プロローグ2 本気/嘘
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「だが断る!」
「ううっ、そりゃそうっスよね……」
僕の一言に、リリスは項垂れる。
「す、すまん、とあるマンガの愛読者なら、一度は言ってみたい台詞だったのだ。正直、全く興味が湧かない話というわけでもないけど、情報が少なすぎて判断できないんだよ」
「ああ、なるほど。う~ん、どうしたらいいっスかね……」
「一つ条件というか、提案がある」
「あ、はいっス。どんなご提案っスか?」
やや不安そうにリリスが訊ねてくる。
「リリスの本気を見せてもらいたいんだ」
「えっ、どういうことっスか?」
「まずはリリスに一人で人間界との友好関係を築く仕事をやってもらいたい」
リリスはチョコパフェのスプーンを口にしながら固まっているが、僕は先を続ける。
「魔界のイメージアップだって友好関係構築の一環なんだから、それに特化してもかまわない。何らかの特例を作ってもらって、僕が相続するというMPを使ってもらってもいい」
僕がこう言うと、リリスはごくりとつばを飲み込み、姿勢を正した。
「そっちの事情やリリスの立場はわかったし、魔界が人間界と友好関係を築きたいというのも本当なんだろう。でも、だからといって簡単に引き受けられるようなものじゃないよ。
そもそも僕は魔界に行ったこともないし、物心ついてからは親父と会ったこともない。魔界の住人だって、今のところリリスしか知らないんだよ。
つまり、リリスの言うことを信用していないわけじゃないけど、僕たちはまだ信頼関係を築いているわけでもない」
無言で頷くリリスに、僕は続ける。
「リリスだって、ある日突然『実はあなたは人間です、明日から人間界のために働いてください』なんて言われても『はい、わかりました』というわけにはいかないだろ?」
「そりゃまあ……そうっスね。むしろサトル様に事情を理解していただいているのが驚きなぐらいっス」
「それに、人間界の魔族を嫌悪する気持ちは、たぶんものすごく根強いと思う。それを覆すのば並大抵のことじゃない。むしろ袋叩きにあう可能性のほうが、はるかに高いと思う。
今はまだ、僕にはそれを引き受ける覚悟ができないんだよ」
「な、なんだかリリス、サトル様のお話を聞くと、いろいろと考えが甘かったような気がしてきたっス……」
先ほどとは打って変わり、神妙な面持ちでリリスは僕の話を聞いている。
「でも、僕だって半分魔族なんだから、魔界と人間界の友好は、もはや他人事ではないどころか、ある意味で一番の当事者とも言える。『今はまだ』引き受ける覚悟ができないということなんだ」
今まで事情を知らなかった僕は、内心、親父を憎んでいたんだと思う。でも、そんな遺言を残しただなんて知ると、親父の悲願をかなえたいっていう気持ちになってきたことも確かだ。
「それに、人間が魔族を忌み嫌っている今のこの状態で『魔界の親善大使でござい』と率先して出ていけだなんて、そんなのある意味、人身御供のようなものだと思わないか?」
「そ、そうっスね、公僕のリリスには魔界政府に何も言えないっスけど、正直、今まで何もしてこなかったのに、先代アグレアス卿の遺言の内容を知った途端、それに便乗する形でサトル様を担ぎ上げようっていうんっスから、ずいぶん勝手な話だと思うのも確かっス」
「だからこそ、リリスの本気を見せてもらいたいんだ。なんだか上からものを言って試すようだけど、僕にはそれを言う権利があると思う。僕が魔界の親善大使になったら、リリスはそのサポートをするんだろ? こんな大変な事業で、助手が覚悟もやる気も能力もないのに、僕だけが頑張れるわけがない」
「……なるほど、おっしゃる通りっス」
「それと、リリスがどれだけのことができるのかを見たいってところもある。それによって戦略を立てたほうがいいと思うしね。まあ、人間学の権威なんだから、期待はしてるけど」
