魔法
薄暗い森のなかチヒロは左手に意識を集中させながら歩いていた。
マナが集まっては消えるを繰り返すがどうも進歩が見られないことに、すこし焦りを覚える。
「くそ、難しいなコレ!」
「ちゃんとイメージしないと駄目!さっき説明したでしょ」
「そうはいっても・・・」
あの後、リンが提案したのは魔法を発現させる為の練習だった。
これまで口喧嘩で無為に過ごしていた時間を思うと、悔やんでも悔やみきれない。
チヒロがする事といえば、とにかくイメージをすることだけらしい。どのような現象を望んでいるのか、実際に発現したマナの発光はイメージ通りなのか。
その傍らで彼女は、暴走しかけているチヒロのマナを押さえ込み、ならしていく。
チヒロの体を巡るマナの動きとイメージを正確に読み取り、マナの出力を制御。計らずも騎士と騎馬、彼女の言う通りの状態になってしまっている事に一抹の不安を抱かずにはいられない。
ちなみに、マナを制御する際に体の一部が触れていた方がやり易い。手綱を握られてから、既に三十分が過ぎようとしていた。
(ずっと繋ぎっぱなしってのもな)
リンの手はあまり大きくなく、すっぽりと収まってしまう。意外にも?ヒンヤリとしていて心地が良かった。
しかし、自分がうまく集中できていないのは、おそらく繋がれっぱなしの右手の所為だと思う。
繋いでいる方に意識がいってしまうのはどうしようもない事だった。
「やっぱ、一人でやったほうが・・・」
「ダメって言ってるでしょ。きっとひどいことになるわよ・・・」
ジットリとした視線が突き刺さって痛い、ついでに握られた右手も痛くなってきたので諦めるしかなさそうだ。
衝撃の出会いから数時間を経て、やっと現実味を帯びてきた世界。
得体の知れない植物に覆われ、視界も良くない。まずは、身を守る術を身に付けることが先決だった。
安全な場所、あわよくば水源を探しつつ練習を続ける。
少しでも早くコツを掴みたいが、焦ってまた空中に放り出されるのでは本末転倒だ。今まで以上に注意して薄暗い森の中を進んでいく。
「イメージっていってもな。例えば、リンだったらどんなイメージでやるんだ?」
「私?それは・・・、ギュウッーとして、バーンみたいな?」
「なんか爆発みたいだな・・・」
「そう!何でも良いの。自然現象でもいいし、想像できれば大丈夫」
(自然現象か。爆発は論外として何かあるか?)
「あ、変な理屈は必要ないわよ。〝魔法″そのものが自然現象みたいなものなんだから」
そう告げるとリンは得意そうに「フフン」と鼻を鳴らした。
今の状態で下手に褒めると助長するのでやめておこう。
しかし、思いもよらないところで重要な事を口にするのは、ワザとやっているのかと不安になる。
今まさに、魔法の基礎となる情報の一部が開示されたのだ。
ーーー魔法とは即ち。イメージする事自体が既に自然現象の一部なのだと。
(ーーー意外と単純なイメージで良いのかもしれないな。透明なマナを変質させて・・・、制御はリンに任せれば良いし)
「あっ!ちょっと、手!そのまま!」
「ん?・・・うおっ!?」
リンの声に驚きながらも左手を確認してみると、そこにはオレンジ色の光粒が手の平をユラユラと彷徨っていた。
「コレは・・・不思議な感覚だな。見えないのに見える。いや、見えるのに見えないのか?」
「・・・ちなみに何をイメージしたの?」
「単純に火を思い浮かべただけ。暖炉とか焚火とか」
「そう。あんまり心配しなくても大丈夫みたいね」
真剣な眼差しを向けていたリンは、緊張が解けたように少し優しい声色で笑う。
儚げな笑みを浮かべる彼女が何処か嬉しそうに見えるのは、多分気のせいじゃないと思う。
何となく二人の距離が近づいたと思うのは自惚れている証なのかもしれないが、今は一歩先に進めたことが純粋に嬉しかった。
手のひらの綺麗な光粒を名残惜しく思いつつも、彼女に問いかける。前に進むために。
「それで、この後どうすればいい?」
本当は聞かなくても分かっていた。
互いにイメージを共有し、マナを使役する。二人揃って初めて出来る業だ。
魔法とは『万能足り得る神の御業』なのだと実感する。
ここまで来てしまえば、あとは産声を上げるだけだったーーー。
「ぜったいに!現状維持して!!今からアレンジするからそのままっ!」
「・・・ん?」
リンが何が言っているが、左手が妙に熱い。
いや、少なくともマナの動きが大変なことになーーー
「ーーーっつ!??」
一瞬、紅蓮の光が爆発したかと思うと、一条の線が網膜を焼いた。
それは、自身の掌から生まれ落ちた。
産みの親をも焼くほどの火力で。
「あっっつ!?いや、ちょっ、たすけ」
「あれ?・・・ってこっちこないで!!い、いやぁあああっ!?」
「み、水っ?!とにかくウォータぁぁあーーー
ーーーーー
