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桜坂  作者: 逢沢結衣
1/1

あの頃の自分に

前置き:

この話は設定こそ違いますが、一部実話に基づいたものです。

震災というワードが出てきますが、こちらがこの話のキーになり、

私自身が小説として書きたいと思ったきっかけでもあります。

気にされる方は読むのを中止してください。

はじめての小説となりますが、読んでいただけると嬉しいです。



彼が転入してきたのは、まだ蝉の声が鳴り止まない暑い夏の日。

彼が高校3年生の頃だった。

「起立、着席、礼。」

日直の号令に続き、私が話し始める。

「みなさんに、転入生を紹介します。川添龍馬君です。」

背は決して高いほうではないが低くもなく、何かスポーツでもしていたのだろうか

制服の上からみてもがっしりとした体格。切れ長な奥二重の瞳に長い睫毛が印象的な子。

髪の毛は黒く、全体をワックスで軽くたたせている。

「今日からこのクラスに転入することになりました。川添龍馬です。

ゾエでも龍馬でも好きに呼んでくださーい!」

クスクスクス…「ゾエーーー!」

明るい笑顔でちょっと戯けてみせる彼にクラス中がざわついた。

男子たちはこのノリが気に入ったのかゾエコールでクラスに迎え入れ、

女子たちも手を顔で隠しながらクスクスと笑っていた。

「はい、静かに。高校生活もあと少ししかありませんが、みなさん仲良くしてくださいね。」

放課後、学年主任の先生から言われ、川添くんと二人で校内を案内することになった。

「どう?うまくやっていけそう?もう友達できてたみたいだったけど。」

少し伏せ目がちな表情をした後すぐ、朝の挨拶をしたときと同じ笑顔で、

「俺、今まで親の転勤で転校ばっかりだったし、慣れてるんで。ほら、俺人気者だし。」

とまたいたずらに笑って見せた。

「ふふっ、大丈夫そうならよかった。けど何かわからないことがあったり

困ったことがあったらすぐに先生に相談してね。」

「了解でーす!じゃ、俺この後バイトあるんで、失礼しまーす!」

大きく手を振って足早に去っていく。

この時はまだ彼とのことでこんなに悩むことになるなんて、考えてもみなかったのに。

「ただいまー。」

「ワンワンッ!」

「はぁー、やっぱり颯太まだ帰ってきてないかぁ。

夕飯の買い出し行って、ちょっと遠回りして帰ってきたんだけど。」

いつもと変わらず、静かな部屋に響きわたる声で、トイプードルのマリアが出迎えてくれる。

「私を迎えてくれるのはマリアだけだよ。」

ぎゅっと抱きしめてから、いつもと洗濯機を回し、夕飯の用意を始める。

大学時代、同じ大学だった颯太とは3年半の付き合いの末、大学卒業後すぐに結婚。

IT関係の仕事につき、そこそこの生活もさせてもらってはいるのだけど、

いつも仕事があると言って、帰りは遅い。

結婚当初は上司の誘いなんかも断って、早めに切り上げて帰ってきてくれていたのだが、

結婚後1年も経つと、遅くなるという電話の一本もない。

「こんなにひき肉買ってきたのに、今日も余るかな…。」

颯太の大好物のハンバーグとボウルいっぱいのグリーンサラダ。

残り物の野菜で作ったあり合わせのスープ。

ハンバーグは彼が帰ってきてから焼いて、熱々の状態で食べてもらいたいと思い、

成形したものを冷蔵庫へいれた。

洗いおわった洗濯物を早々に干し終わり、携帯を覗く。

「あーもう21時すぎてる・・・。」

プルルルルル

「あっごめんね、まだ会社?私だけど、まだ遅くなる?」

「えっ?ごめん、聞こえない。今上司と居酒屋きててさ、先寝てていいよ。」

「えっ?」

ガチャ

ツーツーツー

「はー、またかぁ。」

成形したハンバーグを冷蔵庫から冷凍庫へと移動させる。

たくさんたまっているハンバーグのたねが冷凍庫を埋め尽くしている。

「もう私もいらないやっ!作り置きとか冷凍したのは嫌だっていうからいつも作ってるのにっ。」

ガチャンと激しめに戸を閉めると、マリアをつれて外にでた。

「うっわ、夜でも蒸し蒸しするー…。まぁ昼間よりマシか。」

割と都会に住んでいるからか、夜でもまだ人が多い。

車の音と、お店の照明が今の私にはなんだか辛かった。

「ちょっと遠回りしよっか。」

少し歩いたところに、都会には似つかわしくない、大きめの公園がある。

木々に覆われているが、夜のウォーキングコースになっているので照明もあり、

