最果ての街
「・・・マジで?」
「マジです」
最も死に近い街。何かの例え、比喩かとも思ったがそのままの意味みたいだ。
「そ、そんなに危険な場所なんですか?」
「普通に危険ですよ。なんせ大森林が間近にありますからね。それに・・・」
なぜそんな危険なところに街を作ったのか?と問いかけたくなるが、実はちゃんとした理由があることを説明してくれた。
大森林。死の樹海。妖精の森。
呼称はいろいろとあるみたいだが、すべて同じ意味合いを持っている。
ひとたび足を踏み入れるてしまうと、ほとんどの場合は何かしらの問題を抱えて戻ってくるらしい。
体の一部を失っていたり、精神を病んでしまっていたりと様々だ。最悪、魔物を引き連れて命からがら逃げ帰ってくる者もいるそうだ。
毎年、何人もの冒険者が前人未踏に挑んでは、その姿を消してきた。
どうして、そのような危険を冒してまで挑むのか。
その理由は単純だ。
『富』と『名声』この二つに他ならない。未知の植物、そして魔物の素材。これらは、その希少性から高額で取引される。
そして、もう一つの単純な理由。
冒険者を生業としている人間のほとんどは、命知らずで頭のネジがぶっ飛んでいる人間が大多数を占めるということだ。
危険と分かっていても挑まずにはいられない。そういった人間が後を絶たない。
結局のところ、このリバーデという街の存在理由は、
「つまり、ここリバーデは冒険者にとって最後の憩いの場であり、後継を受け持つ役割があるのです」
「な、なるほど・・・」
目の前の人物から、まさかこれほど生々しい言葉が列挙されるとは思いもしなかった。この単純明快な説明から察するに、決まり文句という可能性もあるが。
しかし憩いの場とはよく言ったもので、ほぼ確実に最後の晩餐になってしまっている印象を受ける。"後継を受け持つ"というのも単に、冒険者の"行き場を失った財産"を受け持つことを意味する。
冒険者は魔物と戦うことを前提としているのだ。当然の事だが、持ち歩く荷物はなるべく少ないに越したことはない。
・・・つまりはそういうことだろう。
この世界の厳しさを垣間見た気がした。まだ決まったわけではないけれど。
チヒロはどうしたものかと頭を悩めせていると、
「あ、あの!立ち話もなんですし、よろしければうちに来ませんか?」
「へっ!?」
「あっ、もちろん迷惑でなければですけど。その、うちは旅宿もやっていますし。都合がいいかと・・・」
「うっ。それじゃあ、お願いしようかな?」
チヒロは拒否することが苦手である。彼が拒否することはほとんど無いといってもいいだろう。
彼は『拒絶』以外に断る術を持たない。それが好意によるものであるならばなおさらだった。
決して、上目遣いの懇願が原因では無い、そのはずだ。
続けて満開の笑顔が、容赦なくチヒロを襲う。
「ありがとうございます!!それほど離れていませんので、このままご案内しますね!」
「あ、うん。お願いします」
こうして、なし崩し的に最果ての街『リバーデ』へと歩みを進める。
茫然自失としているリンの手を引きながら、当初の予定よりもずっと簡単に入場することが出来たのだった。
◇◇◇◇◇
「 「・・・すご」」
意識を何光年か先まで飛ばしていたリンも、驚きの声を上げる。短く言葉を発したのち、二人は閉口することになった。
残念ながら、息を飲むことでしかその素晴らしさを表現できない。
煌びやかとは程遠いが、木材と石材が適材適所ほどよく調和している街並み。金属、おそらくは銅で設えた看板、暖かく光るカンテラのランプ。
日本に住んでいたチヒロにとって過剰とも思えるほどの広さを持った石畳は、正面の巨大な建造物に向かって真っ直ぐ伸びている。
