矜持
所々が焼け焦げ、いくつもの細かい傷をたずさえた少年。彼はギルドの受付カウンターへと全体重を預けるように寄りかかっていた。
見るからにボロボロで、激しい戦闘に巻き込まれたのだろう。
しかし、
(この戦闘痕は、明らかにスワローラビットではないですね・・・)
ココナは依頼書の内容をもう一度確認してみるが、間違いなく〝スワローラビット一体の討伐、および討伐証明となる角、魔石の提出″と表記されていた。
ある程度、二人の破天荒な行動に慣れ始めたと感じていたココナは、その認識を改める。
グランド・ボアを無傷で倒し、あの襲撃事件の折にはココナを謎の爆発からその身を挺して守ったチヒロとリン。そして、最近ではその実力に見合った依頼も危なげなく達成していたはずだった。
「あの、魔石単品での納品でよろしいですか?一応、依頼は達成していますが・・・」
スワローラビットと呼ばれる魔物はそれほど大きくない。ほとんどの場合、止めを刺しただけの状態ーーーつまりは、血抜きなどの処理を行わず丸ごと納品されるのが普通であった。
このような小型の魔物に関しては、下手に加工されるよりも未処理であったほうが好ましい。
だからこそココナには、魔石だけ納品しようとする理由がわからなかった。この難しいとは言えない依頼をギリギリで達成するメリットなどあるはずもない。
「すみません、少しイレギュラーな出来事がありまして・・・」
「まさかっ!?また強力な魔物に?!」
「ええ、実は二匹の猛獣にコテンパンにやらrーーー」
「も、猛獣じゃないしっ!!」
チヒロのすぐ後に並ぶリンはビクリと跳ね上がると、気まずそうな表情で否定する。しかし、その様子はいつもとは違い反省の色が色濃く浮かび上がっていた。まあ、それでも反抗を試みたのかフグのように頬を膨らませるているようだったが。
チヒロは諦めるように、もう一人の共犯者へと視線を向ける。
「・・・ち、チガウ」
それっきり言葉を発しようとしないクーシェリアも、どことなく気まずそうに瞳を彷徨わせた。もじもじと居心地が悪そうに指を動かしている。
「はあ。まあ、俺にも原因がないわけじゃないしな・・・」
「あ!もしかして連携が上手くいってない感じですか?初めのうちは攻撃目標が重なってしまったり、魔法のタイミングが合わなかったりと大変みたいですね」
「え?あ、あぁ、そんな感じです。小さい獲物だと余計に酷くて」
連携とかタイミングを合わせる以前の問題だった・・・とは、情けなすぎて口が裂けても言えない。おそらくココナの想像よりもはるかに悪いだろう。
そもそも戦いにおいての専門的な知識は皆無といっていい。チヒロたちが行っているのは戦闘なんて高尚なものではなく・・・ただ怪獣が暴れまわっているだけなのだから。
「そうですねぇ、もし行き詰っているのであれば上位ランカーを参考にしてみるのもいいかと。訓練場では見学スペースを設けていますので気軽にーーー」
「訓練場?」
興味深そうに小首を傾げていたのは、チヒロではなくリンのほうだった。
すぐさま受付カウンターへと身を乗り出し、ココナの返答を待たずに質問を繰り返す。
「訓練場ってそのままの意味よね!私たちも使える?」
「もちろん使えますが・・・初めは見学してからのほうがいいと思いますよ?」
「リン、ここはココナさんのいうことを聞いたほうがいいと思うぞ。いや、聞くべきだ」
「むぅ、まだ使うとは一言もいってないでしょ!わ、私だってそれくらいの分別は・・・」
(嘘をつくな、嘘を)
チヒロがこれまで培ってきた危険察知。それが警報を鳴らしていた。
ただでさえ血の気の多い冒険者が集まっているのだ。そんな場所にリンを放つなど恐ろしすぎる。
それにギルド職員でさえ知り得ないルール、冒険者同士の決まりごとがあるはずだ。
「それでは念のため案内しますね?こちらの階段から直通ですのでーーー」
◇◇◇◇◇
ギルドのちょうど裏側に併設された訓練場。直通なだけあって、ココナを含めた四名はそれほど歩くことなく目的地まで辿り着いた。
三人が案内されたのは訓練場の二階、一般にも開放されている観覧席だ。
数年に一度『賢者降誕祭』と呼ばれる武道大会が開催されるだけあって、とてつもなく広い。楕円形に縁取る外壁は正門部分を除き、三階部分までそびえ立っている。
「ちょうど何組か合同で訓練しているようですね・・・って、あれはーーー」
ざっと見たところ、三十名ほどの大きな団体と二、三名で構成された少数のグループが三組。
整然とした雰囲気の中、代表者と思しき人物二名が握手を交わしているところだった。
「あれ?ここって貸し切りもできるのか?」
この広大な訓練場、もはや闘技場と呼んだほうが正しい空間を眺めているうちに疑問が浮かんだ。
すごく贅沢な使い方をしているな、と。
しかし、何かのイベントだろうか?