「そ、その人間学の権威ってところ、ちょっとお伝えしておきたいことがあるんっス」
あわてた様子でリリスが弁明を始める。
「実は魔界での人間学って、ものすごくマイナーな学問なんっス。なにせリリスが入門したときには、すでに創始者が研究を放り出して、どこかに雲隠れしていたぐらいっスから」
「ふむ、まあ交流のない相手を研究しても、しょうがないよな」
「書物の編纂なんて、先代アグレアス卿のご支援で、すべてリリスがやったんっスよ。まあそのおかげで親善大使代行なんて要職に抜擢されたんっスから、今思えば頑張っておいてよかったんっスけど。
ですから、人間学の権威というのは間違ってないんっスけど、あまり過度な期待は……」
リリスはかなりテンパっているようなので、少し助け船を出すことにする。
「本気を見せろとは言ったけど、結果を出せとは言ってないよ。人間界に来たばかりなのに、最初から何もかも完璧にこなして、すごい活躍ができる訳がないんだから、リリスにできることから始めてみるのでいいんじゃないかな」
「そ、そうっスか。少し気が楽になったっス……」
リリスは胸を撫で下ろす。
「ただし、人間界に迷惑をかけないことを約束してもらいたいのと、念のために僕がストップさせられる権限を持つこととする。言ってみれば僕は監査役だな。どうかな? まあ相続の特例が通ればの話になるけど」
すると、リリスは立ち上がり、
「やるっス! リリス、人間界と魔界との友好の先陣を切るっス!」
と目を輝かせて高らかに宣言した。
「親善王に! リリスはなるっス!」
麦わら帽の海賊かよ。
「まあ、一人でやれとは言ったけど、どうしても助けが必要なことが起きたら、僕もできる限り協力するよ。ただ、相続の特例の件が……」
「あ、それなら大丈夫っス。なんせ魔界でも前代未聞の相続事案っスから、仮相続とか何とかで魔界法務省にも申請が通ると思うっス。魔界としても、サトル様にへそを曲げられては困るっスからね」
「そ、そんなものなのか」
どうやら魔界の法務省はかなりアバウトなようだ。
「そうと決まれば早速、仮相続の手続きと、人間界で活動しやすくなるような根回しをするために、リリスは一度魔界へ戻るっス」
「そっか、どうやって行き来しているのかは知らないけど、気をつけてな」
「でもその前に、サトル様にお聞きしたいことがあるんっスけど」
聞きたいこと? なんだろう?
「どうしてサトル様は、こんな突拍子もない話を簡単に受け入れることができるんっスか? 魔界の住人のリリスですら、最初にこの話を聞いた時は、なんだか現実味が感じられなかったぐらいっスよ?」
ああ、その件か。
まあ当然の疑問だろう。
「話が早くて助かるっスが、正直、長期戦を覚悟していたリリスは、なんだか拍子抜けなんっスけど」
僕にはそういう対応しかできないのだ。
「いっそサトル様のお部屋の机に転移魔法を仕込み、引き出しから飛び出し、ポケットから便利な道具を出して、徐々に懐柔していくしかないとさえ思っていたぐらいっス」
リリスの学んできた『人間学』っていったい……。
少し悩んだ末、僕はある確認も兼ねて、事情を打ち明けることにした。
「なあリリス、今からちょっとした実験につき合ってくれないか」
「な、何っスか実験って?」
「その前に、この話をするのは、去年死んだ僕の母さん以外ではリリスが初めてなので、絶対に誰にも内緒ということで頼む。あと、リリスを試すようなことになるけれど、悪く思わないでくれ。OK?」
「はぁ、OKっス……」
「まず、今からいくつか僕に簡単な自己紹介をしてもらいたい。例えば『リリスは魔界から来ました』とか、そういう単発的なものをいくつか。ただし、その中のどれかには必ず嘘を入れてもらいたい。全部嘘でもいいし、ひとつだけ嘘でもOK。いいかな?」
「なんだか変わった儀式っスね。何が何だかさっぱりわからないっスけど、まあいいっスよ。考えますからちょっと待ってくださいっス」
リリスはしばらく考えた後、
