腕時計、壊れる
【前回までのあらすじ】
・空母狩り中
・サリーチーム → 艦内に侵入
・ナナちゃんチーム → 遠距離から攻撃(陽動) → 楽勝モード
「ああ楽しい!やっぱりたまに銃を撃たないとダメね!」
ナナたちが戦闘機を相手に奮戦している頃。サリーは心から楽しそうに、曲がりくねった狭い通路を駆けていた。通路脇から敵が飛び出してくれば瞬時に殴り倒し、通路の奥に敵がいればハンドガン一丁で正確に撃ち抜いていく。その立ち回りのすさまじさは、なるほど伝説の人物である。何発撃ってもまともに当たらない俺とはえらい違いだ。戦闘の合間に、ふとサリーが何かに気づいて、後ろにいた俺の方を振り返った。後ろで結んだ黒髪がふわりと舞い、サリーの匂いが鼻をくすぐってドキリとする。・・・マキちゃんが無臭なせいか、どうも五感に訴えられるヤツに弱い。
「なんだか悪いわね、私ばっかり楽しんじゃって・・・。あなた、たまには先に行く?」
「無理。」
ちなみに俺達は無茶苦茶に通路を進んでいるわけではない。サリーが800年ほど前に一度だけ発見した空母の残骸の調査結果を元に、目的であるジェネレーターまでの最短ルートを予想して進んでいるのだ。通路の行き止まりにあった重い金属の扉を開くと、そこには暗く広大な空間が広がっている。
「ここは・・・格納庫かな?」
「そうね、戦闘機が山ほど眠っていると思ったけどガラガラだわ。あなたの仲間が大暴れしてくれているようね。」
格納庫の中には敵がいないようなので、堂々と広い空間を横切って進む。ところどころ、大きな金属製のボールが転がっているのを見つけた。大きさは一抱えほどで、中には割れているものもあるが中身はカラだ。
「このボールみたいなの、何かな?爆弾?」
「ああ・・・これは戦闘機のタマゴよ。」
「・・・セントウキノタマゴ?」
「そ、タマゴから戦闘機のヒナが産まれて、いずれは立派な戦闘機になるってわけね。巣立ちの瞬間はなかなか感動的よ。」
「・・・ああそうですか。」
色々ツッコミたい衝動に駆られるがそれどころではない。家に帰ったらサリー動物記を読んでみることにしよう。幸いにして今の格納庫には大きな戦闘機もヒナの戦闘機もいないようなので、スルーして先へ進むことにした。
俺たちの空母探索は光学迷彩を封じられるというトラブルがあったと思えないほど、順調に進んだ。サリーいわく、戦闘服のパワーサポートが強力すぎるらしい。軽々と弾丸をかわし、ロボットを殴り、蹴り倒していく。マジかよと思って同じ服を着ている俺も戦ってみたが、普通に撃たれたので二度とやらないことにした。
立ちはだかる人型ロボットはサリーが蹴散らし、開かないドアや隔壁はマキちゃんがハッキングして開く。俺は一生懸命ついていく。完璧なチームワークだ。サリーを先頭に廊下を進んでいると、彼女はふと思いついたように振り返った。
「えっと、・・・マキさん?」
「はい、サリー様。なにか御用でしょうか?」
「マキさんは、その、とても優秀なAIよね。ユニオンにお招きした時に、嫌というほど実感したけど・・・。」
「ふふっ。お褒めに預かり光栄ですわ。」
「ええっと、それでね・・・」
サリーとしては珍しく、歯切れが悪い。いったい何が言いたいのだろうか?
「ちょっと聞きにくいんだけど・・・彼とはどういう関係なのかしら?ただのメイドと主?」
「嫁です。」
真顔で即答するマキちゃん。俺はなんだか恥ずかしくなって両手で顔を覆ってしまう。サリーはあまりの即答っぷりに苦笑している。
「そ、そうなの・・・。あの、気を悪くしないでほしいんだけど・・・あなた、ボディがないじゃない?その・・・夫婦生活は・・・平気なの?」
「いや、そもそも夫婦じゃな」
俺のツッコミに被せるように、マキちゃんが言った。
「ご主人様は筋金入りの腕時計フェチなので問題ございません。私の居場所は今までもこれからも未来永劫、ご主人様の一番近く、たったひとつの腕時計の中ですわ。」
「マキちゃん、変な性癖をでっち上げるのやめてよ・・・。」
「なるほど・・・これは強敵ね。」
サリーは納得したようにつぶやいた。いったい何に納得したのかわからないが。
「っていうかさ、今、腕時計はひと」
「ここね。」
俺の言葉を遮ってサリーが言った。目的地に到着したようだ。なんか強い女性たちに阻まれて、マトモに喋らせてもらえないんですけど。
「このドアの向こうが発電区画・・・ジェネレーターがあるはずの部屋ね。」
「ロックを解除しています・・・完了しました。」
「ドアの『開くボタン』押すね。」
流れるような連携で俺がポチッとボタンを押すと、目の前の重い隔壁がうなりをあげて開いた。俺とサリーが飛び込むと、目の前には広大な空間、そして巨大なジェネレーターと・・・四角くて黒い人間大の箱が鎮座している。この箱は前に重機狩りをした時に見たことがある。大きな野生のナマモノに搭載されている脳みそコンピュータだ。
「やった!これをハッキングしてやれば一件落着、だね。マキちゃんよろしくぅー。」
「かしこまりました。例のガスが充満しているため、遠隔ハッキングに支障が出ています。もう少し近づいていただけますか?」
「ここまでくれば勝ったも同然ね・・・信じられないわ。こんなにうまくいくなんて。」
サリーが感慨深げにつぶやいた。ここに来るまで何度も空母に挑み、そして苦汁をなめさせられてきたと言っていた。失った仲間も少なくないはずだ。今、いったいどんな思いを抱いているのか。その憂いを帯びた横顔を見ても俺には分からない。とにかく俺はケリをつけるべく、黒い箱のすぐ横まで近づいた。
ハッキングならマキちゃんに任せておけば大丈夫。それは「地球は丸い」とか「カレーは辛い」というレベルで当たり前のことである。
当たり前ではあるのだが・・・しかし、世の中に絶対というものはないのだ。
「それではハッキングを開始いたします。・・・ッ!・・・これは」
そこまで言って突然、マキちゃんのホログラムが弾けて消失した。テレビの電源が切れるように、本当に突然だった。
「マキちゃん?」
左腕につけた腕時計の液晶型盤面は真っ暗になり、わずかだが白い煙が出ている。
「マキちゃん・・・マキちゃん?」
呼びかけても反応がない。症状としては、ハッキングを受けてハードウェアを焼き切られた時に似ているが・・・まさかマキちゃんに限ってそんな攻撃受けるはずが・・・ない・・・と、思うけど・・・。しかし、何度呼びかけてもマキちゃんから返事はなく、時計は完全に沈黙している。次第に熱を帯びてきて、腕時計の盤面にピシリとヒビが入った。
「・・・嘘だろ、嫁さん?」