街を横断している河川、リンデル川もこの街並みに適度な起伏をもたらし、観ている者を飽きさせることはない。
そして、建造物はほとんど場合、2階建を基準としているようで余計な圧迫感を感じることもない。技術的、材質的な問題もあっての2階建なのだろうが、どれも堅牢な造りのように見えた。
整然とされた街並みのどれもこれもが、チヒロに好印象を与える。
「どうです?街の規模では王都に敵いませんが、景観に関してはこちらも負けていないと思っています」
「「ほえ〜」」
「ーーーふふっ。気に入ってもらえたみたいですね」
二人は思いおもいの方向に顔を向けている。彼らにとって、あまりにも情報量が多すぎるのだ。景観もさることながら、
酒瓶を持ち、楽しそうに談笑する二人組の男性。
急ぎ足で歩く、少し耳の長い少女。
道端で客引きをしている、獣の耳が生えた少年。
リンデル川に向かってゲロっている二足歩行する何か。
ーーー全てが異世界だった。
初めての光景に脳が追いつかない。
二人はこの世界をできるだけ理解しようと努力するが、それは叶わなかった。
目的地はそう遠くないからだ。
互いが逸れてしまわないように、ピッタリと寄り添いながら歩く。時折、肌が触れ合う感触がくすぐったくて心音が少しだけ、高鳴った気がした。
リンはあまり気にしていない様子だったが。
チヒロがそんな事を考えている内に、街並みはあっという間に過ぎ去っていった。一際大きな建物のが見えて来たところで、その歩みは完全に止まる。
「おまたせしました!ここが旅泊"ダグリスのおきみやげ"です。どうぞこちらへ!」
促されるまま、二人は大きなロビーを通る。一階のほとんどは食事処となっているようで、アルコールと食べ物の匂いが充満していた。
リンとチヒロは、おもわずその場に立ち竦んでしまう。立ち込める香ばしい匂いに、気を取られたわけでは無い。
二人がどれだけの恐怖を味わったか、ここにいる人々はわからないだろう。
ガヤガヤとした喧騒が不安を掻き立てる。
見ず知らずの人間、土地、知る由も無い異世界マナー。二人は此処に来て、どうしたらいいのかわからなくなってしまっていた。
「あ、狭くてすいません。受付はこちらです」
狭くはない、三人が並んでも十分すぎるほどだ。しかし、彼らにとって不安定な吊り橋を渡るのにも等しい。
急がば回れ、段取り八分。トントン拍子には大きな落とし穴が待っているようで、気が気ではない。
上手く行きすぎていると。
なし崩し的にここまで来てしまったが、本当に大丈夫なのかと。
不安になるのだ。
『リン、このまま行っても大丈夫かな?』
『わかんない。けど、ここは好意を素直に受け取るべきじゃない?・・・それに、ここは落ち着かないし』
彼女の意図することは、チヒロにも理解できた。楽しそうな笑い声や愚痴のようなものが飛び交っているこの空間。それは、決して悪いものではなかったが、どうにも落ち着かないのだ。
チヒロがこういった雰囲気に慣れていない所為もあるが、それとは別の次元でどうしようもない理由がある。
この世界にとって二人は、新参者であり異物なのだと。この道程で、嫌というほど実感したのだ。
"似ている"とは思う。そして、ここにいても問題ないとも思う。でも、確信は持てない。
この世界に"二人きり"だ。
一度でも『異世界』に否定されれば、そこで終わりなのだからーーー。
しかし。ここで停滞してしまえば、いつまで経っても先に進めない。踏み出す勇気を持たなければ駄目なのだろう。
・・・それに、リンがそんな事を許すはずがない。彼女が不機嫌になるよりかは断然良い。
「ーーーどうかされました?」
小首を傾げながらの上目遣い。身長が低いせいか、どうしても覗き込むような形になるようだ。頼りなさげに向けられる瞳は、こちらを心配しているようだった。