ーーー
ーー
後で知ったことだが・・・彼女自身もチヒロのマナを操作するのには練習が必要らしい。
そしてもう一つ。どうやら死者を復活させる魔法は存在しないらしい。
◇◇◇◇◇
夕暮れはとうの昔に過ぎ去り、暗闇が包み込む森のなかで二人分の歩く足音だけが響いていた。落ち葉のカサカサという音、踏み抜いた小枝の折れる小気味の良い音。
二人はただ黙々と暗闇の中を突き進む。
先ほどから不自然なほど会話がないのは、この追い込まれている状況をお互いが理解し始めていることに他ならない。
(飲み水。寝床すらもまだ。暗闇には慣れてきたけど・・・)
沈黙しているうちはまだマシだ。足が止まり、動くのが口だけになってしまえば、あっけなくこの均衡は崩れるだろう。
ただ歩いているだけでは好転しないのはわかっている。しかし、それ以外にとれる方法が思いつかなかった。
しかも、これから完全な闇に包まれるという恐怖がこの先待ち構えているのだ。
どうやって身を守る?渇きに耐えれるか?この森はどこまで気温が下がる?このまま当てもなく歩き続けて大丈夫なのか?
いくら考えても有効な手立ては得られない。むしろ考えれば考えるほど、不安は募り、思考がふわふわと麻痺していく。
「・・・すこし休憩しないか?」
「そうね」
提案はすんなりと受け入れられた。
近くの木に背中を預け、ずり落ちるように腰を下ろす。リンも近くに座り込むが表情は暗い。
この世界、異世界に来てからというもの、〝体力”面での不安はなくなった。
以前までは鉛のように重かった体も羽のように軽く、疲れを感じる場面は一度もない。もっと体を動かしてみたいと思えるほど余裕がある。
昔の自分では考えられないほどの身体能力は、ある種の万能感、全能感すら覚えた。
しかし、それを差し引いても精神は削られ続ける。
自分が未熟であることに変わりはなかった。
「おなかすいた」
「言わないでくれ、意識すると余計に・・・」
「むう。おなかすいた、おなかすいたおなかすいたっ!!」
彼女の声が一瞬だけ山中に虚しく響くと、すぐさまかき消されてしまう。まるで、すべてこの森に飲み込まれてしまう様に思えて、そのことが余計に彼女を苛立たせた。
・・・リンの叫びたくなるような気持ちもわからないわけではないが、こうなってしまうとチヒロは辟易するばかりだった。
(食糧っていってもな・・・。まさか半日でこうなるとは思いもしなかった)
ずっと整地されていない森の中を歩きっぱなしなのだ。空腹と喉の渇きが予想よりも早く二人を蝕む。
そもそも、ここまでの道程で小型の生き物にすら出くわしていないのには疑問が残る。
生き物がいないということはすなわち、この森にはそれらの糧になるはずの食べ物がないことを意味しているのではないのだろうか・・・。あり得ないと思いつつも、完全に否定することはできなかった。
リンのこの言葉を聞くまでは・・・。
「あれ・・・?チヒロ、リンゴが見えるわ。ものすごく大きいリンゴ」
上空を見つめ、口を半開きにしているリンの姿が確認できる。
冗談を言っていられる状況ではないことを彼女も知っているはずだ。ならば、この言動の意味するところはーーー精神の異常だ。
「リン・・・お前、ついに幻覚まで」
「ち、ちがうわよっ!アホ!ちゃんと見ろっ!」
「そんなバカなこといってないで現実をーーー」
そんな見つけやすい果物をこれまで見落とすはずがない。そんな都合よく自生しているのもおかしな話だった。
いよいよ末期。ここでチヒロの冒険は終わりにーーー
「ーーーってデ、デカイリンゴ?!ものすごくデカイリンゴがあるぅっ!?」
見上げた先に悲鳴を上げる。誰だってそうなるだろう。説明するのもおこがましいほど、『ものすごく大きなリンゴ』がそこにはあった。
ただのリンゴではない。
はるか上空に鎮座するその姿は月と見間違えるほどの美しい球体で、薄いグリーンの皮はつやつやと煌めいている。
どれほどの大きさなのか遠すぎて正確にはわからないが、少なくとも人間が食べるようなサイズではないことは明らかだった。
もしこの世界にドラゴンがいたのなら調度いいサイズなのかもしれない。
しかしその代償としてなのか巨大な実をつけた果樹は、今にも枯れてしまいそうなほどカラカラに萎れてしまっていた。
かつては巨木であったであろう面影は見て取れるが、今ではその自慢の背丈を弓なりに、折り曲げるように首を垂れている。
あの無駄に巨大なリンゴがそうさせたのだろう・・・どことなく哀愁が漂っている気がしてならない。
「異世界こわい・・・」
「何よ、いまさら・・・。とにかく、何とかしてアレを落とすわ!」
見上げるほどはるか頭上にある、あのリンゴらしき果物をとるためにはそれなりに工夫が必要そうだった。
単純に落としてしまえばどうなるだろう?
