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若い世代の皆さん、もしも、選挙に行かなければ……

 その昔、日本が戦争に負け、戦場から帰って来た男達は、その後、たくさんの子供をつくりました。

 どんなメカニズムかは分かりませんが、戦闘が性欲に結び付くという事例は数多く報告されているので、或いは、それもそういったケースの一つだったのかもしれません。

 とにかく、そのようにしてたくさん子供が戦後に生まれたのですが、その世代は、後に団塊の世代と呼ばれ、今でも人口の多いボリューム層となっています。

 問題はその後です。

 知っての通り、日本はそれから信じられないレベルの高度経済成長を成し遂げ、一気に豊かになっていきました。ところが、その過程で出産数は急激に低下していったのです。

 これも人間社会で多く観られる事例の一つなのですが、豊かになると出産数が減る傾向にあるようなので、恐らくは社会的要因と生物学的な要因との相互作用で、子供が生まれ難くなり易い傾向になる何らかのメカニズムが人間には存在するもの、と思われます。

 世界的に観れば、人口は抑制しなければいずれは食糧難や自然破壊などで危機的状況に陥るのは明らかなので、その点から考えるのなら、その少子化は望ましい傾向と言えるかもしれません。

 が、社会的には歓迎する訳にはいかない事情もあるのです。

 それによって、高齢者に人口が偏るいわゆる高齢社会に日本はなってしまったのです。

 そして、年金制度が代表例ですが、その高齢者の生活を支えているのは現役世代です。つまり、人口の少ない若い世代が、人口の多い高齢者世代の生活を支えなくてはならないという、歪な構造に日本はなってしまったのでした。

 

 「年金だけで今の生活水準を維持しようと思ったなら、2000万円必要だってさ。君はどう思う?」

 

 そう僕は問いかける。彼は関心がなかったのか、少し顔をこっちに向けただけで、何も返さなかった。

 それは近頃国が発表して物議を醸したニュースの内容だった。

 95歳くらいまで生きるとして、今の生活水準を維持しようと思ったのなら、2000万円必要だとする試算を金融庁が出したのだ。

 それに対し「年金制度は安心じゃなかったのか?」と多くの人が文句を言った。ただ、その“多くの人”というのがどんな人なのかまでは分からない。

 もしかしたら、高齢者ばかりかもしれないし、もしかしたら、現政権である自民党に反対する人達ばかりなのかもしれない。

 まぁ、これは分からないのだけど。

 僕は彼に関心がなさそうなのに構わず、こう続けた。

 「今更、何を言ってるんだ?って感じだよね。もうずっと前から、年金制度に無理がある事は分かっていたんだから。

 僕は年金制度を維持する為には、年金の支給額を減らすしかないとまで思っているんだ。“今の生活水準”じゃなければ、生活できるんだろう? なら、節約すれば良いじゃないか」

 それを聞くと、彼はこう返す。

 「いや、それは可哀想なんじゃないの? お年寄りが」

 僕はそれに驚く。

 何故なら彼は若い世代で、高齢者世代を支えなくちゃならない立場だからだ。彼は喜んでその負担を引き受けるというのだろうか? そんなタイプにも思えないのだけど。

 「いや、でも、今の高齢者達は払った保険料よりも遥かに多くの年金を受け取っているんだぜ?」

 それで僕はそう言ってみた。すると彼は「え? そうなの?」とそんな反応。

 なんだ、このパターンか。

 それで僕はそう思う。

 以前にも会った事があるのだけど、年金は自分達が積み立てた分しか貰えないと思っている人達がいるのだ。実際は年金は実質的に賦課方式になっていて、現行の制度では、生き続ければ生き続けるだけ貰う事ができる。不足分は、当然ながら、若い世代が負担しているのだ。

 

 ――勘違いしているな、

 

 と思った僕は次にこう質問してみた。

 「質問だけど、もし仮に“3000万円、高齢者達にプレゼントしろ!”って国に命令されたら君は大人しくそれに従う?」

 「いやいや、何言っているの?」

 と、彼は即答する。

 「そんなの従う訳ないじゃん。絶対に文句を言うよ。そもそも、そんなに金を持ってないよ。無理だよ」

 「そんな事はないよ。数十年の分割にすれば払えるじゃんか」

 「でも、やだって。文句言うよ」

 「だよねー」

 うんうんと僕は頷く。

 

 年金の世代間格差。

 この言葉を検索してもらえば直ぐに出て来るけど、本当に今の若い世代と今の高齢者世代には、数千万円といった格差がある。これは物凄く分かり易く言ってしまえば、「若い世代が高齢者世代に向けて、数千万円といった額のお金をプレゼントしている」のと同じ事だったりする。

 

 「ところで、君は選挙には行かないの?」

 

 今度は僕はそう尋ねてみた。

 すると彼は僕の質問の意図が分からなかったらしく、不思議そうな表情を浮かべつつ、こう返した。

 「行かないけど? めんどーだし」

 「そうか」

 と、それに僕。

 「なら、君は君が高齢者達に数千万円プレゼントさせられている事に文句を言っていないのと同じ事になるよ。必然的に」

 その僕の言葉の意味も彼には分からなかったらしく、彼は不思議そうな表情で僕を見た。

 「どうして?」

 僕はただただ肩を竦めてそれに返した。

 

 政治家は基本的に投票してくれる人間達の為に政策を実行する。

 高齢者達は投票してくれるし、人口も多い。だから、高齢者達の為の政策を実行する。不公平な年金制度がその好い例だ。

 反対に、若い世代は投票にあまり行かないし、人口も少ない。投票権を与えられていなかったり、まだ生まれていない世代なら、そもそも存在していないから、選挙にはいけるはずもない。

 だから、負担を押し付けようとする。

 断っておくけど、これは年金だけに限った話じゃない。国の借金もそうだし、原子力発電所の廃炉や核廃棄物の処理もそう。しかも、教育だってケチっている。

 「子供達に負担を押し付けて、高齢者達の人気者になって、選挙で勝とう」

 政治家達のそんな発想が透けて見える。

 当然ながら、そんな事をし続ければ、国は衰退するだろう。いや、機械による自動化が本当に実現すればどうか分からないけど……

 若い世代への負担による負の影響は、既に如実に表れている。貧困に苦しむ小さな子供達。

 彼らの将来はどうなるのだろう?

 本当にこのままで良いのか?

 

 「僕は定年性を廃止して、年金を貰えるのはお年寄りが病気やなんかで働けなくなってからって事にするべきだと思うよ。今の年金支給額も減らしてさ」

 

 僕がそう言うと、彼は不可解そうな顔を見せるのだった。

 

 ……多分、何も分かっていない。

 このままじゃ、この国は間違いなく沈んでいくだろう。

 どうか、選挙投票に行って欲しい。

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