く、光は一切なかった。
『ここはどこだ。オレは誰だ。』
今のオレには記憶が無かった。どこの誰で、なぜここにいるのか。どうしてこうなったのか分からない。しかし、こんな状況なのになぜか胸の奥からなにか呟きたい衝動に駆られていた。
『俺を導いてくれ…さくら…』
そっと口から零れてしまった。
『さくら?さくらって誰だ。』
その名前を口にした瞬間オレは思い出した。さくら。その名前は。オレが愛していた女性。オレが通っていた大乃木坂49のメンバーで、7期生ながらでセンターを務めた女性だ。オレはそんな彼女が好きで、オタクという彼女を応援する職業に就いていた。
『そうか思い出した。オレのジョブはオタクだった。そして今日は愛するさくらの聖誕祭だったはず。それなのになんでこんなとこに。』
『あなたは彼女を推しすぎたのですよ。』
どこからともなく声がする。
『誰だ!?』
声の方向に向かって叫ぶ。
『私は、怪しい人ではありませんよ。この世界を司る者。なんなら、神と言ってもいいですよ』
そこにいたのは、すらりとした体型で、髪の色は茶色。どことなくミステリアスな雰囲気を醸し出しており、それこそ大乃木坂49にいてもおかしくないアイドルらしい人だった。
『神様?あいにくオレは神様を信じないし、運命なんてものも信じない。』
『あれ?でもあなたさっき『導いてくれ…』とか言ってませんでした?それって運命論者のセリフじゃありませんか?(笑)』
『う…うぅ』
オレは痛いところをつかれて何も言えなくなってしまった。
『あれ、何も言わなくなっちゃった。ずっとこうだな〜。この人。痛いところをつかれるとすぐ黙っちゃうんだから』
その自分のことを神と言っていた彼女はあたかもオレのことを知っているかのようなら調子でそう話した。
『お前オレのことを知っているのか』
『いや、私はただの女神なんで知っているだけですよ。あなたが前世で何をしていたのか。誰を愛していたのか。どんな悪いことをしていたのか。なんてことまでもね♪』
『な!?お前マジで何者なんだよ!』
『だからずっと神だって言ってるじゃないですか〜』
『わかった。わかった。もう、神って言うことを認めるし、オレは結局神様を信じてるし、運命論者だ。』
『ふふっ、分かればいいんですよ、分かれば』
そう言った彼女の顔はとてもキレイで、その笑顔がなにか、オレの記憶をくすぐった。
『で、あんたの名前はなんて言うんだ?』
『はえ?私の名前?名前ですか?』
『そうだ。なんで名前くらいでそんな驚いているんだ。いくら女神だって名前くらい誰だってあるだろ?』
彼女は名前を聞くというごく普通なことに対してなんでそんなに驚いているのか、オレにはわからなかった。
『ああ…いえいえ!私は女神なんでそんな名前がないって言うかなんというか…』
『女神って本当に女神ってしか呼ばれないのか?』
『あはは…そうなんですよ…。』
『女神って言ってもそんな可哀想な役回りなんだな。』
『まぁ女神も楽じゃないですからね〜。』
彼女はそう言ってはぐらかした。そして、彼女はまた口を開いた。
『本題に入りましょう。あなたはさくらさんの聖誕祭の時に、さくらさんがあなたの名前を言ったせいで死んだんですよ。』
頭が真っ白になる。オレは死んだ?しかも愛する人がオレの名前を言っただけで?
『おい!あんた!そんなことないだろ!オレはオタクだった。だけどそんなアホな話あるわけないだろ!』
『いや、それがあるからあなたは死んだんですよ…。自分の心臓に手を当ててみてください。』
そう言われたままオレは自分の心臓に手を当てる。そこにはドクンドクンと一定のリズムを奏でるはずの心臓の音がなかった。まるで深海のようになんの音もしなかった。
『本当にオレは死んだのか…。さくら…オレはお前に呼ばれただけで?』
深い悲しみだった。なんでだ。オレは自分を責めて責めて、殺したくなった。だがもう死んでしまっている。本当にオレはどうしようもない男だ。
『で、これからが本題です。』
そう女神が悲しんでいるオレを見ながら話す。
『あなたを生き返らせることが出来る方法があるのです。』
『何!?それは本当か?どうすれば?オレはどうすればいい?』
『わわっ、いきなり元気だなこの人。まさに握手会がないのに名古屋に行くくらい元気だなこの人。』
『何意味の訳分からないナゴヤなんて言ってるんだ。オレはどうすればいい?何をしたらアイツに会えるんだ!』
『まぁ、彼女には会えますよ。ですが一つだけ条件があるんです。それさえ守っていただければ私はあなたを生き返らせてあげます。』
『その条件ってなんだ?早く教えろ!』
『もう〜せっかちだな〜。童帝さんですかあ〜?』
『は、はぁ!?どどどど童帝ちゃいまんがな!』
