異世界はナポリピッツァとともに。
ナポリ太郎の冒険が始まる…
地元の商店街の年末イベント、ショボい商品しか並んでいない福引で
「おめでとうございまーす!特等の異世界行ったきり片道切符です!」
からの
「何か一つだけ、異世界で生活するためにこちらの物を持ち込めます!何がいいですか!?」
からの
「あ、じゃぁ…食べ物が合わないと困るんで、ピザで」
と半笑いで答えた俺は、福引所のおねーさん(最大限配慮した表現)から封筒を受け取った格好のまま、巨大なドラゴンと対峙していた。
「あーーー?え?なにこれ?」
状況を思い出してみたが、さっぱり何も分からなかった。目の前のドラゴンも急に現れた俺に驚いているのか、そのトカゲのような目をぱっちりと開いて固まっていた。
「あー、ドラゴンの瞼って下から閉じるんだ…」
そんなどうでもいい考えしか浮かんでこない。
やがて、ドラゴンのほうが我に返ったのか、ゆっくりと首をもたげて顔を近づけてくる。
「おぬし、突然現れたが何ものじゃ?」
「喋るパターンの奴かー」
こうして、俺たちは出会った。
◇
「なるほど、おぬしも何もわからんということだけがわかったな」
「そうだな」
俺は高校が冬休みなのをいいことに一日中ゲーム三昧で過ごしていたが、業を煮やした母親に押し付けられた買い出しの帰り、貰った福引券で福引をまわしたら、目の前にドラゴンがいた。
これまで特に何の特徴もない学生生活を送ってきたつもりだ。そんな生活でドラゴンとの接点なんてせいぜいゲームやアニメの中にしか存在しない。てかドラゴンて空想上の生き物だろ?コモドドラゴンとかは除いて。
「で、おぬしはこことは別の世界から来た、と」
「だなぁ。少なくとも人間以外の喋る動物は見たことなかった」
「このあたりの生き物は大体何でも喋るからのう」
さっきから足元をちょろちょろしている小さいバッタも、たまに俺の肩に飛び乗っては「ハラヘッタハラヘッタ」と耳打ちしていったりする。完全に異世界である。
「はぁぁ、なんで俺なんだよ。俺のクラスはべつに美男美女ぞろいだったり変人が集められたりした特別クラスじゃねーぞ」
こういうのはお約束的にそんな感じなんじゃないだろうか?
「ところでゴルドさん。このあたりに人間の集落ってあるのかな?」
「ない」
「ないかー」
そうだと思ったよ。見渡すばかりの荒野だし。
しかし、ドラゴンのゴルドさんはさらに言葉をつづけた。
「このあたり、というかもうどこにもないぞ。人間は絶滅したゆえ」
「・・・・・は?」
ちょっと何を言っているか…わかるけど。あれ?詰んだ?
「福引所のおねーさん(最大限配慮した表現)が言うには片道切符なんだけど?」
「まぁがんばれ」
冷たいドラゴンさんである。
「ま、わしも世界の隅々まで見て回ったわけではないからの。もしかしたらどこか世界の片隅で生き残っておるかもしれん」
というわけで、ドラゴンのゴルドさんとともに世界をめぐって人類を探す旅が始まった。行きずりの俺を助けてくれるゴルドさんマジ神。
◇
「ほれ、こいつとかどうじゃ?」
「オークじゃないですか!」
ドラゴンのゴルドさんはどうやら何千年も生きているらしく、それでも人間を最後に見たのは千年ぐらい前らしい。
というわけで、俺はゴルドさんに連れられて近くの二足歩行動物の集落にやってきた。そこで引き合わされたのが、このおねいさんである。
その姿は、まぁ俺のゲーム知識などに照らし合わせるといわゆる「オーク」。つまり豚人間だった。
オークといえばなんとなく緑っぽい肌を想像していたが、目の前のおねいさんは黒豚をベースにしているのか、全身に短い黒い毛がみっちり生えている。あ、もちろん服も着ているのでご安心を。
オークといえば醜悪なイメージだったがつぶらな瞳でちょっとかわいい。ただ人類的にみると鼻がつぶれすぎていてアリかナシかでいえば個人的にはナシだった。
「ゴルドさ、オークてなんだ?」
