5.ミツコ
裏野魔太郎はリビングルームのソファーに寝そべってテレビを見ていた。
十時を少し過ぎていた。いつもならとっくに消灯時間だが、なぜか眠くなかった。
リモコンを動かしてチャンネルをいろいろ変えてみる。どの番組も面白くない。
テレビを消すと背後からシャワーの音が聞こえる。今、早乙女ルカがバスルームにいることを思い出す。
魔太郎はさっき、ルカが風呂から上がるまでテレビを見ているよう彼女に言われた。
ジェイダーパの地下牢ではじめてルカを見たときから、魔太郎は彼女が気になっていた。施設の女性職員には、こんな若くてきれいなおねえさんはいない。
ふとした好奇心からソファーを立ち上がり、リビングルームを出る。引き戸を開けるとシャワーの音が大きくなる。中に入ると洗濯機があり、洗面所があり、バスルームの脱衣所になっている。
半透明のガラスのドアの向こうはバスルームだ。裸のルカがいるはずだった。
魔太郎はおそるおそるガラスのドアのノブを回す。ノブを引くと、白い蒸気が顔にかかる。
「誰? そこにいるの誰よ」
ルカの叱責する声に驚いて、魔太郎は慌ててドアを閉め、リビングルームに駆け戻る。何事もなかったようにソファーに座り、リモコンでテレビをつける。
頭が熱くなり、心臓が高鳴っているのがわかる。
「どうして覗き見なんかしたの」
バスローブを羽織ったルカは、ソファーに座っている髪が肩まで伸びた小太りの少年に詰問する。
「あたしじゃないわ。覗き見したのは魔太郎よ」
少年の口から中年の女の声がする。ミツコだ、とルカは直感する。
「魔太郎を叱って。あたしは女だし、そんな趣味ないわ。
それより、さっきあんたのスマホ鳴ったけど、新しいメールでも届いたんじゃない? 」
ルカはテーブルに置いてあるスマホを取ってみる。確かにラインメールが一件届いている。
ラインのアプリケーションを立ち上げると、ヨシロウからのメールだ。
――山野辺警部ニモ送リマシタガ、今回ノ事件ニ関係アルさいヲ見ツケマシタ
URLが張ってあるので思わずタップしてみる。すると奇妙な文字で書かれたサイトがディスプレイに現れる。
どこの国の言葉かしら。見たこともない文字だわ。
そのとき不意にチャイム音が鳴る。新しいラインメールだ。
タップしてみると山野辺からのメール......。
――気をつけろ。コロボックルが君の命を狙っている
サッシ窓が割れ、身長5センチほどの小人がテーブルに着地する。髪の長い女だった。アイヌの民族衣装をまとい、両手で身の丈ほどもある鎌を構えている。
「だ、誰なの......」
ルカは山野辺に見せられた連続殺人事件の現場写真を思い出す。山野辺がコロボックルと呼んでいた小人がそこには写っていた。
女のコロボックルは虫のように跳躍してリブングルーム内を縦横無尽に飛び回る。
ルカは慌ててキッチンのシンクに置いてあるフライパンを握り、女のコロボックルをはたき落そうとするが無駄だった。動きが速くて追いつかない。
ふと女のコロボックルがルカの脇を通り過ぎる。
バスローブが二つに裂け、ずり落ちる。全裸になったルカはフライパンを床に投げ捨て、バスローブだった布を拾う。
「助けてよ、あんた刑事でしょう」
ミツコが叫ぶ。
女のコロボックルがソファーの端に乗り、もう一方の端におびえたように座るミツコに向かって鎌を構えている。
ルカが布を投げる。コロボックルは布に全身を包み込まれる。布が荒れた波のように激しく隆起を繰り返す。中に閉じ込められたコロボックルがもがいているのだろう。
ルカはすかさず、拾ったフライパンで布の隆起した部分を叩く。
鈍い音がして布が血で赤く染まる。
布を取り去ると、血だらけのコロボックルの死骸......。つまみに上げ、ゴミ箱に捨てる。
「ミツコさん、もうだいじょうぶよ」
しかし、ソファーの上でミツコは顔を赤らめ、恥ずかしそうにうつむいている。気がつくと肩まであったはずのミツコの髪は短くなっている。どう見ても少年だ。
「もしかして、君は魔太郎君?」
少年は無言のままうなずく。
ルカは自分が今全裸であることを思い出し、慌てて手で前を隠す。