あの質量と高低差から繰り出されるエネルギーは相当なものだ。固い地面と衝突したとして、果してその衝撃にこの果実は耐えられるだろうか。
・・・たぶん無理だ。粉々に砕け散るのが簡単に想像できる。可食部が残らない可能性だって十分にあった。
それに、だ。あれは何かの罠ではないかとも思えて仕方がない。食虫植物の類であったなら?やはり否定はできそうにない。
「ストップっ!ここは慎重にいこう」
「もうっ、なによ!?あんなの風魔法で一発なんだから。楽勝よ、楽勝!〝チヒロカッター”でひと思いにやっちゃいなさい!」
「その恥ずかしいのやめてくれる?」
「・・・なにが恥ずかしいの?」
行使する魔法をお互いがイメージしやすいように、魔法のイメージに沿う形で言葉にする。いわば合言葉、これは二人にとって必要なプロセスだ。
火、水、風、土などの属性から始まり、威力や範囲をできるだけ簡潔に伝える必要があった。ある程度はマナを通して伝わるが限界がある。
勝手にアレンジされて死にかけるのは、・・・アレで最後にしたいが為の苦肉の策。
これは二人にとって有用な打開策になるはずなのだが、残念なことにここでもイレギュラーは発生する。
驚くほど二人のネーミングセンスが噛合わなかった。
単純明快を目指すチヒロ。
何一つ必要な情報が含まれていない必殺技を叫ぶ彼女。
・・・噛合うはずがないのだ。
そして、なによりも厄介なのは本人が善意のつもりでやっているらしいことだ。
・・・今も不思議そうに小首を傾げては、こちらのセンスを疑うような眼差しを向けているのがなによりの証拠だった。
ウインドカッターとか、エアスラストとか・・・いや、単純に『風切り』とかでもいいだろうに。名付け親が恐ろしいので完全否定することはないが。
「ああ~、ひとまず。大技に頼るのだけはやめておこう。というか、単純に魔法で飛んだりできないのか?」
はぐらかすように言い放った後、それは失言だったと気付く。理由はわからないが、リンから呆れたような眼差しが向けられていたからだ。
「出来てたら今頃、こんな森から脱出してると思うんだけど・・・」
「・・・たしかに。それなら何かできない理由が?」
魔法と聞いて真っ先に思い浮かんでもいいくらいメジャーなものだ。なにか条件があるのかもしれない。
「単純に難しいっていうのが一つ。あとは・・・私たちが〝鳥”じゃないからよ」
「へっ?そんな理由で・・・」
「本当よ?人間は翔べないの。せいぜい浮くのが関の山ね」
「じ、じゃあアレはっ?二人で飛んだだろ?」
「あ、あれはただジャンプしただけよ。制御できなくて死ぬほど高く跳び上がったけど・・・ってもう!いいでしょっ!早くあのリンゴを落とすわよ!!」
言葉を無くすとはこのことなのかと、唖然。
万能だと思っていた魔法がこんなにも質実、現実的な法則で成り立っていた。
人は飛行することはできないが、跳躍することはできる。それを魔法、マナによって増幅あるいは補助しているだけに過ぎなかった。
ならばどうやって炎や水を出すのか?
