7.マサユキ
コンビニエンスストアの周辺には、「立ち入り禁止」の黄色い標識テープが貼られ、警官たちが交通整理している。
一台の覆面車が駆け付け、中から二人の刑事と一人の少年が降りる。
二人の刑事の一人、山野辺丈太郎が警察手帳を見せると警官が敬礼し、潜りやすいよう標識テープを引っ張り上げる。
山野辺は少し屈んで標識テープを潜る。早乙女ルカと裏野魔太郎が後に続く。
コンビニエンスストアの駐車場は機動隊員たちのライオットシールドで囲まれいた。
店内には拳銃を持った男が女子店員を人質にとって立てこもっている。
男に射殺された二人の客の死体が、店の床に放置されている。
男は背後から羽交い絞めにした人質のこめかみに銃を当て、店をゆっくり出てくる。
2メートルありそうな大男だった。革ジャンを黒のTシャツに羽織り、褪せたジーンズに汚れたスニーカー。手の甲には髑髏のタトゥー。髪をサフラン色に染め、片耳のピアスが光っている。
ヨシロウによれば、彼こそがコロボックルから無差別テロを命じられたダイダラボッチとのことだった。
ルカは彼がダイダラボッチかどうかはわからなかったが、男の全身から漂う邪悪な念のようなものを本能的に感じた。
山野辺、ルカ、魔太郎の三人はライオットシールドでバリケードを作っている最前列の機動隊員のすぐ後ろまで進んでいく。
「マサユキ君が臭いって言ってます」
魔太郎が言う。
「マサユキ君は鼻がいいんです。ダイダラボッチの臭いがわかるんです」
「やっぱり、あの男がダイダラボッチなの」
ルカが訊く。
「はい。マサユキ君は間違いないって言ってます」
マサユキ......まだ会ったことのない魔太郎の体に宿った人格だ。一体、どんな人物なのだろう。ルカの脳裏にまだ見ぬ人格について様々な思いが駆けめぐる。
「いいか、よく聞け」
ダイダラボッチが叫ぶ。
「今から二十四時間以内に日本政府は北朝鮮に宣戦布告しろ。戦争を始めるんだ。さもなければこの女の命はない。おまえらにそんな権限がないなら、総理大臣をここに呼んでこい」
機動隊員の一人が拡声器でなだめる。だが効果がある様子はない。
ふと魔太郎が手前の機動隊員とライオットシールドをすり抜け、単身、銃を持った凶悪犯の前に進んでいく。
「魔太郎君、戻りなさい」
ルカが叫ぶ。
だが魔太郎は歩みをやめない。
あの子を止めないと。ルカがライオットシールドを通り抜けようとすると、山野辺がルカの腕をつかみ、無言で制す。
「小僧、何のまねだ」
ダイダラボッチは魔太郎に向けて銃を一発撃つ。弾丸ははずれ、ライオットシールドにはね返される。
魔太郎はふと立ち止まる。
「グググ........ゲゲゲッ.....グググ......」
異変はそのとき起こった。
魔太郎の全身は勢いよく燃え上がり、2メートルくらいの火柱ができる。
「おまえ......何者だ」
ダイダラボッチがそう言いながら、火柱に銃を乱射する。だが無駄だった。弾丸は火柱を貫通し、ライオットシールドにはね返されるだけだった。
「おれの名は、マサユキ」
火柱から声がした。それは成人男性を思わせる野太い声だった。
やがて火柱は意思を持つかのように、空に舞い、上空を旋回してから矢のように高速でダイダラボッチに体当たりする。
「やめろぉ!」
ダイダラボッチの全身が燃え上がる。
解放された人質の女性店員が泣きながら機動隊員たちの方へ走る。近くにいた数人の機動隊員が彼女を素早く取り囲んで保護し、衣服のボヤをはたいて消す。
炎に包まれたダイダラボッチの皮膚の下から、身長5センチほどのコロボックルたちが、後から後から次々に飛び出してくる。それはまるで沈没前の船から逃げるネズミの群れだった。
ダイダラボッチの全身はしぼみ、やがて穴を開けられた風船のように消滅してしまう。
駐車場をアリの大軍のように走り回るコロボックルたち。彼らの半数の体に火がついていた。
山野辺がホルスターから銃を取り出し、地面を動き回るコロボックルたちに乱射する。
機動隊員たちの何人かが山野辺をまねる。
コンクリートの地面は血で赤く染まり、銃で撃たれた多くのコロボックルの死骸に、焼死した死骸が混ざる。
生き残ったコロボックルはなおも果敢に走り回り、やがて駐車場の端のマンホールの蓋を複数のコロボックルたちが持ち上げ、脇に投げ捨てる。
マンホールの穴を見つけると、彼らは水を得た魚のように、穴の中に入っていく。地下の世界こそ彼らコロボックルの住処なのだ。
ルカはふと魔太郎に気づく。
魔太郎はさっきダイダラボッチがいたはずの店の入口付近に全裸で倒れている。
「魔太郎君!」
走り寄り、魔太郎を抱きかかえる。
「しっかりして......死んじゃいやよ」
魔太郎はゆっくり目を開ける。
目が金色に輝いている。
それを見るとルカは強烈な睡魔に襲われ、意識が朦朧となっていく......。