『何変な言葉遣いになってるんですか(笑)。やっぱり本当に童帝さんだったんですね(笑)』
そうオレは童帝だ。生まれて20数年女性経験がない。女性を応援するジョブに就いていたのにこんなに恥ずかしいことは無い。だから永遠に他のオタクには隠していたのに。 『う、うるさい!今は関係ないだよ!』
『はいはーい(笑)で、条件ですが。』
『おう、なんだその条件ってやつは?』
『あなたには遠藤さくらさんのオタクをやめてもらいます。あなたには楓さんという人のオタクになってもらいます。』
『はあ!?そんなひどい話あるか!?オレは遠藤さくらのオタクだぞ!』
そう。オレはさくら単推し。さくら単推しで一生やってきたんだ。それなのに。
『あ、あんまりじゃないか!せっかく生き返れるのにさくらのオタクになれないなんて!』
『まぁやっぱり女神としてもそのまま生き返らせるのは問題があるといいますか。この世界のルールとして、生き返らせる時にはなにか制約がなければないといけないんですよ。』
『その制約ってやつが、オレに推し変をしろってことなんだな。』
『はい。そうです。話が早くて助かります。』
『まぁ、確かに何も無く生き返らせて貰えるとは思ってないよ。仕方ない。』
こうは言ったものの、オタクには推し変という究極奥義があるんだ。生き返らせて貰った後に適当に握手してから、推し変をするか…。
『あ、そうそう。楓さんから推し変したらあなたは自作のポエムを読みながら社会的地位を失って、その後失禁して死にますよ。』
『は、はあ!?なんでそんなに恥ずかしい死に方をしなきゃいけないんだ!』
あんまりなことを言う。ポエムなんか恥ずかしくて書けたもんでもないし。それを読むなんてオレにはできない。ヒリついていると彼女は続けざまにに話しかけてきた。
『そんくらいしないといけないですからね〜。推し変は罪ですよ〜。』
『まるであんた、推し変されたことあるみたいなこと言うんだな。』
『あはは〜、なかなか鋭いこと言いますね〜。まぁ女神なんて推し変されてばっかですからね。神を信じるとか。信じないとか言う人もいますしね。』
そう彼女はさっきまで無神論者だったオレに対して意地悪なことを言う。
『それは悪かったって。今では信じてる。で、オレはその楓?っていう女性を推せばいいんだな。』
『そうです。そして、その楓さんを大乃木坂49のセンターにして、世界一のアイドルにするんです。』
『ほほう。まぁ面白そうではあるな。』
『お!いいですね〜やる気出てきましたか?』
『でもなあ。そんなに簡単に世界一のアイドルにはなれないと思うしな。』
『あれれ?知らないんですか?世界一のアイドルのTOだったオタクはもれなくこの世の女性を誰でも妻にすることができるんですよ?』
『な、なんだって?そんなことができるのか?』
『はい♪だからあなたは楓さんをセンターにして、その後に世界一のアイドルにする。その後にさくらさんを妻に迎える。こんなに完璧なことありますか?』
そう女神はオレに提案する。とてもいい提案すぎるが、最愛のさくらと結婚できる?
『それはとてもいいな。オレはその制度を知らなかった。でも本当にそれだけでいいのか?』
『はい。それでいいんです。私は本当はアイドル専門の神なんですが、最近よく精神を病んで、道半ばで挫折してしまい、自殺するアイドルが沢山いて、そんな彼女達を救いたかったのです。』
『あんた。良い奴なんだな。』
『そうでもないですよ。悲しんでる人を助けるのは当たり前では?』
『ふっ。それもそうだな。乗った。その話。オレはその佐藤楓という女の子をセンターと世界一のアイドルにしてやる。任せろ。』
『あなたならそう言ってくれると思ってました。あなたを今からもう1回オタクにリスポーンさせてあげます。』
『おう、任せろ。でも最後にひとつ聞いていいか?』
オレは気になっていた事を女神に聞いた。
『お前と楓。オレと楓。なんか繋がりはあるのか?』
『それは、元の世界に戻ってからでも分かることです。彼女に聞いてみるといいですよ。』
彼女は何故か笑いながらそう言った。
『そうか。まぁそうするよ。世話になったな。』
オレはカッコつけながらそう言った。
『では転生しますね。少し衝撃が強いので気をつけてくださいね。』
『おう!オレは導く。楓。そしてさくら。どっちともをだ。』
精一杯の言葉を吐く。戯言かもしれない。だが、オレは本気なんだ。本気でさくらのことが好きだし、遠藤さくらを推している。だからやる。
『では、行きます!!!』
周りの景色が徐々に明るくなる。まるで宇宙空間にいるみたいだ。スターチャイルドにもなったような気分になる。身体が浮く。意識が遠のく。その時、元いた方からあの女神の声がする。
『私の名前を伝え忘れていましたね。私の名前は寺ーーー』
その声は微かに聞こえた。