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どうやらこの魔族とは話し合う必要があるようだ  作者: 森谷礼二
魔族、筆を執る
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魔族の協力者?

お読みいただき、ありがとうございます。

「ようこそオカルト研究部へ。私が部長の、三年A組・二階堂清隆(にかいどうきよたか)です。好きな食べ物は『マンゴープリン』や『パイ包み』などです」


 ――リリスが来てから数日たったある放課後、「魔界イメージアップ活動の協力者が見つかったっス! しかも魔族っス!」と言うリリスに、監査役の僕が連れられてきた社会科準備室には、一見神経質そうな細身のセンター分け眼鏡の男と、色白で妖しい雰囲気の黒髪姫カットの眼帯少女がいた。

 壁には黒地に赤の魔法陣のような模様の入った布がかけられ、落とされた照明のかわりにドクロ型の銀の燭台が複数灯されて、チープながら一応それらしき雰囲気を醸し出している。


「えっと、この人たちが魔族の協力者?」

 リリスに耳打ちすると、

「はい、この人たちは人間界で秘かに暮らす魔族っス!」

 と、上機嫌な返事が返ってきた。


 記憶操作により父親が外国人ということになっているリリスとは違い、どう見ても人間、それもコテコテの日本人にしか見えないのだが。


「初めまして、雨宮智です。えっと、梨々栖の……兄? です」

 思わず疑問形になってしまった。

 すると、今度は眼帯少女が自己紹介を始めた。

「はじめまして、雨宮智さん。いえ、アグレアス卿。私は魔王リザベルの娘、夜の血族で闇を(つかさど)る者、アイリスと申します。以後お見知りおきを」

 まるで生気のない、しかしよく通る声だった。


 僕は頭が痛くなった。

 魔王の娘と称する彼女からは、『魔界のエリート』と言い張る時のリリスと同じく、『自分自身でそう思い込んでいる』あるいは『自分で自分を偽っている』時に出るグレーのオーラが、香ばしいほどに立ち昇っていたからだ。


「ほらねサトル様、魔族の協力者っス」

 いや、これはいわゆる中二病というやつで……。


「そこのメガネの変態は、私の眷属・ダンタリオンです」

 眼帯少女アイリスがそう言うと、メガネの変態ことオカルト研究部部長の二階堂は怒鳴った。

「だっ、誰が変態だコンチクショウ! もう百回言ってみろ! できればゴミを見るような目で吐き捨てるように言ってください! ぜひ前に『このド』も付けて、オナシャス!」


 リリスはリリスで、「ダンタリオン? どこかで聞いたような名前っスね」と首をかしげている。


「で、魔王の娘アイリスさん、あんたの人間界での仮の名前と、学年とクラスは?」

 僕が皮肉たっぷりに眼帯少女に言うと、

「に、二年C組……石津川愛理(いしづがわあいり)……です……」

 今度は先ほどと打って変わって、消え入りそうな声で彼女は答えた。


 二年C組といえば、僕とリリスのいるB組の隣のクラスだ。

 そういえば昨日あたりからリリスが頻繁にC組へ出入りしていたようだが、C組にこんな娘いたっけ?


「それにしても妙っスね……リリスはこれでも魔界の高官の端くれっスから、それなりに顔は広いっスが、アイリスのお父上の『リザベル』というお名前の魔王様は、聞いたことがないっス」

 首をかしげるリリス。

「まあ、魔界も広いっスからね。領主以外は中央とほとんど交流のない、東方のバアル大魔王様の自治区の魔王様っスかね?」

「いや、あれは中二……」

「あと、アイリスからは、なぜか魔力を少しも感じないっス。もしや転生の際に封印されたっスかね?」

「だ、だから、あれは中……」

 仲間が増えたのがよほど嬉しかったようで、リリスはもはや聞く耳を持たないようだ。


「まあいいっス、ではさっそく、第一回・魔界イメージアップ作戦の会議を始めるっス!」 



 照明をつけたオカルト研究部部室は、魔法陣の壁掛けやドクロの燭台、小さな祭壇のようなもの以外は、ごく普通の社会科準備室だった。

 スライド式の棚には、世界地図や各種社会科資料や教材が所狭しと並んでいる。

 その隅っこに、魔法書や魔導書らしきものが、ほんの少し固められてある。


「で、何か具体的な案はあるのか?」

 僕がリリスに問いかける。


「えっと、人間界の昔の偉い人は『市民にはパンと娯楽を与えよ』と、こう言ったっス。そうすれば市民は政治に文句を言わなくなる、すなわち細かいことを気にしなくなるという話っス」

「ふむ、僕が知っているのとは、若干ニュアンスが違うような気がするが」

「その人は『パンがなければケーキを食べればいいのに』とも言ったっス」

「それは別の人だ!」


 要するに飲食業か娯楽産業で考えようということか?