これも単純にマナが置き換わっているだけだ。使役されたマナは〝結果”だけを残し、散りじりになって消滅していく。
火や水に変化しようとも結局のところ、マナはマナでしかない。
しかし、万能ではないが便利ではある。
チヒロの理想とはだいぶかけ離れていたが、間違いなく奇跡と呼べる代物だ。
だからこそ、ここにきて初めて。魔法というものが現実味を帯び始める。
それは、魔法をマナの存在を理解し始めているということだった。
「ーーーわかった。ひとまずどこを狙うべきか・・・、いやなにかクッションになるようなものを作った方が早いのか?」
考える。理解するということは多くのステップを必要とした。
知識、或いは経験。そこから発展する想像、予測。
普通ならばある程度、それらを反復することで理解は深く、広がっていくはず・・・だった。
経験もした。ある程度の知識も得た。それでもまだ足りていない。理解を決定づける〝納得″がいつまでたっても訪れることがない。
ならば、チヒロの理解を苦しめいている要因とは何なのだろう。
それはーーー
「とりあえず、半分くらいをズバッとやってそのままマナで掴むか・・・」
「なによそれ。私とあまり変わらないじゃないっ!」
理解とは、理不尽を飲み込むだけの勇気が必要なのだ。
この世界の在り様を、仕組みを理解しないまま〝理解″する。
それはこの世界に自分を落としこんでいくということ。
「なんか今、出来そうな気がするんだよ。なんとなくだけど・・・」
「・・・ふーん、まあいいわ。とりあえずズバッとやってギュッと掴めばいいのね?」
「ーーーまぁ、そんな感じ」
伸ばした右手が彼女に触れる。チヒロの内でカチリと感覚が切り替わった。膨張し、ぼやけていた輪郭が鮮明になっていく。
その瞬間、決壊したようにマナが溢れだした。
二人を一瞬のうちに包み込んでしまうほどのマナの噴出は、まるで上昇気流のように渦巻いている。
これから二人が行おうとしている魔法の規模に対して、余りにも大袈裟だった。
チヒロはそのことに気付かない。いや、気にも留めないだろう。
当たり前のように溢れ出る、そのマナのごく一部を自身のかざした右手へと拾い上げていく。それはまるで、一輪の花を摘み取るかのように、やさしく丁寧なものだった。
極小の光が薄っすらと色づく。
「それじゃあ、〝ウインdーーー
「行くわよ!チヒロカッター!!」
彼女が勢いよく踏み込み、半身になりながらその手で空を切った瞬間、それをなぞる様に空間が裂けた。
地上からはるか上空に向かって真っすぐに、まるで翼を大きくはためかせる様に飛んでいく。
直線上に存在していた木々はことごとく切断され、目標へと一瞬のうちに到達してしまったようだ。
二人が待ち望んでいた変化は、数秒の静寂を経て訪れる。
「やったっ!!」
「いや、まだだっ!」
ぱっくりとちょうど半分だけ切り離された果実はズルリと音を立て、ゆっくりと落下を始めた。
緩やかに回転し、速度を増しながら落ちる。
ひとまず第一関門は突破した。
ここからは落ちてくるリンゴの挙動に合わせ、真下から受け止めるための準備に入る。
貴重な食料なのだから自然と集中力が高まっていくのは当然のことだった。
徐々に近づくリンゴを固唾を飲んで見守る。しかし、二人は同時にある違和感を覚える。
「・・・あれ?ちょっと大きくないか?」
「お、大きいかも」
ゆっくりと自分目掛けて落下してくる物体にポツリと疑問を投げかける。
ーーー予想していたよりもずっと大きい、と。
まだ自分とリンゴまでの距離は十分にあるというのにこの大きさだ。
視界を埋め尽くすほどの質量は二人の計画にはない。つまりは。
「リンっ!やばい!?目測を誤った!」
「言われなくてもわかってるわよっ!?」
「あぁっ、くそっ!いけるのかこれ?!」
二人に残された時間は少ない。
焦りは混乱を呼び、混乱した頭は思考を止めてくれと訴えてくる。・・・あろうことか、チヒロの脳裏には青色の狸がポケットに手を突っ込んでは喚き散らしている姿が浮かんでいた。
そもそも予定では、落ちてきたリンゴを〝マナ”によって掴めばいいだけの単純なものだったのだ。落ちてくる物体に対して同じだけのマナをぶつけることで落下の威力を相殺する、それだけだ。
しかし、周囲の暗さ、リンゴとの遠すぎる距離が二人の目測を大きく狂わせた。これほどの質量を相殺するにはどのくらいのマナを必要とするのか全く見当がつかない。
