悪夢の始まり
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あの日は、いつもと変わらず夜空には月が輝き、星が瞬いていた。
七月十四日、黒木夫妻が殺された。
黒木家には夫妻の死体と娘の黒木陽菜、陽菜のいとこの井上将吾、そして、古澤茂警部、高川奈々巡査などの警察官が集められた。
死体を見るからに、夫妻は刺殺だと考えられる。第一発見者は、陽菜。しかも、陽菜は犯人を見たという。
物音に気付き、目が覚めた陽菜は、一階のリビングへと降りた。時計の針は午前三時を指していた。ちょうど階段を下りた時、兄の黒木亮介が玄関から走って外へ出て行った。そして、陽菜の目の前には父の黒木大介と母の黒木陽子が血を流して倒れている姿があったそうだ。
確かに、犯人ならとり得る行動だろう。しかし、これだけでは、亮介が殺したという証拠にならない。犯人を逮捕するには、物的証拠が必要だった。警察は、亮介を重要参考人として捜査することとなった。
両親を亡くし、兄も行方不明なため、祖父母もいなかった陽菜は一人暮らしをしている将吾と暮らすことになった。
隣には、陽菜と同い年の白石恭子が住んでいた。恭子には両親がおらず、一人で暮らしているらしい。同い年という共通点もあることから、陽菜と恭子はすぐに仲良くなった。
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事件から一週間がたった。ついに、亮介が発見された。しかし、亮介は遺体として発見された。
このことを陽菜と将吾に伝えた。亮介の遺体を見た陽菜はその場で泣き崩れた。たった一人の家族だった亮介までも死んでしまったのだ。無理もない。
亮介の死亡原因を伝えようとしたが、陽菜の耳には入りそうもなかったので、古澤は将吾にだけ伝えた。
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亮介が死んで三日間、陽菜はずっと泣いていた。四日目もまだ泣いていたが、そろそろ現実を受け止めさせようと、将吾は亮介の死亡原因を伝えた。陽菜はしばらく黙った。そして、やっと口を開いた。
「お兄ちゃん、事故死だったんだ……」
それから陽菜は泣かなくなった。ただ、一言もしゃべることはなかった。そして、何も言わないまま外へ出て行った。
しばらくして、陽菜は帰ってきた。将吾はあえて何しに行ったのかは聞かなかった。何となく聞かないほうがいいと思ったからだ。そんな日が何日も続いた。でも、少しずつ陽菜の口数は増えていった。きっと、恭子が励ましてくれたからだろう。
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最近、恭子の姿を見なくなった。部屋を訪ねても返事がなかった。何かあったのではないかと心配になった陽菜と将吾は合鍵で部屋に入った。すると、目の前には恭子が首をつっている姿があった。
この状況を瞬時には理解できなかった。どうしてこうなったのか、理由が見当たらなかった。周りは片づけられていて、机に一通の手紙が置いてあった。そこには、陽菜と将吾への感謝がつづられていただけだった。結局、理由はわからなかった。
陽菜と将吾はすぐに警察を呼ぼうとしたが、それはしなかった。
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翌日早朝、古澤と高川はまた黒木家を訪れることとなった。今度は、娘の陽菜の死体が発見された。遺体は、焼却されて顔の判別はつかなかったが、将吾の持つ遺書から陽菜だと判断された。この案件は事件性もなく、自殺と処理された。
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陽菜が死亡して五年、古澤と高川は将吾の住むアパートへ訪ねた。
「井上さん、この写真に見覚えはありますか?」
古澤が将吾の前に差し出したのは、黒木家の四人が写った写真だった。
「いえ……。知りませんけど……。この写真がどうかしたんですか?」
「いや、ちょっと……」古澤は口を濁らせた。
「殺人現場においてあったんです」
「おいっ! 高川! 余計なことを言うな」古澤は高川を叱った。
「殺人現場に!? どうして……」
「それを尋ねに来たんですよ。井上さん、この写真のこと何か知りませんか? どんな些細な事でもいいですから」
「そんなこと言われても……。こんな写真、今まで見たことありませんし……」将吾は困った顔をした。この顔を見て、古澤も高川もこれ以上聞くことはやめた。きっと、将吾は何も知らない。いわゆる、刑事の勘というやつだ。
しかし、こうなってくると、この写真とこの事件の関係性が全く見えてこない。
被害者は、小林竜。厚垣土木で働く二十四歳だ。現在は使用されてない倉庫で遺体は発見された。死因は、鉄骨の下敷きとなり、頭を打たれていたことだろう。事件性はないため、事故死で片づけるはずだった。しかし、遺体の隣に問題の写真、黒木家の写真があったため、古澤と高川は捜査をすることとなった。