「で、リリスがテレビを見て人間界を調査していたら、夜中に絵が動くやつ……アニメっていうんっスかね、それが放送されてたっス」

「ああ、深夜アニメってやつだな」

「でも、その内容は破廉恥(はれんち)なことに、天界からの加護を受けた勇者が、魔王を倒すために戦うという、実に腹立たしいものだったっス!」


 リリスは興奮して立ち上がり『バン!』と長机を叩く。


「お、落ち着けリリス。そんなベタベタな設定のアニメ、今どきほとんどないぞ……多分。それで?」

「そんなけしからん、魔界で放送されたら関係者全員が実刑判決を受けそうな内容だったっスから、(はらわた)が煮えくり返る思いで、いつでも画面を突き刺せるようにアイスピックを握りしめながら見てたっスけど、その……まあ、面白かったっス」

 リリスは不本意そうに言った。


「うちのテレビが無事でよかったよ。なるほど、アニメを作りたいというわけか」

「そうっス! こっちも魔界を礼賛(れいさん)する内容のアニメを、二十四時間全国ネットで放送しまくるっスよ!」

 なんだか今はなき某カルト教団と同じような発想の気がするが。


「というわけでサトル様、さっそくテレビ局とアニメ制作会社を買収するっス! まずは五千億MPほどの使用承諾を……」

「待て待て! 北の某国じゃあるまいし、そんなプロバガンダ放送ばかり流したら、誰も見なくなるし、かえって逆効果だぞ! あと、しまいに放送免許まで剥奪されるぞ」

「そ、そんなもんっスか……」

 僕の制止に、リリスはうなだれる。


「それに、リリスだって、たとえ腹立たしい設定でも、物語のストーリーが面白かったから見入ってしまったんだろ? アニメを作るにしても、まずは原作を用意しなきゃ」

「原作ってどうするんっスか?」


 すると、オカルト研究部部長の二階堂先輩が、

「アニメオリジナルのシナリオの場合もありますが、最近はマンガやゲーム、ラノベが原作になっているものが多いですね」

 と、眼鏡の中央ブリッジ部分を指で押し上げながら、リリスにレクチャーした。


「ラノベって何っスか?」

「ライトノベルの略です。中高生向けの小説ですね。実際にはもっと『大きなお友達』が主な購買層だったりするのですが。確かリリスさんが見たアニメも、ラノベのメディア・ミックス作品だったはずですよ」

「そのラノベっていうのを作れば、アニメになるっスか?」

「まあ、可能性の話ですが」

「じゃあ、リリスはそれをやるっス!」


 どうやらリリスの活動第一弾は、ラノベ執筆ということに決まったようだ。


 すると、オカルト研究部部長、三年A組・二階堂清隆の眼鏡が鋭く光った。

「ふむ、それならば我がオカルト研究部よりも、文芸部のほうが良いですね。――アイリスさん、お願いします」


 二階堂にそう言われると、それまで静観していたアイリスこと石津川愛理は立ち上がり、社会科準備室の隅のロッカーから『文芸部』と書いたチェーン付きのプレートを取り出し、ドアの外の『オカルト研究部』のプレートと入れ替えた。


「ようこそ文芸部へ。私が部長の、三年A組・二階堂清隆です。好きなカクテルは『セックス・オン・ザ・ビーチ』や『コック・サッキング・カウボーイ』、『ビトウィーン・ザ・シーツ』や『チチ』などです」