「や、やるしかないじゃない!チヒロは一人でリンゴを受け止めてっ!その隙に私がコイツで仕留めるから!」
彼女はそう告げると右手をかざす。
光の粒が少しずつその輪郭を変え、形作られる。それはまるで〝銛”のような形をした何かのようだ。炎を纏っていなければの話だが。
「なっ?!槍かよ!そんなんでどうやって・・・」
「あの巨木に縫い止める。大丈夫よ、私に不可能はないからっ」
「いや、冗談は寝て・・・ってオイ、行くな!まだ了承してないぞ!?第一、マナの制御はどうするんだよ!」
声をかける間もなく、リンは先ほどまで繋がれていた右手を引きはがすとチヒロの後方へ移動してしまった。
一瞬の出来事に彼女を繋ぎとめることは叶わない。
それをあざ笑うかのように巨大なリンゴはその勢いを増しながら差し迫る。進行の邪魔となる枝を木端微塵に粉砕し、ブオンブオンと凶悪な風切り音をたてる様相は思いのほか凶悪だった。
「くそっ。俺にどうしろってんだよ」
今から逃げに徹したところで二人とも間に合わない。
大質量で落ちてくる物体から視界を外し、彼女のいる背後へ向き直った。
その先に何が待ち受けているのかも知らずに。
(・・・またか)
この瞳からどうやったら逃げることができるだろうか。
リンの双眼は輝きを失わない。深く、鋭くこちらをまっすぐに射抜く。
「いい?合図を出すまで待って」
「ーーーわかった」
何がわかったのか。
それでもヒシヒシと伝わる〝彼女の願い”
繋がらなくても伝わる想いがそこにはあった。
イメージは深い、深い海の底。静かに燃え盛る海底火山。
「ーーー繋ぎとめて」
紡ぐ、彼女の要求。
周囲を濃密なマナが漂う。火の粉のような細光が瞬いては、彼女を覆い尽くさんと輝きを増していった。
相反する二つのイメージ。紅蓮と藍青が、理を曲げて重なっていく。
「深淵の果てまで!ーーーっ今!!」
瞑目していた瞳の裏で今、火花が散った。
「ぐっっ!?ぬぅうおおおおおぉ!」
僅か数十センチまで迫っていたリンゴに向けて両手を伸ばす。
ビシリと全身を突き抜ける衝撃に悲鳴をあげそうになるのを寸でのところで堪え切った。
覆い尽くす藍色のマナがその巨体を持ち上げる。
「ぬぅああぁ!リ、リン!!早くっ!」
真芯を捉えきれず、バランスを崩した片足が地面にめり込む。初撃を耐えきったチヒロだが、そもそもの重量がおかし過ぎた。
身体中のマナが暴走しかけている。
今にも破裂しそうな勢いで自身の内側から抉じ開けようとしてくるのだ。
マナの制御ができていない。このままでは・・・。
「っつ、チヒロっ!」
跳躍。その瞬間、鋭角に尖らせた一本の槍が放たれる。彼女の弓のようにしならせた身体から投擲された物体は、朧げに揺らいだ後、視界から消え失せた。
あまりの速さに輪郭がぶれている。
(耐えろ、耐えろ、耐えろっ!)
軌道上、ただ一点を。彼女の未来を予想する。偶然ではなく、必然を。
「!!」
チヒロのマナに矛先が触れる。幾重にも重なった虹色の薄氷へと吸い込まれたその刹那、煌々と輝く灼熱の槍が拡散されていく。
急速に冷却された炎槍は、いばらの様にその腕を屈折させ幾重にも枝分かれし、リンゴを蹂躙しながら次第にその勢いを失っていった。
「ーーーよ、よ・・・」
震える両手が自然と拳を握り締める。
「いよっしゃあぁぁ!!やった!やれたぞ!?俺にもっ!」
リンゴは不自然な状態で空中へ止まっていた。無数の鋼糸によって縫いとめられ、ピクリとも動こうとしない。
二人は弾ける様に駆け寄ると、喜びを爆発させる。
「やったわっ!ほとんど私のおかげだけどっ!」
「いや、そこは半分くらいにしておけよ。一時はどうなることかと・・・」
「いいじゃない。終わり良ければ全て良し、よ?」
そう告げる彼女は少し照れくさそうに、はにかむ。視線を外しながらではあるがチヒロに向かって右手を上げてきた。
・・・これは、アレだ。おそらくハイタッチを求めているのだろう。
ハイタッチの作法などひとつとして知らないが、リンだって同じはずだ。別に難しいことなんてない。
ただ、喜びを共有するための儀式みたいなものだ。
「「イッエェーーーイ」」
真っ暗闇に快音が鳴り響く。
二人はまだ気付かない。乾いた音に異音が混じっていることに。
ーーーミシリ。
本当恐怖はここからだと言うことに。