8.ミツコふたたび
「ここを出してよ」
裏野魔太郎が叫ぶ。
「わたしは早乙女ルカ。大人の女よ。魔太郎君じゃないわ」
防火服に身を包んだジェイダーパの係員三人が、激しく抵抗する魔太郎の四肢を抑え、鎮静剤を注射する。
魔太郎はおとなしくなり、係員に手を引かれて鉄格子の中に入る。
「このたびはお世話になりました」
山野辺丈太郎は鉄格子の外で別の係員に頭を下げる。わたしも彼にならってお辞儀をする。先ほど渡された名刺では彼はここの現場主任だ。
「こちらこそお世話になりました。またいつでもご利用をお待ちしています」
現場主任が言う。
「山野辺警部も早乙女刑事もお元気で。またのご利用のときはもっとすごい兵器をご案内しますよ」
ジェイダーパの施設を出て、覆面車を走らせる。山野辺が運転し、わたしが助手席だ。
埼玉県警本部に戻る前に、ファミリーレストランに寄る。窓際の席をウエイターに案内される。二人ともドリンクバーだけを注文する。
わたしはアイスティー、山野辺はアメリカンコーヒーを持って席に戻る。
「状ちゃんと二人でお茶するの、久しぶりね」
わたしが言う。
「もうわかってるでしょう。あたしはミツコよ」
「......」
「最初から、これが状ちゃんの目的だったんでしょう」
「何の話だ?」
「とぼけてもだめ。状ちゃんの考えてることは、あたしは全部お見通しなんだから」
山野辺はコーヒーをすする。
午後の日差しが少しまぶしい。わたしは背後のブラインドカーテンを降ろす。
「だとしたら.......」
山野辺が言う。
「魔太郎の体の中に、今、早乙女ルカの意識が閉じ込められているんだな」
「もちろんよ」
「そして、今、目の前にいる早乙女ルカの肉体に宿っている意識がミツコというわけか」
「最初からわかってるくせに」
「君はおそろしい女だ」
「それはお互いさまでしょう」
山野辺はしばらく沈黙した後、突然、哄笑する。わたしもそれにつられるように笑い出す。
二人の笑いはいつまでも続いた。
それはまるで、人間をだまして契約させ、魂を奪い取る悪魔のような、狡猾で残忍な悪意に満ちた、呪われた地獄の笑い声だった。
(了)