観覧席にはチヒロたち以外にもそれなりの人数が闘技場へと視線を向けていたのだ。それぞれが固唾をのんで見守っている様子は、これから始まる事への期待で満ちている。
・・・それにしても、観客の男女比が可笑しなことになっているのはなぜだろうか?明らかに女性のほうが多い。
「いえ、ギルドでは許可しないはずです。冒険者同士での交渉は可能ですが・・・それよりも、あの白銀のプレートメイルを見てください。おそらくは〝鉄帯のミミッカ”、ミミッカ・ソーウェルだと思われます。このリバーデでもかなりの実力者ですよ」
「そんな有名人がここで何を?」
彼女は否定するように首を横に振ると、声を押し殺しながら言葉を続ける。
「断定は出来兼ねますが・・・〝宣託の儀″でしょうか。大森林への大規模な侵攻をかける時などによく行われます」
おかしいですね、とココナは呟いた。口元を覆い、悩むような仕草をしているが・・・結局、何も思いつかないようだ。
ギルド職員である彼女も、ここで何が行われようとしているのか把握していない。
「面白そうじゃないっ!もっとよく見える位置に移動しましょ!」
「お祭り?クーも見たい」
厳格な雰囲気から察するに、彼女たちの望みは叶わないだろう。
正直、チヒロからすれば二人の機嫌が悪くならならないのであればなんでもいいのだ。
目のまえで繰り広げられる光景に対する興味が、チヒロの中で薄れていく。
しかし、それと同時に。
チヒロは何故、自分がここまで関心を持てないのか。その理由を自身に問いただしていた。
重厚な鎧を身に着け、まるで騎士のように整列する姿。
そして、歴戦を想わせる佇まい。
だだっ広い闘技場においても、その存在感を失わない冒険者たちは自信に満ち溢れている。
少年ならば憧れを抱かずにはいられない光景に、何故この心臓は高鳴らないのか?
「チヒロっ、はやくこっちに来なさいよ!すっごく高そうな鎧!」
(ああ、そうかーーー)
ーーーそうだよな。
チヒロが興味を持てない原因が、リンが手招きをして呼んでいる。
冒険者が身に着ける高級装備に目を輝かせ、クーシェリアと並ぶ彼女。その楽しそうな後ろ姿がチヒロを惹きつけて離さない。
結局のところ、彼女以上にチヒロを惹きつけるものなど・・・
「チヒロには最低でもアレ以上の服を買ってもらうべきね・・・負けたくない」
「宝石もつける?」
いや、片時も目を離してはいけない理由が・・・たった今、出来た。
彼女たちが息巻いているのは、あくまでもチヒロに対しての嫌がらせが根底にあるらしい。リンが訓練場に行きたがったのも、おそらくコレが理由だろう。
不特定多数の装備品が集まる訓練場は、品定めするには調度いい。
「・・・まあ、それだけじゃないけどな」
「チヒロさん?何か言いました?」
「いや。末恐ろしいな、と」
「???」
脈絡のない言葉に首をかしげるココナ。サラサラと流れる前髪は軽やかで、たったそれだけのことが彼女の表情をより魅力的に見せる。
・・・リンと出会っていなければ、チヒロはきっとイチコロであったに違いない威力だった。
しかし残酷なことに、チヒロには以前までの高校生じみた幼さは残されてはいない。惚れた弱みという呪いはチヒロをここまで変化させてしまったようだ。
(ん?ひょっとしなくても涸れーーー)
『おおっ!麗しの姫君よ。どうか我らにワイバーンと戦うだけの勇気をお与えください』
チヒロが絶望に表情を曇らせる寸前、芝居じみた声が朗々と鳴り響く。先ほどの代表者の一人、ミミッカと呼ばれた冒険者がこちらを仰ぎ見るように手を伸ばしていた。
金髪に、ほりの深い眼孔は少し男臭いが、美男子と呼んでも間違いではない。そして、二つに割れた顎は彼の印象をただのイケメンからセクシーなものへと変えていた。
瞬間、周囲から嬌声が巻き起こる。
「チヒロさんまずいです。これは〝竜姫物語″の一節で、この後にはーーー
ココナの忠告は、再度沸き上がった会場によりかき消される。
しかし、最後まで聞かなくともこの後の展開は想像できた。チヒロは胸がざわめくのを止められない。
おそらく、ターゲットにされているのはーーー
「---リンっ!!」
「キャッ」
チヒロが動いたのと、ミミッカが二階へ飛びあがったのは同時だった。
リンは突然のことに悲鳴を上げる。演劇に夢中だったことも一因ではあるが、一番の原因はチヒロが視界をすっぽりと覆い隠すように立ち塞がったからだ。
そして突如訪れた違和感。・・・見慣れたはずの背中が大きく見えるのは、チヒロに護られていると、気付いてしまったからだろうか。
彼女は抗議するのも忘れ、煩わしくなるほどうるさくなった鼓動を両手で押さえつける。
「ああ、どうかこの弱き男に祝福を」
「ーーーヒッ?!」
会場が凍りつく。
これは悲劇か、はたまた喜劇か。事の成り行きを見守った人々は疑問に思っただろう。
もし、ミミッカが傅いて居なければ。
自身よりも速く動ける人間がこの場に存在するということに気付けていれば。
百戦錬磨の常套手段に絶対の自信を持っていなければ。
・・・少しはマシなものになったはずだった。
「おや?随分と男らしいーーー」
王子様の誓いのキスは、王子様の手の甲へ。
哀れな男たちの甲高い悲鳴が、静寂の闘技場でいつまでも鳴り響くのであったーーー




