終わりの少年と始まりの少女
ーー白椛千尋という少年は、
良くも悪くも人畜無害、無味無臭。事なかれ主義を体現した様な人間だった。彼の性格を問われれば殆どの知り合いは、『やさしい人』と答えるだろう。
全体的に色素の薄い中性的な顔立ちで、それほど悪い印象は与えなかった。特別好かれる事も無かったが。彼の面白みの無い性格は、自身も気付かないまま完成されていた。
急激な変化を拒み、失うのを恐れる。最小限の大切を守るだけで精一杯だった彼は、いつしか諦めることが得意になって行った。
そんな彼だが、欲求はあった。三大欲求に匹敵する何か。彼自身は気付いていなかったが、その体は〝マナ"を渇望していた。
リンは、彼が異常なほど渇いているのを知っている。禁域とも呼べるであろうこの場所へ、人として初めて訪れた・・・その瞬間から。
そもそも《禁域》は、そう易々と足を踏み入れることができる場所ではないのだ。視認することはおろか、認識すらされない。
ーーーこの世界から見放されている。
この世界が切り離し、視界の隅に追いやった。残酷な時間の流れで以って、擦切れ、すり潰されるのを期待して。
だからこその異常だった。彼は初めから異常だったのだ。
ーーー彼のマナの通り道〝魔力経路″はデタラメなほど発達していた。
このマナの少ない世界ではもちろんのこと、マナの豊富な世界であってもチヒロのそれは逸脱している。
魔力経路の太さと密度の大きさは、身体を維持する為に必要なマナの量に比例するからだ。
彼はあまりにもこの世界が含有するマナと噛み合っていない。
彼の異常さに目を瞑りたくなる。彼女だから、そのおかしさに気付くことが出来た。
少年の致命的欠陥を。
・・・ 彼の魔力経路のそのすべてはーーー完全に塞がってしまっていた。
16年間取り込んだマナは一点に集束し、一度たりとも彼の身体を巡る事は許されていない。
それほどのマナを内包して暴走しないのが不思議で仕方がないが、体外に放出されないマナが彼の身体ごと消滅させるのは時間の問題だった。
『あまりにもこの世界から見放されている』と彼女は苛立つ。
マナの枯渇は〝飢え″を否応無く感じさせる。それを目の前の少年はこれから死ぬまで味わう事になるのだ。
ーーー想像なんて出来なかった。ただ、少女は思ってしまった。この少年を助けたいと。
ポツリと浮かんだその感情は、もう消えてくれることはない。
自分の意思とは関係なく、胸の中で大きくなっていくのを少女は止められなかった。
『殺してくれ』と少年はいった。
ズルいと思った。
彼女はまだ一度たりとも少年に勝っていない。そんなのは絶対に許せなかった。
少年は静かな声で少女を呼ぶ。
見つめる瞳はとても綺麗な灰青で少しだけ鼓動が高くなる。
少年の暖かいマナに触れ、一つになっていくのが分かった。
ーーそして少女は、〝契約″する。始まりの予感をその胸に抱きながら。