「リリスは魔界から来たっス」
「リリスは魔界の貴族っス」
「リリスは魔界のエリートっス」
この三つの自己紹介をした。
「えっと、とりあえず二番目の自己紹介は嘘だな」
「え? 確かにリリスは、恥ずかしながらごく普通の家柄っスけど……もしかして、サトル様は相手の嘘がわかるんっスか?」
リリスは目を見開き、驚きの声を上げた。
「まあそういうこと。僕には相手が嘘を付いたときに、相手の体から、黒いオーラというか、煙のようなものが見えるんだ。僕はこの能力を『ポリグラフ(嘘発見器)』と呼んでいる。気付いたのは小学生の頃。今考えれば、親父の血なのかな」
「い、いえ、先代のアグレアス卿にもそんな能力は無かったっス! というか、魔族はあんまり嘘をつかないっていうこともあるんっスが、そんな能力は魔界でもかなりレアなんっスよ! リリスが思い当たるのは、魔界最高裁の判事さんぐらいっス!」
リリスはテーブルに身を乗り出し、興奮を隠さずに言った。
「そ、そうなのか? あと、三番目の自己紹介は微妙だな。自分がそう信じ込んでいるだけのときの、グレーのオーラが見えたぞ」
するとリリスは僕から目を逸らす。
「そ、そんなことないっスょ。ちゃんとリリスは魔界のエリートっス……ょ」
語尾が弱気だぞ、魔界のエリート。
「で、さっきまでリリスが話しているときは、相手が嘘を付いたときに見える黒いオーラが一切見えなかった。魔族は例外なのかも、と実験してみたんだけど、今の実験で二番目の自己紹介では、嘘の黒オーラがはっきりと見えたんだ」
「なるほど、納得っス。そういえば、サトル様からは微力ながら魔力を感じるっスね」
「え? リリスは魔力を感じることができるの?」
「はいっス。でもこれは魔族なら、食用MPを一定期間摂取して、ちょっとした訓練をすれば誰にでもできるっス。魔力中心で成り立っている魔界では必須なスキルっスからね」
「そうなのか、よくわからないけど」
「魔族の血を引くサトル様にも、いずれできるようになるっスよ。難易度は、人間界で言えば自転車に乗れるようになるって感じっスかね」
魔力が見える世界か。どんなんだろ?
「それはともかくサトル様、嘘を見分けるなんて、すごい能力じゃないっスか!」
「そうでもないさ、おかげで人間不信でボッチだよ。僕に話しかける人だけじゃなく、他人同士の会話からも見えるんだ。きれいごとを言ってる先生や、一見仲つつましい恋人同士や友達同士が、お互いに黒いオーラを出しながら話しているところを見るなんてザラだよ」
「そうっスかぁ……まあ中途半端に他人の考えがわかるっていうのは、活用し辛い能力かもしれないっスね……」
「さっきの実験も、なんだかリリスを試したみたいで、本当は心苦しいんだ」
「ああ、いえいえ、気にしないでくださいっス」
どうやらリリスは僕の能力に好意的なようで、少しホッとした。
「ところでサトル様、他に何か能力はないんっスか?」
「能力というか……相手がどんな大物でも物怖じしないとか、変なクソ度胸があるかもしれない。生意気だとか可愛げがないだとか言われて、ロクなことにならなかったけどね。これも親父の血なのかな……」
これが原因で、母の葬儀の後、嘘オーラを発しながら「うちに来てもいいんだよ」と言ってきた、母方の叔父との関係がこじれてしまったのだが。
「なるほど、先代アグレアス卿は魔界の貴族の中でも序列上位っスから、その胆力を受け継いでいたのかもしれないっスね」
「あと、嘘を見分ける能力の代償なのか、あるいは副作用みたいなものかはわからないけど、本当に困っていることがある」
昔そういう海外の爆笑コメディ映画があったとのことで、DVDを借りて見てみたが、こんなに明るい物語になるはずがないじゃないかと思った僕は、コメディ映画なのに少しも笑えなかった。
一つため息をついた後、僕は言った。
「僕は嘘をつけないんだ」
お読みいただき、ありがとうございます。
次から本編となります。