私のお気に入りの場所だが、来るのは久しぶりだった。

公園の真ん中に湖があり、その周りを歩いた。

湖の周りに点々とあるベンチには、恋人たちが楽しそうに座って話している。

「颯太とも、そこのカフェでお茶したっけ。」

公園内にぽつんとあるカフェ。広い公園に一軒しかないのでいつも賑わっている。

さすがに22時を過ぎていたので、人もまだらになっていた。

テラス席にマリアをつなぐと、いつものコーヒーを注文しに行った。

私はミルクだけ、甘党の颯太はシロップ二つ。

いつもの癖でミルク一つとシロップ二つ取ってきてしまった。

その瞬間、抑えていたものが一気に噴き出してきた。

マリアの顔が滲む。

「夜に、こんなとこで一人でコーヒーなんか飲んで、何してるんだろ、私。

暑いし、お腹も空いたし、なんだかバカみたいっ。」

思わず嗚咽が漏れる。人がまばらになってきたとはいえ、店内には他にも客がいる。

恥ずかしいから、抑えなきゃと思っているのに、涙はどんどん溢れてくる。

「ふぁっ・・・」

顔を隠しながら、それでも堪えることのできない涙を拭っていると、

「あれ?もしかして先生じゃない?」

転入生の川添くんだった。

転入初日にこんなとこ見られるなんて恥ずかしい。

教師の威厳もなにもあったもんじゃない。

「あっ川添くん、だめじゃない。こんな時間出歩いちゃ。」

威厳を保とうと、平然を装ったのが裏目にでて声が裏返る。

「大丈夫?目腫れてるけど。」

「えっ?あぁ、大丈夫。花粉症で。」

「いや、今夏だし。って何かあった?」

「先生の心配はいいから…。ほら帰らないと親御さん心配してるよ。」

やっと落ち着いてきて、教師らしく振舞う。

「いや、俺の家自由だし、楽しんで生きろって教わってるから。」

明るい声のトーンとは裏腹に、川添くんの瞳は寂しげに映った。

「とにかく、家まで送っていくから、私も帰るとこだし。」

「・・・。」

ほとんど口をつけていないコーヒーを捨てて、店をでた。

ゆっくりとした歩幅で歩く、二人。

マリアだけが引っ張るように先頭を歩いている。

ーーーあんなとこ見られたあとだし、なんて切り出そう。

私が気まずそうにだんまりしていると、

「先生とこの犬、女の子?男の子?俺もチワワ飼ってるんだよね。

オスでさ、小学校の頃親が買ってくれたから、もうおじいちゃんだけど。

ボウリングのターキーから取って、ターキーっていう名前にしたんだけど、

呼んでたらいつの間にかタッキーになっちゃってて、今はそう呼んでる。」

共通の話題で少し和んだ。

「うちの子はマリアっていうの。結婚するときに飼ったから、まだ1歳ちょっとなんだけどね。」

「へー、先生もう結婚してるんだ。若いから独身だと思ったわ。」

「これでも大人の女性ですから、結婚ぐらいしますっ。」

「結婚したいい大人の女が、どうして一人で公園で泣いてんの?」

「それはっ…。」

言葉が詰まる。

的を得た質問で、高校生相手に言葉がでてこない。

うつむいたまま黙って立ちすくんでいると、

スッと手のひらを大きな手で握られた。

彼の身長からは想像できないほどの大きくてゴツゴツした手。

・・・男の人の手だった。

慌てて振りほどく。

「なっなにを…っ!」

「なにをってほら、帰らないと日付変わっちゃうでしょ?

それに寂しそうな先生見てたら、なんだかほっとけないし。

ほらっ、帰るよっ!」

また半ば強引に手を繋がれた。

久しぶりに誰かと手を繋いだことと、その手の温かさがなんだか嬉しくて今度は手を振りほどかなかった。

温かい手に包まれていると、ほっとしたのかまた涙が溢れだしてきた。

彼は気づいていたようだったけれど、何も言わずに歩き続けた。

マリアに引かれるまま、いつも通り、自宅に戻ってきた。

家に入りたそうにマリアが急かす。

「先生んち、そこ?」

「あっ私が川添くん、送ってあげなきゃいけないのに…。家は?」

「俺はいいから、先生一応女だろ?夜に危ないじゃん。じゃ、帰るわ。」

子供をあやすように、頭をトントンとされ、彼は早足で帰っていった。

ふと我に帰ると、繋がれていた手が、そして顔が熱くなってきた。

「やだ、私照れてる?」

罪悪感を胸に抱えながら、中学生のように心躍らせている自分がいた。







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