勝負の行方と領事館準備室長
お読みいただき、ありがとうございます。
まずはリリスの小説を読んでみる。
タイトルは、
【電マに転生したお兄ちゃんなんか、サキュバスの美人OLにとっては結果オーライなんだからねっ!】
って、二階堂先輩のアイデアを参考にしすぎだろ。
「…………」
僕は読んでいて気分が悪くなってきた。
ジャンルはあえていうなら『ダーク・ファンタジー』+『バイオレンス』+『デストピア』+『グロ』。
作品と特徴としては、まず、登場する男性キャラはもちろん、最終的には主人公以外の世界中のすべての男が、もれなく迅速に死んでいくのだ。
「リリスの言う『自然なハーレム展開』って、これかよ……」
そして戦闘シーンはおろか、日常シーンにいたるまで描写がグロい。とにかくグロい。
まるで行間から迸るかのような血、肉、死。四散する手足の状態、倒した敵の飛び出た内臓や脳味噌、死体から流れ出る糞尿、はては死に顔の様子までをも、これでもかとばかりに克明に描写しているその文章には、鬼気迫るものがあった。
完全にタイトル詐欺ながら、一応は当初の予定通り魔界が善で天界が悪の勧善懲悪な物語にはなっているが、もはやそんなことはどうでもよくなるほどの、悪臭すら感じる壮大なグロ展開だ。
読者の感想は、称賛なのか批判なのか、よくわからないものが並んでいる。
「文章を読んで吐いたのは初めてだ。ものすごい才能」
「家畜人ヤ●ー以来の衝撃を受けた」
「敵のアレを切り取る時の描写に、思わず股間を押さえた」
「生きたまま大勢の人間をミンチにして畑の肥料にする『謝肉農場』のアイデアがエグすぎて秀逸」
「逆さの状態で一日に100グラムずつ首のロープに負荷がかかって締められていく拷問具がショックすぎて、母乳が出なくなった」
「捕虜が自分の手足や排泄物を食べさせられているシーンで食欲がなくなり、20kgのダイエットに成功した」
「読んでいると、なぜか近所の犬が一斉に吠えだした」
などなど。
リリスの小説は、一部の熱狂的なマニアに支持されて、ランキング中位あたりを上下していた。
僕は気を取り直し(吐き気が収まるのを待って)、ルキの小説を読んだ。
ジャンルはライトミステリー、タイトルは、
【邪眼探偵ルキ様の絢爛かつ華麗なる事件簿】
どうやらファンタジー寄りの推理小説のようだ。
サブタイトルの『下賎の者ども、高貴なわたくしの紡ぐ物語を、泣いて土下座しながらありがたく読みなさい』が少し気になるところだが。
「…………」
リリスの小説とは別の意味で、パンチの効いた作品だった。
内容はいわゆる日常の謎ものの連作短編集だが、主人公の女探偵は、登場人物全員はおろか、もれなく読者までクズ呼ばわりしている。もはや訴えられてもおかしくないレベルで読む人の精神を突き刺す罵詈雑言のオンパレード。
「本当に読者を突き放してどうするんだ……」
しかも、主人公は終盤でいきなり現れて、読者を含む全員をもれなく罵倒し、邪眼という特殊能力ですんなりと犯人を当てる。推理もなにもあったものじゃない。
さらに、扱っている日常の謎の事件がひどすぎる。
『見える……見えるわ……あなたの肩に、これを読んでいるクソブタのような、血まみれのウ●コの霊が……。学校のトイレを汚した犯人は、切れ痔のあなたね! キリッ!』
ただし、同時に投稿されたイラストだけは秀逸だった。
ルキの小説は、ランキング下位をさまよっていた。
なお、同時期に『津川アイリス』という作者による投稿・連載が始まった【ヘタレ眼鏡と強気な僕】なるタイトルのBL小説は、一部の女性たちから熱狂的な支持を受け、リリスの小説とランキング中位あたりで壮絶なデッドヒートを繰り広げていた。
残念ながら三作品とも、アニメ化どころか出版社から声もかかることもなく、次第に作品群の中に埋もれていった。
◇ ◇ ◇ ◇
「遺憾ながら、わたくしの敗北を認めざるを得ませんわ」
リリスと初めて会ったときに入ったカフェで、ルキは僕の前でうなだれていた。
「わたくしを魔界へ追い返すおつもりでしたら、どうぞご遠慮なく」
親善大使代行には、一応は勝負に勝ったリリスが、今度こそ正式に就任した。
負けたら代行の下で雑用をするというのが基本的な取り決めだったが、最終的な処遇、つまり実際にルキがリリスの下で働くかどうかは、僕に一任されている。
さて、どうするか。
「なあ、魔界の役職ってさ、増やすことできないの? 特に人間界に関する役職を」
「は、はい。えっと、魔界内部のほうは難しいのですが、人間界に関するものでしたら、アグレアス卿のご意向が尊重されると思いますわ」
予想外であろう僕の質問に、ルキはあわてて答えた。
「じゃあ、ルキは総領事館準備室長ということで」
事情が呑み込めず、ルキはきょとんとしている。
「外国で、在留する自国民のための業務をするのが領事館。まあこの場合、人間界において起こる魔族がらみのトラブルに関する仕事だな。で、もしも魔界が人間界と正式に国交を結んだとしたら、予想されるトラブルの多くが、魔族に対する誤解や偏見によるものだと思う。それを未然に防ぐためには、今のうちに魔族のイメージアップを図る必要がある。その仕事を、人間界にいる他の魔族と協力して行ってほしい」
