2.丈太郎
午後二時過ぎ、埼玉県警第一会議室には立ち上げたばかりの合同特捜本部の幹部メンバー六人が詰めていた。
演台のノートPCからパワーポイントを立ち上げると、山野辺丈太郎は周囲を見回して吐息をつく。昔から人前で演説するのは苦手な方だった。
「こちらをご覧ください」
山野辺はノートPCのタッチパッドを叩く。
プロジェクタに映し出されたのは、惨殺された男の死体の写真だった。喉元を営利な刃物で切られている。
「右端をよくご覧ください。今、拡大します」
右端が拡大されると、ピントがずれてよくわからないが、アイヌの民族衣装を着たような小人がうつる。身長は5センチくらいか。
会場からどよめきが起こる。
「これは去年、八月、さいたま市の国道17号沿いで発見された死体です。被害者は水野孝雄、三十三歳男性、会社員。通報者は近所を散歩していた老人です。われわれはこれまで死体の状況から殺人事件として捜査を進めていますが、いまだ犯人の見通しはたっていません。
では次の写真をご覧ください」
今度は女性の死体だった。山野辺がノートPCを操作して写真の上部を拡大する。またしてもアイヌの民族衣装を着た小人がうつる。
「被害者は北山美幸、41歳女性、主婦。今年、三月に千葉県柏市で発見された死体です」
山野辺は無表情にタッチパッドを叩き続ける。
三番目の死体は小学生の少女だった。四番目は無職の中年男、五番目は大学生、六番目は二十代後半の女性公務員で、死体は世田谷区のマンション内で発見された。
いずれも写真にも拡大するとアイヌの民族衣装を着た小人がうつる。
「いかがでしょうか」
山野辺は会議室のメンバーの顔を一人ずつ見ていく。誰もが放心状態だった。
「今回、私の発案で合同特捜本部の設置を提案させていただきましたが、これらの事件はこれまで別々の部署が管轄して進めてきた未解決事件です。いや、未解決殺人事件と言ってもいいでしょう。
埼玉県を中心に関東近辺で発生したという以外、これらの事件に共通性はありません。被害者の年齢、性別はまちまちです。また血縁、職場、出身校を洗いましたが、彼らの間には何の接点もありません。被害者は互いに赤の他人同士なのです。
ところがたった一つだけ手がかりが死体の現場写真にうつっていました。
どの写真にも人間とは思えない、小人のような小動物がうつっています。この小人がこれらの殺人事件に関係しているのではないでしょうか。おそらく彼らこそ殺人事件の犯人かもしれません。
みなさんはコロボックルをご存じでしょうか。北海道のアイヌ民族に伝わる伝説の小人です。写真にうつった小人がアイヌの民族衣装を着ていることから、とりあえずわれわれの特捜本部名を『コロボックル殺人事件特別捜査本部』と命名したいと思うのですが、いかがでしょうか。仮称でも構いませんが」
「ちょっと待ってください」
千葉県警の佐々木警部補が手を上げた。
「山野辺警部は、コロボックルが実在すると断言されるんですか」
「まだわかりません。一つの可能性に過ぎません。
ところでみなさんはホモ・フローシエンシスをご存じでしょうか。
二〇〇三年、オーストラリアとインドネシアの考古学者の合同チームがインドネシアのフローレス島で数万年前の人骨を複数発見しました。人骨はホモ・フローレシエンシスと名付けられましたが、成人の平均身長は1メートルあまりでした。
世界各地の民族に散見する小人の伝説は、ホモ・フローレシエンシスのような実在する低身長の人種をモデルに生まれたのではないか。そう唱える学者がいます。
したがいまして、われわれ人類が未発見の小人民族が地球上に存在していて、それが今回の死体現場写真にうつったのかもしれません。これが私の仮説です」
「写真にCGなどで合成した可能性はないんですか」
草加警察署の松田警部だった。松田は山野辺と警察学校では同期で、これまで何回か特捜本部で一緒になったことがある。
「鑑識係に回したところ、そのような可能性は皆無だとのことです」
「しかしですよ......」
それからしばらく、写真の真偽について議論が盛り上がったが、山野辺が写真に細工はないことを執拗に主張し続けると、誰もしゃべらなくなった。
気まずい沈黙が会議室に漂う。
「君はこれらの事件が人間の仕業ではなく、超常現象だとでも言いたいのかね」
埼玉県警本部長の川瀬警視が沈黙を破る。
今年四月に警察庁から異動になったキャリア組だった。自分より年齢が少し若いがゆえに、ちょっとした横柄な態度が山野辺の気に障る。
「ですから、まだはっきりしたことはわかりません。それを究明するのが本合同特捜本部の使命かと思います」
「で、具体的にこれから捜査をどう進めるつもりなのかね」
「はい、実はジェイダーパに応援を要請して、特別捜査員を派遣してもらいました」
「なんだって! 私の許可なしに勝手にジェイダーパに連絡するな」
「申し訳ありません。実は四月に赴任されたばかりの本部長はまだご存じないかと思いますが、これまで複数回、ジェイダーパに応援を要請したことがありまして、先代の本部長にはいつも事後報告という形をとっていました」
「今は私が本部長だ。君のやり方は認めないぞ」
「......」
ジェイダーパとは防衛省管轄の国家機密軍事研究機構(Japan Defence Adovanced Reserch Projet Agency)の略称で、極秘裏に軍事技術を研究開発することを目的とした組織だが、公にはその存在は知られていない。
さいたま市の郊外にある『株式会社裏野製菓 埼玉第二工場』の地下にジェイダーパの施設はあった。地上階では板チョコやキャラメルを製造する一方、地下では最新の軍事テクノロジーや秘密兵器が研究開発されているが、この事実をほとんどの国民は知らない。
裏野製菓自身も表向きは民間企業に見えるが、株式の大半を防衛省傘下の第三セクターが所有し、ジェイダーパのフロント企業の役割を果たしていた。
「まあ、いい。ところでそのジェイダーパの特別捜査員はどんな人物なんだね」
「実は裏野魔太郎という十四歳の少年です」
「なにっ?」
「ジェイダーパの研究員の話では、魔太郎は解離性同一性障害を患っているとのことです。つまり多重人格者です。精神科医のケアは不要とのことですが、ときどき凶暴になるので注意が必要とのことでした」
「ちょっと、だいじょうぶなのかねえ......」
「ご心配なく。私の部下の早乙女ルカに彼を二十四時間体制で監視させています」
「ところで......」
松田が口をはさむ。
「その裏野魔太郎ですが、彼はなぜ特別捜査員なのですか。彼は何か特殊な能力を持っているということなんでしょうか」
「もちろんです。彼には普通の人間にはない、特殊な能力があります。これからそれを説明します」
山野辺はパワーポイントのファイルを停止し、別のファイルを立ち上げる。