一日中聞きまわっても関係性は見つからなかった。
「本当に、被害者と黒木家に関係性ってあるんですかねー」高川はぼんやりと写真を見つめながらぼやいた。
「あっ!」
「なんだよ! 大声出して!」
「警部、この写真、黒木亮介が着ている制服と小林竜が着ている制服同じじゃないですか!」
古澤は高川が持っていた二つの写真を見比べた。確かに、同じ制服に見えた。
二人が着ていた制服の学校に伺ったところ、二人は、この学校に通っていた。しかも、小林は亮介の部活の先輩だった。顧問の先生から見ても良い先輩後輩の関係だったそうだ。
しかし、二人の関係性は見つかっても、写真と小林竜の死に関係性は見つからなかった。結局、警察は事故死で片づけた。
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ある日、二十三歳という若さで白血病を患い、女性が息を引き取った。安田彩という方だ。しかし、厄介なことにその後、彩宛てに手紙と写真が届き、その写真は兄の亮介と妹の陽菜の二人が写ったものだった。送り主は五年前に死んだはずの黒木陽菜だった。
「警部、どういうことなんでしょうね。実在しない人の名前使って送ってくるなんて」
「わしには分からんね。まぁ、話を聞いてみないことにはわかるもんも分からんがね」
そして、二人は安田家についた。意外にも、安田家と黒木家の関係性はすぐに分かった。彩と亮介は高校のクラスメイトで部活も同じでとても仲が良かったそうだ。
写真と同封されていた手紙には彩と過ごした思い出がつづられていた。内容からして入院してからの思い出のようだ。両親に聞いてみたが、入院中彩が友達と話しているところを見たことはなかったそうだ。
彩の入院していた病院の医師や看護師、患者に聞いてみると、担当していた看護師が一度だけ彩とある女性が会話しているところを見たというが、どんな人物だったかは知らなかった。
看護師が見た女性が送り主だったのか、それともまた別の人物なのか。送り主を特定することは出来なかった。
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「なんなんですかね。黒木家の四人はもういないのに、写真だけが出回って。おかしくないですか」
「確かに。しかも五年もたった今頃に……。二枚とも同一人物が行ったことかどうかも分からんからな」古澤は二枚の写真を順に見た。
二人が黒木家の写真について語っているとき、ある殺人事件が発生した。
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古澤と高川が呼び出された現場は、殺害された真島裕斗、二十三歳の自宅だった。そして、遺体の隣には一枚の写真があった。
古澤と高川は、第一発見者から話を聞きたいところだったが、現場についたころにはその姿はなかった。警察に通報したのは、声からして若い女性だと考えられる。しかし、その女性は公衆電話から通報をかけていた。人が死んでいるというのに、どうしてその場で通報しなかったのだろうか。この時代、たいていの人が携帯電話を持っているし、持っていなかったとしても、現場には固定電話が置いてある。そして、なぜ、姿を消したのか。第一発見者の行動にはたくさんの疑問点が浮かび上がり、重要参考人として追うことになった。
しかし、この事件の犯人はすぐに逮捕された。真島の高校の同級生の近藤秀という男だ。この男は容疑をすぐに認めた。殺害理由は、復讐したかったからだそうだ。高校時代は仲が良かったが、成人してから真島は、近藤から毎日のようにお金や物を取って行って、近藤が拒むと暴れだし、手に負えなくなるぐらいだったらしい。
そして、古澤は遺体の隣にあった写真についても質問をした。
「この写真はあなたが置いたものですか?」
「いえ……。違います」
「そうですか。では、この写真に写ってるのはあなたと真島さんですか」
「はい。この写真は部活の時に撮ったもので、小林先輩のお別れ会の時ですね」
「右から誰か教えてくれませんか。」
「ああ、はい。左から高山健太君、黒木亮介君、真島秀君、小林先輩、安田彩さんです」
古澤と高川は驚いた。この写真に写っている六人中五人とは何らかの形で関わってきたからだ。
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「古澤警部、私、調べたいことがあるんですが……」
「あの六人の事だろ。俺も少し気になったんだ」
「やっぱりおかしくないですか? あの写真、同一人物が行っていることですよ。そして、それが出来るのは残る一人の……」
古澤は高川の言いたい人物がわかっていた。
「そうだなるな。一回行ってみるか」
「はい。行きましょう」
古澤と高川は最後の一人、高山健太のもとに向かった。