「あ、あの……それはつまり、その……」
「僕とリリスの仕事を手伝ってほしい。どちらが上とか下とかじゃなく、お互いに協力してだ。これから人間界と仲良くするってのに、魔界のほうでどっちが上とかモメてちゃ始まらないだろ?」
すると、ルキは目を輝かせて言った。
「ええ、謹んでお受けいたします! わたくし、そのお仕事に、この身を捧げます!」
「よかった。じゃあ、これからよろしくな」
「はい、わたくしのほうこそ、よろしくお願い申し上げます!」
僕たちは固い握手を交わした。
「でも、あの、どうしてわたくしなどを……」
「僕はルキのことを、全然嫌いじゃないよ」
そしてあえて指摘しないでおくが、ルキはリリスのことが本当は大好きなのだ。
ルキにはこの能力のことは秘密だけど、彼女がリリスを見下し罵倒していた時に、限りなく黒に近いグレーのオーラが見えた。それは自分自身を偽っている時に出るオーラで、僕は彼女のそれを秘かにツンデレオーラと呼んでいる。
また。ルキがリリスを罵倒した後、何も言い返さないリリスに舌打ちをしたり、「まだ、ダメですか……」と意味深な事を呟いたのが聞こえた。
勝負に負けた際の罰則も、魔界に送還ではなく、勝った側の下につく、ということになっているのも、おそらくその一環だろう。
魔界の厳粛な階級制度のこともあるんだろうけど、きっとルキは、ものすごく不器用なのだ。
「なあルキ、魔界ではどうかは知らないけど、人間界では親善大使なんて、お飾りみたいなものなんだよ。それこそタレントが売名で就任するような」
「はぁ、わたくしも詳しくは存じませんけど」
「僕もよくは知らないけど、『特命全権大使』っていう外交特権を持たなくても『大使』と名乗れるのが、親善大使なんだって。つまり、ぶっちゃけ何の権限もないし、何の責任もない」
「左様でございますか。そういえば、先代のアグレアス卿がお亡くなりになるまでは、魔界には人間界との交流などという概念は、ほとんどございませんでしたわ。では早速わたくしが父上の名において魔界に進言し、もっと権限のある要職をご用意させましょうか?」
「でも、親善大使がお飾りなのは人間界での話だろ。魔界ではそんな人間界の慣例に合わせてお飾りにする必要はないし、僕もするつもりはないんだ」
するとルキは、にっこりと微笑んで言った。
「ええ、きっとアグレアス卿なら、親善大使をお飾りなんかで終わらせませんわ!」
◇ ◇ ◇ ◇
「今日からこの学校に編入する、雨宮瑠姫でございますわ。皆様、よろしくお願いしますわね」
僕とリリスの父方の従姉妹である同い年のルキが、家族から一人離れて海外より帰国し、うちのクラスに編入、親戚であるわが家に住む……ということになった。
これでリリスがルキとの勝負で執筆に入る前に起きた、連続ラッキースケベ未遂事件も少しは収まるだろう。
連続ラッキースケベ未遂事件というのは、僕が自分の部屋に入ると、なぜか中でリリスが着替えているフリをしており、「イヤ~ンっス」と露骨な挑発をされ、「昭和かよ!」と部屋から追い出すことになった事件や、どこで入手したのか両面がYESの『YES/NOまくら』が、さりげなく僕のベッドの枕の横に置かれていたり、いつのまにか精力剤が冷蔵庫の一角を占めていた、などのことだ。
そもそも僕の部屋というだけで、偶然でもラッキーでも何でもないのだが。
――結果はともかく、僕はリリスの頑張りを認め、約束通り遺産相続と将来の親善大使就任を承諾した。
僕が人間界に留まっている間は、魔界のアグレアス邸の管理は筆頭執事さんに、領地の管理運営は筆頭政策秘書の方に一任している。
そしてルキも正式に新設の総領事館準備室長に就き、人間界と魔界との友好のために、僕たちと協力して活動することになった。
クラスメイトに「近寄るな、下郎!」などと言わないよう厳重に注意したためか、若干、顔つきや言葉使いに険が残るものの、ルキはすっかり大人しくなっている。
リリスにも言えることだが、黙っていると、本当に彼女は可愛い。
例によってさっきから優香が何か言いたそうにこちらを見ているが、前回のこともあり、どうやら追求はされないようだ。
その一方で、リリスはなんだかふて腐れている。
「おいリリス、何を怒ってるんだよ。ルキは負けを認めたし、お前にこれまでのことを含めた謝罪もちゃんとしただろ」
「いや別に怒ってないっス。ただ、その手があったっスか、と落ち込んでいるだけっスよ」
「はぁ?」
「従姉妹なら記憶操作も教職員ぐらいで最小限っスし、同じクラスで同じ家でもまあ自然っス。しかもどれだけイチャコラしても無問題っスよね……」
リリスから黒やグレーのオーラが一切出ていないことに、逆に不穏な空気を感じて、僕は鈍感系主人公ばりの聞こえないふりをした。
「ルキの奴、邪魔っス……リリス玉の計画の」
お読みいただき、ありがとうございます。
本作はまだ始まったばかりで、作者自身もネット小説の投稿は初めてですが、ネット小説で人気を得るのって、難しいですね。
本作の行く末を自虐しているみたいで、やや鬱になりましたw
しかしめげすにもうしばらくは毎日更新する予定です。