 オカルト研究部から文芸部に変わった途端、この社会科準備室の雰囲気も一新した。

 魔法陣ふうの壁掛けは取り外され、ドクロ型の燭台や祭壇は隅っこの段ボールにまとめ入れられた。

 アイリスこと石津川愛理も、眼帯を外し、地味めな眼鏡をかけ、髪も後ろで一括りにしていた。


「ああ、この娘だったのか」

 この姿の石津川愛理なら、見覚えがある。隣のクラスでいつも一人、本を読んでいる女子だ。


「ぶ、文芸部および通常モード……です……」

 呆気にとられて見ている僕に、愛理は恥ずかしそうに小声で言った。


「石津川くん、例のものを」

 部長の二階堂も、愛理の呼び方が『アイリスさん』から『石津川くん』に変わっている。

 愛理はスライド式の本棚を動かし、一冊の本を取った。

「リリスさん、あなたにそれを進呈いたしますよ」


 本のタイトルは『ゴブリンでも書ける小説入門』だった。いったいこんな指南書、どこに売ってるんだ?


「ありがとうございまっス、さっそく勉強するっス! サトル様、日本語の読み書きを覚える学習魔法を使うっスので、MPの使用承諾をお願いするっス」

「おい、まだ読み書きできなかったのかよ! もう一週間近く経ってるぞ、授業どうしてたんだよ……」

 僕はあきれながらも使用承諾機に指を置いた。


「ところがここには、人間界の一般文芸書が少々あるだけで、ラノベは置いていないんですよ。私もラノベはほとんど読まないですし、どうしますかね……」

 二階堂がそういうと、愛理がおずおずと手を上げて

「あの……家になら、かなりあります……」

 と小声で言った。

 グレーのオーラも消え、さっきの『なりきり魔王の娘』の時の態度とは大違いだ。

「まじっスか! 読ませてもらってもいいっスか!」

「はい……あの、ほとんどが自宅警備員の兄のものですので、お貸しするわけにはいかないのですが、うちに来ていただけるなら……」

「いくっス!」

 躊躇も遠慮もなくリリスは申し出を受ける。


「といっても読むのに時間がかかりますし、布教もありますし、よろしければ、お泊りいただいて……」

 布教ってなんだ? 魔族相手に、宗教の勧誘など、無駄だと思うのだが。


「わかったっス! アイリスの人間界での兄上様は自宅を警備してるっスか、なんだかわかんないっスけど、かっけーっスね!」

 そしてリリスは僕のほうを向き直し、

「というわけで、善は急げでさっそくアイリスの家にお泊まりに行くっスので、申し訳ないっスけどサトル様、今日はお一人でお過ごしくださいっス」

 と、眼を輝かせて言った。


「あと、時間を十倍に増やす空間魔法を使うっスので、承諾おねがいするっス」

 なんだかネコ型ロボットの気分だ。


「じゃあ、今日のところはこれで会議は終了っス。解散っス!」


 勝手に会議をしめて、リリスは意気揚々と愛理を連れて出ていく。

 文芸部部室こと社会科準備室には、僕と二階堂の二人だけが残された。



「で、あんたは何者だ?」

 僕は強めの口調で二階堂に問う。


「はぁ、何者だと言われましても、文芸部部長、三年A組・二階堂清隆、好きな果物は『マンゴー』や『パイン』、『パパイヤ』、『マンゴスチン』などですが、なにか?」

 二階堂は表情も変えずに飄々と答えた。


「あんた、ただの中二病の石津川さんと違って、本物の魔族なんだろ? どうして人間界にいる? なぜリリスに協力しようとする?」

 僕はさらに声を荒げて問いただす。


「どうしてそう思うのですか?」

 カマをかけて、僕の能力『ポリグラフ(嘘発見器)』で確認しようとしてみたが、二階堂は乗ってこなかった。


 仕方がない、どちらにしてもリリスに確認すればわかることだ。この場は手持ちの情報で答えておこう。

「まず、リリスの荒唐無稽な話を、自然に受け入れているように見えること。これはまあ、中二病の石津川さんもそうなんだけど」

「ふむ」

「それから、リリスは『アイリスからは魔力を感じない』と言っていた。つまり、あんたからは魔力を感じていたと解釈できる」

「……なるほど」

「あと、あんたは『人間界の一般文芸書』なんて言っていた。リリスに合わせたという解釈もできなくもないが、人間がわざわざそんな言い回しをするとは思えない。以上だ」


 すると、二階堂は愉快そうな顔で、

「御見それしました、アグレアス卿。私は魔界の元下級貴族、ダンタリオンと申します。今は『アイリス』の眷属ということになっております。勝手にそう決められただけで、別に彼女と契約したわけではないのですが」