オークのおねいさんが言う。あっ、声はかわいい。
「さあのう。こやつは別の世界?から来たっぽくてのう。そこにそういう名前の生き物がおったんじゃろ」
「架空の生き物ですけどね」
それから、なぜかオークのおねいさんことミューさんと一緒に食事をすることになった。
テーブルにサラダが大量に並んでいる。メインはふかしたイモだ。基本的に動物が全部しゃべるこの世界では、あんまり肉を食べる習慣がないらしい。
ちょっとした一軒家ぐらいあるゴルドさんも草しか食わない。しかも食べる量がめっちゃ少ない。たぶん変温動物なんだろう。
「うまいか?」
「うまいです」
思えば丸一日ぶりの食事である。草でもうまい。ドレッシングがうまい。めっちゃうまい。
「つーかこの芋?メチャメチャうまいですね。いくらでも食えそう」
そうしてひとしきり満腹になったところで思い出した。そういえば何か持ち込めると言われたからピザを持って行くと答えたはずだ。でも何も受け取っていないぞ。
…いや、そういえば封筒もらってたわ。いきなりドラゴンのゴルドさんに出くわしたから驚いてすっかり忘れていたが、封筒自体はくしゃくしゃになって尻のポケットに入っている。でもこれはどう見てもピザじゃない。
「どうしたんじゃ?」
「飯食べてたら思い出した。そういえばここに来る時にピザを持っていくって言ってたよなあ、って」
「ピザ?ピザとは何だ」
どうやらゴルドさんはピザを知らないらしい。それもそうか。ドラゴンがピザを食べる姿なんて想像できない。
「ピザはこの世で一番うまい食べ物ですよ。」
若干忖度が入っているが間違いはない。
俺は一応尻でぐちゃぐちゃになっている封筒を取り出して中身を確認してみた。中には紙が1枚入っている。
そこにはピザのレシピが書かれていた。そして言い訳がましくはじめにこんなことが書かれている。
『まさかピザなんて言われると思わなかったから用意していませんでした。仕方がないのでさっきググって調べたピザのレシピを書いておきます。世界一にもなったナポリのピザ職人のレシピなのできっと美味しいと思います。あとは頑張ってください』
だめだこりゃ。
「ふむ、なんだか知らんが世界一うまいというその食べ物、わしも食べてみたいもんだ。作り方がわかるのであれば、早速今から作ってみよう」
「おらも食べてみてーな」
ゴルドさんもミューさんも興味津々のようだ。
「ええと、材料自体はシンプルだね。小麦粉に塩、酵母、それ以外にいくつかの具材、例えばトマトとかチーズ、卵にジャガイモなんかがあると作れるみたいです」
「じゃがいもならいくらでもあるから持って行くとええで。それでピザができたらおらにも食べさせてくれ」
ミューさんはそう言うと、袋に入ったジャガイモをどっさりと持たせてくれた。
これもしかしなくても俺が頑張ってピザ作る流れですね。わかりました。
◇
というわけで、ゴルドさんの背中に乗ってやってきました鳥の国。
鳥と言うか鳥人間です。ハーピーです。ハーピーたちはごつごつした岩山の麓に群れを成して住んでいた。
「やや、ゴルドどの、こんなところまで来るとは珍しい。どのようなご用向きですかな?」
少し格式ばった口調の男ハーピーが 声をかけてきた。侍ぽい雰囲気がある。
「この男がピザという世界一うまい食べ物を作ってくれるというのでな。その材料を集めているのだ」
「なんとそれは素晴らしい。是非とも我々も協力させていただこう」
ここで入手したいのは卵だ。しかし、鶏から卵を採るのでも若干気を使うものだけど、相手はしゃべる鳥人間のハーピー。気まずいなんてもんじゃない。お前の子供を殺して食うと言ってるようなもんじゃないか。さあ、見せてもらおうかゴルドさん。何千年も生きたその経験に培われた交渉術というものを!
「ならば卵を少し分けてくれ」
直接イッたああああ!?
「なんだそんなことか。それならばお安い御用だ」
イケたああああ!?
