妹?
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「おはようございますっス、サトル様」
リリスと出会って数日たったある日、登校すると、制服を着たリリスが教室にいた。
しかもよりにもよって、僕の隣の席にちゃっかりと座っている。
「おい、何でここにいる」
呆気に取られている僕にリリスは、笑顔で言った。
「今日から人間界でのリリスは、サトル様の双子の妹、雨宮梨々栖ということになりましたので、よろしくお願いするっス」
「ちょ、お、おま……『ということになりました』って……」
「シィーッ! サトル様、声が大きいっス。せっかくサトル様の了解を得て、大量のMPで学校関係者全員の記憶を操作したっスのに」
どうりでクラスのみんなが、かなり目立つ容姿のリリスを見ても平然としているわけだ。
「それで、あの……申し上げにくいんっスけど、リリスが人間界で活動しやすくするための記憶操作で、MP使用量がかなりかかっちゃったんっスけど、こないだお約束していただいた通り、事後承諾をいただけたらと……」
リリスは「てへっス」と口の端から舌を出す。可愛いけど、微妙に古いぞ。
「大量のMPって、どのぐらい使ったんだよ」
「そ、それが……記憶操作はけっこうMP食うんっスよ。え~っと、全部で300億MPぐらいっスね……」
確か魔界の一般家庭の平均所得MPは年間500万じゃなかったか?
「まあわかったよ、承諾ってどうすりゃいいんだ?」
「えっと、このMP使用承諾機に、右手の人差し指でタッチしていただいたらOKっス」
そう言いながら、リリスはスマホのような機器を僕に差し出した。
「ほれ、これでいいんだな?」
僕がMP使用承諾機に人差し指で触ると、機械から「ピンポーン」と軽快な音が鳴った。
「ありがとうございますっス。今回は特別でして、次回からは使用前にサトル様の承諾が必要になるっス。あと、魔界の管財人が管理しておりますっスので、リリスに魔がさして私的に使いこむような心配もないっスので、ご安心くださいっス」
リリスは僕がMP使用を事後承諾したことで安堵した様子だ。
「だいたい、なんで双子なんだよ」
「だってそうでなきゃ、同じ家に住んで、同じクラスになれないじゃないっスか」
「ちょ……まさか、うちに住む気か?」
そりゃ確かに、土地建物の登記が僕の名義になっていたため、母さんが死んでも相続税が一切かからなかった我が持ち家は、一人で住むには広すぎるんだけど。
「そうっスよ、だって妹なんっスから。ね、サトルお兄様!」
そう言いながらリリスは僕の腕に抱きついてきた。
「や、やめろよ、実の兄妹の設定なんだろ!」
「はいっス、それがなにか?」
「実際の兄妹ってのは、その……あれだ。高校生ぐらいになると、お互いを意識して、なんとなく距離を置くもんだろ。……知らんけど、たぶん」
するとリリスは、
「しまったっス! 血がつながっていない設定を忘れていたっス!」
とあわてた。
「待て待て、これ以上ややこしくするな!」
そんなふうに言い合っている時、ふと僕は教室の隅からの視線を感じた。
それとなく視線を横目で追うと、僕たちを見ていたのは、幼馴染みの小林優香だった。
ショートヘアがよく似合う、可愛いというよりも美人というほうがしっくりくる、やさしくてサバサバした性格の女の子だ。
ボッチの僕に唯一話しかけてくれる女の子。
僕にとって彼女は、好きとか以前に、なんというか眩しすぎる存在であり、また、恩人のような存在でもある。
いや、言いきってしまえば、僕は優香のことが大好きだ。
たぶんよくある話なんだろうけど、距離が近すぎて逆に距離感がつかめないのと、魅力的な優香が僕には分不相応で気が引けるのに加えて、例の能力のせいで僕から壁を作ってしまっているだけで。
……というような自分自身に言い訳していても仕方ないのでぶっちゃけると、僕に当たって砕ける度胸がないだけなのだが。
優香とは、小学校の高学年ぐらいから、なんとなく距離を置くようになっていた。
でも去年、母の告別式に優香は参列してくれた。他の参列者とは違い、黒やグレーのオーラも出さずに大泣きしてくれた彼女を見て、僕も胸が締め付けられるような思いをした。
それ以来、学校でもまた時々は話すようになり、ボッチの僕に話しかける学校で唯一の女子になった。
それから、つい先日の二年進級時のクラス替えで同じクラスとなり、母が死んで一人暮らしの僕に、何かと目をかけてくれている。
優香は僕の前で、一度しか嘘をついたことがない。
そんな優香は、じゃれ合っている僕たち兄妹を、なんだか怪訝そうな目で見ている。