 と答えた。


 僕の『ポリグラフ』から黒いオーラは検出されない。つまり二階堂の言っていることは事実だということだ。

「ずいぶんあっさりと正体を明かすんだな」

「まあ今となってはアグレアス卿も同族ですからね。――さて、ご質問に対する答えなのですが、まず、私がリリスさんのお仕事を手伝うのは、ちょっとした罪滅ぼしのつもりなのですよ」

「罪滅ぼし?」

「はい。他の魔族から聞いた話によると、私が魔界で放り出した研究を、リリスさんが引き継いでくれたそうなのです。そのせめてもの罪滅ぼしに、リリスさんの人間界での活動をお手伝いしようと思っております」

「ということは、リリスが言っていた『雲隠れした人間学の創始者』というのは……」

「ああ、それ、たぶん私のことです」

 なんという偶然。


「あ、あの、このことはリリスさんにはご内密にお願いします。バレたら何を言われるかわかりませんし……」

 二階堂ことダンタリオンは、バツの悪そうな顔で懇願する。

「まあわかったよ。で、なんで人間界にいるの?」


 すると二階堂ことダンタリオンは、目を輝かせて語りだした。


「ぶっちゃけ、人間界が大変面白いからです!

 寿命が長くて、もう何万年も序列や勢力地図が変わらない魔界とは違い、人間界は目まぐるしく移り変わっていきます。いろんな文化が生まれては廃れ、時代によって人々の考えもどんどん変化していきます。

 私も人間界の資料を収集するだけでは飽き足らず、もう居ても立ってもいられなくなり、ついに何もかも放り出して来てしまいました。

 特にここ百年ぐらいは、ものすごい変化のスピードです。魔界では人間界の文化に興味のある者はあまりおりませんが、こんなの、体験しなくてはもったいないです。

 最近は特に日本のサブカルチャーが大変面白いです!」


 まるで子供のように語る二階堂清隆ことダンタリオンからは、僕の『ポリグラフ』の黒いオーラが全く感じられない。


「あと、リリスさんをお手伝いするのは、先に協力を申し出た『アイリス』こと石津川愛理が、ものすごく楽しそうだから、ということも理由です」

「楽しそう? あれで?」

「はい、私は去年の今頃、彼女が文芸部に入部したときからの付き合いですが、この一年間で、あんなに楽しそうなアイリスさんは見たことがありません」

「そ、そうなのか……よくわからんけど」


 どうやら二階堂清隆ことダンタリオンは、アイリスこと石津川愛理の眷属というより、保護者に近い存在なのかもしれない。


「ただ、お手伝いするとは言いましても、食用MPを長らく摂取していない私には、かつての力はありませんので、人間界で培った経験や知識・あとはちょっとした人脈ぐらいしか差し出せるものはないのですが」


「なるほど、事情はわかったよ。その……先輩なのにタメ口きいてすみません。敬語に戻します」

「いえいえ、お気になさらずに。まあタメ口は不自然ですし、アグレアス卿の学校生活に悪評が立ちかねませんので、敬語で話していただけると助かります。私もアグレアス卿ではなく、サトル君とお呼びしますが、悪しからずご了承ください」

 さすが人間界での生活が長いだけあって、リリスとは違い、二階堂清隆ことダンタリオンはバランス感覚に優れている。


「ところでアグレアス卿……じゃなかった、サトル君、魔界のイメージアップ作戦にしては、ラノベ執筆って、なんだかずいぶんとスケールが小さい気がするのですが」

「しょうがないんだよ。……失礼、しょうがないんですよ。最初は一人でやってみろと言ってみたはいいんですけど、あの世間知らずで直情型のリリスに、いきなり大きなことをやらせる訳にはいかないでしょう。ラノベだってどうせ途中で放り出すんでしょうし……」


 すると、二階堂先輩は、かぶりを振りながら言った。

「失礼ながらサトル君は、リリスさんのことをずいぶんと過小評価しているようですね」

「はぁ、まあそうかもしれませんけど、とてもあいつに小説の執筆など……」

「私も直接見たわけじゃないのですが、リリスさんが私の研究を引き継いで、人間学の書籍を何冊ぐらい編纂(へんさん)したと思います?」

「さぁ……2冊ぐらい?」

「約二万冊だそうです」


 御見それしました、リリス様。



お読みいただき、ありがとうございます。

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