1.ルカ
薄暗く細長い廊下をひたすら進む。
行き止まりの壁に金属製の巨大な丸型金庫扉がはめこまれている。
直径1メートルはあるだろうか。
重厚な丸型金庫扉はその場に鎮座するような威圧感を漂わせている。
少なくとも早乙女ルカにはそう思えた。
防火服に身を包んだ係員が十字ハンドルを回しながら丸形金庫扉を開ける。扉の厚さは30センチ以上。開けるとき、キーという嫌な金属音が廊下に響く。
「どうぞ」
防火服の係員が言う。
埼玉県警刑事部捜査一課の山野辺丈太郎警部は無言のまま中に入る。
「早乙女君、何、ぼやっとしてるんだ。早く君も入りたまえ」
振り向きざまに山野辺が言う。
「あっ、はい」
ルカは、そそくさと丸型の穴の中にまたいで入る。
なんか気味悪いわ。こういうところって、あんまり長居したくないわね。
薄暗い廊下は丸型金庫扉を越えてもさらに続き、今度の行き止まりは鉄格子になっていた。
やはり防火服を着た別の係員が待機していて、山野辺が警察手帳を見せると、「ご苦労様です」と一礼して鉄格子の鍵を開ける。
ルカはさっきからここの施設の職員が軒並み防火服で重装備していることが気になっていた。
自分たち刑事だけが場違いのスーツ姿だ。ルカのスーツはネイビーのパンツスタイル。一方、山野辺の方はグレーのピンストライプだった。
こんな格好でこんなところへ来てだいじょうぶなのかしら。
ルカの脳裏に様々な疑問符が浮かび上がる。
それよりも彼らはなぜ防火服を着ているのか。施設内に発火性のある危険物でも格納しているのか。
今朝、ルカが埼玉県庁第二庁舎に出勤すると山野辺に呼ばれ、詳しい説明は受けず、ただついてくるよう命じられた。
山野辺が運転する覆面車に乗り、小一時間以内に郊外の工場のようなところに連れていかれた。工場の門には『株式会社裏野製菓 埼玉第二工場』と書いてある。
エレベーターで地階に降りると、山野辺は警察手帳を提示するだけでなく、生体認証やパスワード入力をパスしながら、厳重なセキュリティーゲートを複数回くぐり抜けてきた。ルカはわけがわからずただ山野辺について行くしかなかった。
そして最後のセキュリティーゲートが丸形金庫扉と鉄格子だった。
ルカは今年の四月、南浦和駅前の交番派出所勤務から念願の刑事部へ移動になったばかりだった。大学を出て、埼玉県警に採用されてから四年目だった。
鉄格子の向こうには一人の少年が怯えたようにうずくまっている。無地の白いTシャツ、褪せたジーンズ、黒のスニーカー......。
「出るんだ」
係員が少年に言う。
少年は力なく立ち上がり、ゆっくり近づいてくる。
「紹介しよう」
少年が鉄格子から出ると山野辺がルカに言う。
「裏野魔太郎君だ。しばらくの間、彼にはわれわれの捜査に協力してもらう」