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4.ヨシロウ

 夜十時を回ると、埼玉県警捜査一課の執務室には山野辺丈太郎だけが詰めていた。

 所属係ごとに二列の机が並び、係長の机が二列の窓側の端に向かい合っている。第一係長の山野辺の席は執務室の一番東側にあった。

 ノートPCでラインのチャットに余念がない。相手は早乙女ルカのマンションにいるはずのヨシロウだった。


――ヨシロウ君、そっちの居心地はどうかね。


――オカゲサマデ、トテモ快適デス。るかサンモ親切デスシ


――それはよかった。何か捜査に進展はあったかな


――警部ニハ是非、コノさいとヲ見テイタダキタイノデスガ


 ヨシロウの書き込みの後にURLが表示される。山野辺は迷わずそれをクリックする。

 するとディスプレイには、奇妙な文字で書かれた不思議なサイトがうつる。


――これは何だね。どこの国の言語だろう。こんな文字見たことない。


――言語ハ日本語デス。文字ハオソラク神代文字デショウ


 ヨシロウの説明によると、大和朝廷成立以前、三内丸山遺跡から明らかなように縄文時代の日本には古代エジプトに準ずるくらいの高度な文明があり、神代文字と呼ばれる複数種類の文字が存在した。

 現代日本語で使われる漢字は中国から輸入されたものだが、神代文字は日本独自で作られた文字だった。日本語のひらがなやカタカナは漢字から影響を受けて作られたというのが通説だが、神代文字からも、ある程度影響を受けているという。


――念ノタメ、るかサンノらいんニモ、同ジURLヲ送信シテオキマシタ


――何が書いてあるのかな。解読してほしい


――今、ねっとデ神代文字ノ自動翻訳さいとヲ見ツケマシタ。早速、翻訳シテミマス


 神代文字の自動翻訳サイトだと......そんなものがあるのか。山野辺は吐息をつく。インターネットは本当に便利な百科事典だな。

 ヨシロウはすぐにメールを送ってきた。

 それによると、このサイトはSNS形式のある種の連絡網になっているということだった。

 日本書紀や風土記には、土蜘蛛と呼ばれる先住民族が日本各地に住んでいて大和朝廷と覇権を争ったという記述がある。土蜘蛛は地中を住処とする小人で、蝦夷(エミシ)と同様、主に本州の東側に生息していたが、次第に北に追われ、江戸時代には北海道に移住した。蝦夷はアイヌに、土蜘蛛はコロボックルになったという。

 しかし現在では北海道にもほとんどコロボックルは生き残っておらず、彼らは埼玉県を中心に関東周辺の地下に都市国家を築き、日本政府転覆を企んでいるとのことだった。

 もともと縄文時代から現在の埼玉県吉見町にある吉見百穴の周辺がコロボックルの都で、大和朝廷にこの地を追われるときに、一部の住人たちが朝廷に気づかれぬよう、地中深く潜って地底都市を作った。その子孫たちがここ最近、人間の現代文明を取り込みながら次第に勢力を拡大していった。

 現在、日本の埼玉県周辺にはダイダラボッチと呼ばれる人間の恰好をしたコロボックルの工作員が二万人ほど普通の日本人になりすまして暮らしている。コロボックルは彼らに司令を伝えるため、神代文字で書かれたサイトを立ち上げたという。

 このサイトはIPアドレスによるエリアターゲティングやGPS情報などから埼玉県周辺地域のPCしかアクセスできない。スマートフォンの場合、ユーザーが埼玉県周辺にいるときのみアクセスできる。


――ところで、このサイトが今回の連続殺人事件とどうつながりがあるのかね


――ハイ。実ハ被害者ハイズレモコノさいとニあくせすシタ直後ニ殺害サレテイマス。オソラク彼ラハ瞬時ニ逆探知シテあくせすシタ人間ヲ特定シ、殺害シタト推定サレマス


 これまで殺害された被害者はいずれも住所が埼玉近郊だった。彼らは果たしてPCやスマホを使って神代文字のサイトにアクセスしていたのだろうか。特に三番目の被害者は小学生の女児だ。しかし今どきの子供たちはスマホを大人たちよりも上手に使いこなしているのかも知れない。

 いずれにせよ、このサイトは埼玉近辺のPCやスマホからしかアクセスできない。これが被害者全員が埼玉近辺の住人だった理由と考えると、なるほど合点がいく。


――でもどうしてサイトにアクセスしただけで殺さなければならないんだね。


――オソラク秘密ヲ隠蔽(いんぺい)スルタメデス


――神代文字だぞ。どんな秘密が書いてあったって、普通の人は読めないだろう


――普通ノ人デモ自動翻訳さいとヲ見ツケテ解読シテシマウ確率ハ決シテ低クアリマセン


――どうかなあ......それは推理の飛躍だよ、ヨシロウ君。だって......


 不意に殺気を感じて、体をかわすと耳元にシュッという摩擦音。続いてLCDが破壊される金属音。

 ノートPCのディスプレイの上部が三角形に切り取られてなくなっている。

 頬に手をやると血がついている。痛みは感じなかったが切られているのは明らかだ。

 山野辺の向かい側の机の上には身長5センチほどの”敵”がいた。

 アイヌの民族衣装をまとい、自分の身体ほどもある鎌を構えた全身毛むくじゃらの男。

 コロボックルだ。山野辺は直感的にそう思った。

 反射的に壊されたノートPCをコロボックルに投げつける。

 コロボックルは敏捷に跳躍してノートPCをよけ、隣の机に着地する。

「逃げるなよ」

 山野辺はそう叫んで立ち上がり、腰のホルスターから拳銃を抜く。するとコロボックルはまたしても跳躍し、隣の第ニ係の机に着地する。

 拳銃を数発撃つが、コロボックルは跳躍を繰り返し、虫のように山野辺の視界から一旦消える。

 周囲を見回すと背後の窓のブラインドにコロボックルはぶら下がっている。

 山野辺は左手でゴミ箱をつかむ。

 コロボックルが跳躍して近くの床に着地すると、素早くゴミ箱を上にかぶせ、ゴミ箱がハチの巣になるまで銃を撃ち続ける。

 ゴミ箱はコロボックルが暴れまわる音で騒がしかったが、やがてゴミ箱の底から床に多量の血が流れ、騒音がいつの間にか止む。

 まだ銃を向けながら、おそるおそるゴミ箱を開けると、血まみれのコロボックルの死骸が大の字で床に倒れている。

 おそろしいやつだ。山野辺は胸の中で独りごちる。

 それにしてもなぜ今、おれの目の前にコロボックルが現れたのか。

 ヨシロウの話だと神代文字のサイトにアクセスすると彼らの刺客がやって来るとのこと。だとしたら、さっきノートPCでこのサイトにアクセスしたことが刺客を呼び寄せた原因だったかもしれない。

 山野辺の脳裏にふと「るかサンノらいんニモ、同ジURLヲ送信シテオキマシタ」というヨシロウの書き込みが思い浮かぶ。

 早乙女も、もしかしたらラインから神代文字のサイトにアクセスしたかもしれない。ということは、彼女もまたコロボックルに命をねらわれるということなのか。

 山野辺は背筋に冷たいものが走るのを覚える。


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