嫉妬なら嬉しいんだけど、どうやらそんな感じでもない。
「ねえサトル、ちょっといいかな」
――休み時間、トイレから教室に戻る途中、廊下で優香に声をかけられた。
「ああ、なんかあったの?」
僕は内心ドキドキした。
父親譲りの妙なクソ度胸は、優香にだけは適用されないのだ。
、
「ちょっと変な話なんだけど、笑わないで聞いてくれる?」
相変わらず怪訝そうな顔の優香は、僕の袖を引き、人通りの少ない廊下の隅に移動した。
これが『告られる』とかなら嬉しいのだが、全くそんな様子ではない。
「どうしたの? 何か怒ってる?」
「サトルと私って、幼稚園からずっと一緒じゃん? 同じクラスだったことはあまりないけど、ずっと同じ学校でさ」
「そういえばそうだね」
いったい何の話が始まるのかと、ついつい身構えてしまう。
「だから、なんか改まって言うとちょっと恥ずかしいんだけど、サトルと遊んだ思い出が、私の中にはいっぱいあるんだ。小5あたりから微妙になっちゃったけど、それまでは私がピアノのレッスンがない日とかに、わりと一緒に遊んでたよね?」
「うん」
「でも、なぜか梨々栖ちゃんと遊んだ思い出が、サトルに比べてあまりにも少なくて、しかも変な思い出ばかりなんだよ。血のように真っ赤な池で泳いだり、ドラゴン みたいな動物を乗り回したり……なんでだろ?」
なるほど、優香の怪訝そうな態度は、リリスの杜撰な記憶操作が原因だったのか。
困ったことになった。
僕は嘘が付けない。
つまりこういう時に『適当なことを言ってごまかす』という、人間社会における潤滑油のような、誰もが無意識にやっている行為ができないのだ。
こんな時には、事実を話すか、沈黙するしか僕には選択肢がない。
しかし、さすがにリリスのことを話すわけにはいかない。
となると沈黙するしかないわけで……。
「サトルってさ、何か裏がある時、いつも黙り込むよね」
鋭い。
「そういう態度、よくないと思うよ」
それしかできないんだってば……。
「まあいいや。直接、梨々栖ちゃんと話してみるよ」
押し黙っている僕に業を煮やし、優香は言った。
やばい。
あのリリスが、なにかと鋭い優香を相手にうまく切り抜けることなど、とても想像できない。
「ま、待ってくれ」
教室に戻ろうとする優香を僕は引き留めた。
「確かに優香の言うとおり、いろいろ事情があるんだよ。でも、言えないんだ」
「……それって私が信用できないから?」
優香が僕の目を覗き込むようにして言う。
「そうじゃなくて、その……いろいろと訳があって、他人には言えないんだ」
なるほど、沈黙以外にもこんなやり方もあるのか、と僕は気づいた。
確かに僕は『嘘』はついてない。
しかし、このやり方は、相手との信頼関係がないと使えない手だ。
「ごめん……」
僕の必死な態度に、優香はしばらく考えた後、
「うん、わかった。サトルを信じるよ。何だかんだで、サトルって私に一度も嘘を付いたことがないもんね。私も考えないようにするよ」
と言ってくれた。
僕がホッと胸を撫でおろすと同時に、予鈴のチャイムが鳴り響いた。
「――なあリリス、やっぱ同じ家に住むのは、ちょっと考えものだと思うんだけど」
僕はいつもの持ち帰り弁当、リリスはお菓子の夕食を終え、リビングでテレビを見ながらくつろいでいるところで、僕は少し考えた末、そう切り出した。
「へ? なんでっスか? 必要経費でリリスの分の学費や生活費も、魔界のダミー会社からサトル様の口座に振り込まれているはずっスよ。このお家は部屋も余っていますし、特に問題ないと思うんっスけど」
リリスは『夕食後の軽い食事』という名目のチョコレートパイを食べながら言った。
「それはそうだけど、これじゃ僕はずっとリリスと一緒だろ? 家にいるときぐらい、遺産だの親善大使だのを忘れて、リラックスしたいんだよ」
「そ、そうっスね……何から何まで、いきなりっスもんね……ちょっと配慮が足りなかったかもっス」
リリスはしょんぼりと、しかしパイを食べる手を止めずに言った。
「あと、あれだ。その……一応、僕も男だし……」
言いながら僕は目を逸らせた。
するとリリスは、しょぼくれた顔から一転、真剣な顔になる。
「ああ、そういうことっスか」
なんだか恥ずかしい事を言ってしまった僕は後悔した。
「まず最初に言っておくっスけど、これでもリリスは魔界の高級官僚なんっス。エリートなんっス。エリートなんっス。大事なことなので二回言いましたっス」
リリスはグレーのオーラを出しながら『エリート』をアピールする。
しかしなんで魔族のこいつが、みのも●たのCMネタを知っているんだ? 人間学か?