「いいんですか?大事なお子さんなのでは?」
「良いのだ。受精してない卵など切った後の爪や伸びた髪の毛と同じこと。我々だってたまに食う」
そういうものなのか。そう言ってもらえるのであればありがたくいただこう。
こうして俺達は卵を手に入れた。
ハーピーさんはちょっと小柄な人間ぐらいの大きさだけど、卵はちょっと大きな鶏の卵ぐらいの大きさだった。
今度機会があったら雛を見せてもらおう。今は繁殖期ではないらしいし。
◇
俺たちはそのまま山を進み、麓の森へと降り立った。
「ここには何が?」
「ここにはドライアドたちが住んでおる。ドライアドが作る野菜はとてもうまい」
「なるほど」
しかし、辺りを見回してみても集落らしきものは見えなかった。ただの森である。本当にここにドライアドとやらが住んでいるのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると不意に地面がボコボコと盛り上がって何かが飛び出してきた。
「ドラドラドラドラあ!! ゴルドの兄貴じゃねえか!久しぶりだなオイ!」
出てきたのは大根だった。テレビで見るような見事な二股大根に幼児が落書きしたような顔がついている。いや、手もあるから三股か。可愛らしい顔をして、いや、顔しかないんだけど、非常にギャップを感じる口調だ。
「世界一うまいピザとかいう料理を作るのじゃ。そのためにトマトを分けてくれんか」
「なんでい、そんなことか!お安い御用だ!好きなだけ持って行ってくれよ!」
薄々感じていたことだけど、この世界の人たちはみんな優しい。
みんながみんなコミュニケーションが取れているせいなんだろう。あまりの優しさに泣いちゃいそうだ。
「ありがとうございます。畑はどこに?」
「おう、ちょっと持ってくれ。今呼んじゃるけーの!」
「呼ぶ?」
畑を呼ぶとは一体どういうことだろう。
「おーい、トマト来てくれ」
あ、そんな感じなんですね。
待つことしばし、ドライアドのおじさんの呼びかけに応えてトマトが歩いてきた。二メートルほどの背丈で、葉っぱをゆさゆさしている。所々についている赤い立派な実は確かにトマトだった。
「呼んだか、大根の」
トマトのおじさん(?)は大根と違って顔らしい部分が無いが、どこからともなく声が聞こえてくる。
「なんでもこのボーズが世界一うまいピザってのを作るのにお前さんの実が欲しいらしい」
「なるほど、そりゃ面白い。実ならいくらでも持って行ってくれ」
そう言うとトマトドライアドのおじさんは体を揺すって体からトマトの実をポトポト落としてくれた。
「あの、これもしかしてあなたの子供みたいなものなのでは」
「ん? どちらかというとこれはウン…、いや何でもない忘れてくれ」
俺は忘れることにして、いただいたトマトを大事に袋に入れて担いだ。
◇
俺は今ダンジョンにいる。大迷宮ってやつだ。正直少し興奮している。
別に目の前でもすごいボリュームの胸をブルンブルンさせている牛のお姉さんを見て興奮しているわけではない。
断じて違う。
「わしが知る中で一番うまいチーズを作るのはこの集落のミノタウロスたちじゃ」
「うん、俺の元居た世界でもチーズはこういう地下の洞窟の中で熟成させるって聞いたことがある」
交渉は非常にスムーズだったが、作るのに手間暇かかる製品なのでさすがにタダで手に入れるというわけには行かなかった。
「チーズを分けてやる代わりにお前には少し働いてもらう」
「それはもちろんいいんだけど、何をすればいいんだ?」
俺の問いかけに牛のお姉さんはにやりと笑って言った。
「乳搾りだ。」
ヘー、ホー、なるほど乳搾りね。
聞くに、チーズを作るために乳を集める必要があるのだが、蹄が進化したミノタウロスさんの手ではなかなかうまく絞れないらしい。
…いや、見た感じ割と普通の手なんですけど本当なんですか?
