第三章 特訓
ははは。忙しいな。
ボクはあの後父さんに魔力を分けてもらったもののそれでも疲れていたのでそのままベッドに突っ伏して寝た。すると気が付けば翌朝に。
窓から差す光に目を眩ませながら、昨日なにしたっけと曖昧な記憶を掘り起こす。
というかボク、風呂入ったっけ。
「...最悪だ」
自分の体を見る限り、昨日の服のままだ。どうして起こしてくれなかったんだ使用人も父さんも母さんも妹達も。
すごい嫌な顔をしながら、自室にある風呂場に向かい服を脱ぐ。すると扉が開いた音がして、
「お兄様...」
と誰かが入ってきた。声と雰囲気から、きっとエルミス______ソレイユ王家第二王女______だろう。
「どうしたの、エルミス」
ひょこっとカーテンから顔だけを覗かせると、急に出てきてびっくりしたのか肩が一瞬びくっとなったのが見えた。
...そんなに驚くことないじゃん。
「あの...朝食の準備ができました......」
弱々しく、そう言った。
いつも朝昼晩のご飯の支度が完了した時に来てくれるのはエルミスだ。使用人に任せればいいのにとは思うが、それを前言ったら何もかも任せっきりじゃ申し訳ないと言っていた。
将来有望な奥さんになれそうだなぁ...。
というか、朝食ってもうそんな時間なのかと思い体をうまく隠しつつ首を伸ばして時計を見ると、確かに。八時ぴったりだった。
うわぁ...タイミング合わなさすぎ......。
「分かった。父さんたちにはおふろに入ってから行くって言っておいて」
「はい...分かりました」
うぅ...だから敬語は使わなくていいって...毎回言ってるのに......はぁ...。まぁ...言っても聞かないからもういいや。
エルミスはそう丁寧に返事し、一礼だけして戻ると....いつもはそうなのだが。
今日は戻らずにボクが先程横になっていたベッドの近くに寄っていった。
「...」
「......どうしたの?」
ジーッとベッドのシーツを見ながら、小さく唸って黙っているエルミスを見て何事かと思い声をかける。
するとすっとボクのほうを見て、こう言った。
「...風呂も入らず寝るなんて...よくそんなことできますね」
汚いです、とトドメの一言が後に加わった。
酷くないか。なら起こしてくれればよかったのにと言うと、起こしたのに爆睡して起きなかったっと言われ、もう何も言えなくなった。
まさか昨日、あんなに魔力を消費するとは思ってなかったし......。自分もここまで爆睡するとは...。ねぇ...。
そんなことを散々言って、エルミスはシーツをベッドから外し、そして上に乗っている毛布等も全て持って行った。最後に、浄化の魔法かなんか知らないけどベッドに魔法をかけていた。
いや、そこまでする必要あるか...?兄さん悲しくなってきたよ...?
そんな妹の一連の行動を見て、ボクは何とも言えない悲しい気持ちで風呂を済ませた。
「今日は無詠唱魔法の連続完成だ」
昼。今日も父さんに連れられ魔法の訓練をする。寝すぎて逆に眠い...。
目を軽くこすりながら父さんの話を聞いた。ちょっとあくびが出そう......。
「おいカルミス。聞いているのか?」
ベシッと頭にチョップをくらわされ、一気に目が覚める。地味に痛いどころかすっごく痛い。先生の本アタックより痛いってどういうことだよ...。
頭をさすり半分泣きそうになっている顔をわざと父に見せるように顔を上げると、少し父が動揺したような気がした。そして少し困った顔になりながらすまないと謝ってきた。
ハハッ。チョロいよねこの人。
と思えば再びチョップをくらわされた。
...父さん、そういえば[千里眼]持ってたんだっけか...。
「ふざけるのも大概にするんだ。これは遊びではないのだぞ」
「分かってるよ...」
分かってるけど。その長ったらしい説明をいつまで聞いていればいいのだよという話だ。眠くて仕方がない。ただでさえ父さん、眠気を誘う声してるのにさ。
言葉より実践のほうがいいよこれ。
「全く......説明がそんなに嫌なら、最初からそう言え」
父は溜息をつき、ボクの手を取る。最初は何をするのか分からなかったが、父がしゃがんでボクの顔の横から指示を出そうとしているのを見て、理解した。
...実践で教えてくれるのなら最初からそう言ってよ、父さん。
「昨日はかなり高度な魔法を展開したからな。今回は小規模な魔法を無詠唱かつ連続で打つ特訓だ」
あまりにも父の声が近くで聞こえるものだから、少し耳が痛い。ただでさえエルフかつ獣人のハーフで耳が良いというのに...。
でもまぁ...教えてもらっている身なのだからそんな生意気なこと言えないのだけど。
「大規模なまほうだけじゃダメなの?」
「大規模な魔法を展開して敵を追いやる方法もあるだろうが、何しろ上級以上の魔法は無詠唱ですら時間をくう。それに、昨日の城があのようになったみたいに、周りの被害を考えて小規模の魔法展開は取得しておかねばならない」
多少効率は悪いがな、と父は続けて言った。
つまり、効率を求めて高度な魔法を撃つのは構わないが、被害を考えろ。ということだ。そのためにも小規模中規模の魔法は早めに覚えていたほうがいい。
この国[ラフェルタ]の国王候補であるボクにとっては、周りのことを考えるという能力も必要である。当たり前のような能力に聞こえるけど、それが当たり前ではない世界が現状だ。
トップに求められる性質は数えきれない。しかもこの国の王ということは、世界の王に等しい位になるということ。
それだけこの国は世界の中心であり、[世界の核心]ということだ。
...そう考えるとプレッシャー半端ないなぁ...。
「目を閉じろ。魔力の流れを感じ取れ。見えるはずだ。魔力の軌跡が」
父の言う通り、目を閉じてみる。すると微かに、真っ暗闇の中に見える光があった。それは一本一本の線となって自分の手に集まっていく。
たまに目を閉じたときに見えたのってこれのことだったんだ。すごく綺麗...。
「その光を、その線を自分の手の中で球になるようにイメージをするんだ」
光の球...。とても眩しくて、そして強い。
このままこの球を見ていたいな...なんて思ってしまっていたけど、今はそんなことをしている時間じゃない。
これはあくまで魔法の特訓だ。将来この国の王になるために必要なことなんだ。
「...綺麗か。その光は」
そんなことを考えていると、心を読まれたのか。急に父がそんなことを言い出した。
ちょっと戸惑いながらも、その問いに返す。
「え、あ...はい。......とてもキレイです」
「そうか...」
その後、父は何事もなかったかのように再び特訓を再開させた。
ふと父の顔を見て、少し悲しそうな、寂しそうな顔をしていたような気がした。
「よし。これを二、三秒でやるんだ」
「え」
とまぁ...今日の特訓も長くなりそうだなぁ...と泣き泣き魔法を展開していったのでした。
次回更新予定 7月中