得たもの、失ったもの
「どうする・・・コレ」
目の前に広がる惨状に、思わず目を背ける。
二人から発せられた稲妻は、目的を果すだけでは飽き足らず何処までも突き進んで行った。
その〝結果”がコレだ。男女二人が余裕を持って歩けるほどの視界が確保され、それがずっと先の方まで続いている。少なくとも、見通せる範囲では、まだまだ続いていそうだった。
「とりあえず二人とも生きてる。目標達成で良いじゃない」
先程まで絶望の淵に立っていたというのに、リンは早くも復活したようだ。
彼女の単純さが成せる技なのだろうか。
チヒロは心を落ち着かせるために、ヘタリとその場に座り込み全身の力を抜く。
とにかく必死だった。気付くと、体は緊張でこわばり、擦り傷や打撲のあとが知らないうちに増えている。
彼女に噛まれた頭部もジンジンと痛みを訴えている。
それでも、よくやった方だと思う。生き残ることが出来た。
理不尽には理不尽で。それが容赦のないものであったとしても。
この世界は優しくないのだと身を持って知った。
「ひとまず、〝安全は″確保したから良いとして。結局アレは何だったんだろうな・・・」
「・・・わからないわ」
少し間を置いて彼女は答えるが、どうも腑に落ちない。
先程から、頑なに目を合わせようとしないのもおかしい。どこか節目がちというか、そわそわと落ち着きがなかった。
(これは何かを隠している?いや・・・)
ーーー迷っている?
彼女ほど、表情を偽るのが下手な人はいないだろう。きっと、リンは嘘が付けない・・・そんな確信があった。
そもそも彼女は隠し事や腹になにかを抱えるようなタイプじゃないのだ。
(そんなに話しにくいことなのか?しかし・・・)
しかし・・・叱られた仔犬の様な仕草の彼女を見ていると、正直どうでもよくなってしまう。チヒロにとって仕方のないことだった。
たとえそれが重要な、自身の今後にかかわるような内容だったとしてもチヒロの行動は変わらない。
単純に優先順位の問題だからだ。その感情は、自身でも把握しきれていないほどチヒロの大部分を占めている。
ーーーこれ以上の質問はもう少し落ち着いてからでもいい。
今は、危機を脱したことを喜ぶべきだった。
「まあ、お互い無事で良かった。ヤバそうなヤツも一撃だったしな!」
「でしょ!アレくらいしないと聖獣なんて倒せないわ!!」
「だよな。ホント良かったよ。こんな所で、あんな聖獣がでてくーーー」
ーーー聖獣?
「ん?今、セイジュウが何とかって・・・」
リンは咄嗟に顔を背け、視線をワザとらしく泳がせた。
「リン?」
「・・・」
無言だけがこの場を支配していた。
追及はしないと決めていたチヒロも、ここまで話が進んでしまっては為す術がない。
あろうことか勝手に転がり始めたのだ。
そんな彼女を不憫に思いながらも、小さくため息を吐く。
「ーーーあ、あれは悪い聖獣だったのよ!!やらなきゃ私たちがやられていたわ!」
誤魔化すのをやめ、自身の正当性を訴える。
彼女が言うように〝アレ″が聖に連なる何かには、到底見えなかった。獣なる何かではあったかもしれないが。
あの強烈な悪意の塊は思い出しただけで身の毛がよだつ。
正当防衛、もしくは弱肉強食。ここで適用されるのかは分からないが、ただ嬲り殺しにされるのを待つだけの生き物なんていない。
必死に噛み付いて抵抗するはずだ。
「それで、その聖獣ってのは見ただけでわかるものなのか?」
「ほんとは自信がないの。ただ・・・似たようなのが元の世界にもいたし、それかなって」
「あんなのが!?嘘だろ・・・」
「ちゃんといたわ。あんな酷い形はしてなかったし、もっと小さくて綺麗だったけど・・・」
リンの言葉に愕然とする。
生まれ故郷は、自分が思っていたよりもファンタジーしていましたなんて、簡単に納得出来るはずがない。マナの存在を知っているかどうかで、これほどまでに世界の捉え方が違う。
なんて恐ろしい世界なのだろうか。
「と、とりあえず。倒しちゃっても良かったんだよな?」
「たぶん大丈夫かな?そもそも聖獣って呼び名も曖昧なものでしかないし・・・」
それにね、と彼女は言葉を付け加えていく。
たどたどしく説明する彼女の様子はどこか不安気で、いつもより小さく見えた。しかし、並べられた言葉の意味を理解した今のチヒロならばその気持ちも解かる。
そして、それほど苦労せずに正解を導き出すことができた。
「ーーー俺の〝シッポ″と同じ、よくわからないってことか」
それが意味すること。〝異常による異状″そのものだった。
彼女はアレを「遺骸が再び動き出した」と、偶然が重なり、そこからさらに拗れた結果だといった。
それは遺骸、遺物を有していた結果。
その身を、異常という環境に曝露され続けた結果。
変質を起こすだけの切っ掛けが振りかかった結果。
結果。聖獣は顕現する。その身にいくつもの偶然が折り重なって。
「同じじゃないわっ!すこし状況が似ているだけでーーー」
「に、似て?・・・あ、あああのスライムと同類?!」
「え?あ、いや違うわっ!不幸の重なり具合が似ているだけでチヒロとは・・・って、待って待って!ちゃんと聞いてっ」
ーーーーー
その後。長い時間瞬きもせずに固まったままだったと、リンから聞くことになる。
そして、彼女によって封印されていたシッポもいつの間にやら生えていたと。
何か大事なものを失ってしまった喪失感を受け入れるには、もう少し時間が必要だった。