チヒロは、脅迫観念を振り払うように努めて返事をする。
「ああ、この活気に驚いてしまって。すごいですね・・・」
「おかげさまで!みなさんには感謝してもしきれないでーーーあ、マスター!!お客様です!」
会話を途中で途切れたかと思うと、小走りで走り出した。
向かってゆく後姿の先に視線を向けると、スラリとした女性が木製のカウンター越しに身を乗り出しているところだった。
ここで、チヒロの不安は完全に消え失せることとなる。
その人物を一言で表すならば、エロの化身であったのだ。失礼に聞こえるかもしれないが、フェチズムを度外視した色気。まず、格好がハレンチ極まりない。露出は多くないのだが、ある一部分の主張が激しすぎる。
チヒロはそういったことに鈍感であったが、流石に意識せずにはいられなかった。視線が宙を彷徨う。
現金なもので、目の前の凶悪な果実を前にすると、細かい事を気にしている余裕はなくなってしまうようだ。
背後から蔑むような視線が背中に突き刺さっているとは知らずに。
「なんだいマール?あんたが連れてくるなんて珍しいじゃないか」
「ふふ〜ん」
ここまで案内してくれた"マール"は、自身よりも背の高いカウンターに身を乗り出し、ピョコピョコと跳びながら喜びを表現している。
言葉使いが丁寧だったので大人っぽい印象を受けたが、これが本来の姿なのだろう。見た目とのギャップがなくなり、ただただ可愛い存在になっている。
マスターと呼ばれた女性はそれを片手であしらうと、こちらに向き直す。肩肘をカウンターに付き、少し気怠げな声色で話す。
「ようこそダグリス亭へ。マールのお客さんだ。二人で共通銀貨1枚、食事は35デルでいいよ」
ーーー共通銀貨?デル?
もしかしなくても、アレのことだ。当然必要になってくるもの。
そして、もしかしなくても。・・・当然のように、二人の頭から完全に抜け落ちてしまっていた。
積極的に会話に参加していなかったリンも、アワアワと挙動不審になっている。
頼むから、あからさまに隠れようとしないで欲しい。ただでさえ分かりやすいのだから。
先延ばしにしても良いことはないが、心の準備をするだけの時間は必要だ。
「チョットマッテモラッテモイイデスカ?」
「ん?最悪、共通銀貨じゃなくてもいいが、金貨は勘弁してくれよ。お釣りが全部なくなっちまうからな!」
ワッと豪快に笑うマスターを尻目に、挙動不審のリンに問いかける。
『ヤバイ、オレタチ、カネモッテナイ』
『シラナイ、ワタシ、ワルクナイ』
・・・畜生、どうしようもない。
彼らに残された選択肢は限られている。義理を通しつつ、平和的な解決方法があるのならば迷わず選択しただろう。
この世界に来て、初めて触れたやさしさ。マールがくれたのだ。それをおいそれと無碍にすることは許されない。
しかし、無いものは無いのだ。
「あの、マスターさん・・・」
「はいよ。ラクラと呼んでくれ、旅人さん」
「あ、はい。ラクラさん、実はーーー」
チヒロが言い淀んでいるのを察してか、店主ラクラの眉間に僅かだがシワが寄る。この時点で、彼女には予感があったのかもしれない。
「ーーーお金がないんです」
「・・・」
呆気にとられ、大きく口を開けてポカーンとしているラクラ。
その横で、状況を飲み込めずにいるマール。
誠意だけは見せようと、真剣な眼差しを送るチヒロ。
またもや現実逃避をはじめたリン。
長く続くかとも思われた沈黙は、呆気なく壊される。
沈み込むような、ドスの効いた声によって。
「・・・マール」
「ひゃい?!」
そこから、ラクラからマールへの『教育』が始まった。
"ダグリスのおきみやげ"の名物であることを二人は知らない。
マールの悲痛な叫びが、今日も店内を響き渡らせるのであった。