「こうしてリビングでテレビを見ているのも調査の一環、つまり人間界でのリリスは、もれなく公務中なんっス」
毅然としたその態度には、内に秘めた決意が感じられる。
考えてみれば、そりゃそうだ。
リリスにとって人間界の生活は立派な仕事、いや、もはや使命なのだ。
そんな甘い展開など、起きるわけが……。
「そういうわけっスから、魔界公務員法によって、リリスのほうからサトル様をガバッと襲っちゃうことは、残念ながらできないっス」
「……は?」
先ほどまでの毅然とした態度はどこへやらで、リリスは親指を咥え、腰をくねらせながら潤んだ瞳で話を続ける。
「でも、サトル様がリリスの魅力に取り憑かれて、迸る若い獣欲に耽溺したなら、リリスはいつでもウエルカムっスよ」
軽っ! 魔族の貞操、軽っ!
あと『獣欲に耽溺』って、なんとなくしか意味がわかんないんですけど。
「淫魔などの例外を除いて、ほとんどの魔族は生殖行為イコール結婚っスから、独身のリリスはまだそういう経験はないっスけど、サトル様が相手なら、ちゃんと責任取っていただけるなら全然OKっスよ」
どっこい軽くはなかった。魔族の貞操、重っ!
「リリス的な理想のプロポーズはぁ、『毎朝俺のために眼玉汁を作ってくれ』っスかねぇ~」
「ち、ちょ……おま……何言って……」
すでに僕には「味噌汁でも目玉焼きでもなく、眼玉汁かよっ」とツッコむ余裕もない。
「おかえりなさいっス、あ・な・た、贄を喰らうっスか? 生き血風呂にするっスか? それとも、リ・リ・ス?」
呆気に取られている僕にお構いなしで、リリスは小芝居まで始める。
「そうそう、子供は二人以上欲しいっスね、一人っ子だと戦えないじゃないっスか。『子供は殺し合って育つもの』と魔界では言われてるっスけど、80京もMPがあるっスから、魔族の子供なら蘇生だって何億回でも楽勝っス。いつも阿鼻叫喚の絶えない幸せな家庭にしたいっスね」
もはや僕には、リリスが何をどうコジラセているのか、さっぱりわからない。
「まあ人間界では実の妹と関係を持つのはなにかと問題があるらしいっスから、こっちでは大っぴらにイチャコラできないのがもどかしいっスけど、そういう背徳的なのも悪くないと思うんっスよ。種族の違いもそうっスけど、色恋には何かと障害があるほうが盛り上がるというのが世の常じゃないっスか。いわゆるアスタルスとベルゼバブ効果、人間界で言うところのロミオとジュリエット効果ってやつっスよ!」
興奮のあまり身を乗り出して僕の胸ぐらをつかみながら、一気にまくし立てるリリス。
顔が近い。鼻息が荒い。口周りのチョコレートを拭け!
「あ、でも、サトル様は半分魔族だったっスね。なら、むしろオールグリーンっスね」
ウンウンと頷きながら、勝手に納得しているリリス。
「あと、リリスは年下でも全然OKっス。数百年ぐらいの歳の差なんて、全く気にしないっスよ」
「……おい、今なんて言った?」
「それにしても80京MPっスか……それに爵位……セレブな暮らし……魔界ヒルズ族の仲間入り……ぐへっ、ぐへへへ……」
だ、だめだこいつ、完全に欲に目が眩んでいる。
そこはかとなくゲスい顔で薄ら笑いを浮かべるリリスからは、ここまで『エリート』をアピールする以外に嘘オーラが一切見られない。
「まあいろいろとあるかもしれないっスけど、というか、確実にいろいろと大変なことが起こるとは思うんっスけど、大丈夫っス。愛さえあれば、種族の違いや業の深さの多寡なんて関係ないっス!」
「なにが愛だ、思いっきり打算じゃねぇか!」
僕はそう言って席を立つ。
「ああっ、まだアピールの途中っスよ、どこに行くんっスか! あまりハードなやつじゃないなら、特殊な魔術プレイでもリリスは……」
言い終わるよりも先に、僕はリビングを出て自分の部屋に向かった。後ろからの「裸にエプロンでも、昔の制服でも、喜んで着るっスよ~!」の声も聞こえないふりをして。
でも、ついぞ「ふざけるな、誰がお前なんかと」などとは言えなかったのは、僕が嘘をつけないからだろうか。
お読みいただき、ありがとうございます。