とにかく俺は求められるままに労働に勤しんだ。
「おー、上手いよ坊や。本当に初めてかい?」
※搾乳中です
俺は無心で作業した。
手の感覚がなくなるほど、何度も何度も作業した。
何も考えるな。
牛だ。これは牛だ。
オークさんよりも黒目がちでパッチリとした瞳長いまつげ。ジャージー種っぽい茶色い毛並み。言わずもがなのボリュームの…
俺ピザができたらここに住むんだ。
気がつくと俺はたくさんのチーズを持たされ、ゴルドさんの背中で揺られていた。
◇
俺たちは元いた荒野のすぐ近く、ゴルドさんの家に戻ってきた。ここでピザを作るのだ。
小麦粉はゴルドさんが食料として溜め込んでいたものがいくらでもある。ゴルドさんはこんなナリしてパンが主食のようで、自慢の小麦粉と天然酵母のコレクションを3時間かけて説明してくれた。しかしどれがいいのかよく分からないので適当に選んだものを使うことにする。
早速、福引き所のおねーさんがくれたレシピに従って生地を作る。えーと、まず最初に塩水を作ってそこに小麦粉を少しずつ入れながら混ぜていくのか。混ざったら天然酵母を加えて滑らかになるまでこねてこねてこねてこねてこねる、と。かなりの重労働だが、体の大きなゴルドさんにとっては朝飯前だ。
「わしがパンを作る時はいつも小麦粉に水を入れていたんだが、ちょっと作り方が違うのだな。これにはどんな意味があるのだ?」
「知らない。ここに書いてある通りやってるだけだし」
しっかりと捏ね上げたパン生地は発酵させるために6時間ほど置いておくらしい。
危なかった。お腹が空いている時に作り始めたら食べ始める前に餓死するところだった。
待っている間にトマトソースを準備しよう。元いた世界では買ってくれば良かったんだろうけど、ここではトマトから手作りする必要がある。
でもレシピにはそこまで書いてなかったから、勘で作らないといけないんだよなあ。
とりあえずただトマトを炊いて塩で味付けしただけだとあんまり美味しくなかった。きっと何か足りないんだろう。
イタリアの料理だからニンニクとか入れる必要があるのかもしれない。そう考えて足してみたらなんだかいい感じになったのでトマトソースはこれで完成だ。
そうこうしているうちに日がすっかり暮れてしまった。 すると、夕日をバックにいくつかの人影がこちらに近づいて来るのが見えた。
「おー、やっとるやっとる」
「助太刀致すぞ」
これまでいろんな材料を提供してくれたオークさんやハーピーさん、ドライアドの大根とトマトに俺の初恋の人。
ちょうど発酵が終わった 生地を取り出して切り分ける。
みんなでワイワイ言いながら生地を伸ばして具をのせてピザの形に仕上げていく。正直どうやればいいのかなってよくわかんないがひたすら楽しかった。
レシピには定番のマルガリータやビスマルクその他いろいろあったが肉がないのであまり気にせずに好きなように盛り付けた。ドライアドさんが足りない野菜を呼び出していつのまにか大所帯になっていたりしたが、気にしない。
盛り付けが終わったピザはゴルドさん特製の窯で一気に焼き上げていく。炎のブレスで一気に焼くのかと思いきや、ゴルドさんは火を吹けないようで、火打石で火をつけていた。
ここまで丸1日作業してきたが、焼き上げるのは一瞬だ。あっという間にピザが焼き上がり、即席のテーブルの上に並べられていく。
「これがピザか。いい匂いがするな。どうじゃ、出来栄えは」
「俺も初めて作ったんで食ってみないとわかんないですけど、とりあえずいい感じだと思います」
すでにみんなの目線は俺とピザを行ったり来たりで早く食わせろという圧が凄い。
待たせても仕方ないのでさっさと席につく。
ふと、この構図が某おじさんアイドルの番組で無料の食材を集めて作った料理を振る舞うシーンと完全一致している事に気づいて吹き出してしまった。つぶらな瞳のオークさんに見つかって不思議な顔をされてしまったのでごまかしておく。
「では、冷めないうちに食べちゃいましょう!」
「おー!」
こうして俺の異世界生活は始まった。
やっぱり、異世界になにか一つ持っていけるならピザがいい。
絵本によくある世界観をラノベ風に書いてみましたよ。ご意見ご感想お待ちしております。