オーバーヒート
【前回までのあらすじ】
・空母狩り中
・サリーチーム → 艦内に侵入
・ナナちゃんチーム → 遠距離から攻撃(陽動)
「レイ、何をしているのデス?早く弾道計算の結果を送ってくだサイ。」
空母から約10キロ離れた地点の岩山。ウォーリーとナナが射撃の手を止めて隣を見ると、すぐに異常に気がついた。レイのネコが真っ赤になって、ほんのりと煙を出しているのだ。明らかなオーバーヒート、処理能力の限界を突破したことで熱暴走を起こしている。レイのホログラムはうつろな目で、なぜかいつものメイド服ではなく水着を着ていた。上気して血色の良い肌に潤んだ瞳・・・そんなレイは艶めかしい気がしないでもないが、目がヤバすぎるのであまり魅力的な感じはしない。
「おねえさまぁぁぁぁ・・・川の対岸で水着姿のおねぇさまが手を振ってるですぅぅぅぅ・・・いかなきゃ・・・いかなきゃぁぁぁ・・・」
「オット、見えないはずのものが見えてマス。レイ、その川は渡っちゃいけないやつデスよ?」
はるか地平の彼方から、何かが高速で飛来する。それは戦闘機から発射されたミサイルだ。すでにこちらの位置は特定されており、ナナとウォーリーの絶え間ない射撃で攻撃を防いでいる状態だ。先程までは敵がこちらを認識できない遠距離から一方的に攻撃していたので余裕があったが、敵はまだ50機以上の戦闘機を保持していると予想され、このまま弾道計算ができず遠距離射撃ができなければ火力の差で押し切られてしまうのは火を見るよりも明らかだった。
「あったれぇーー!」
ナナは目視で【ラッキーセブン】をぶっ放し、ミサイルの迎撃に成功する。しかし敵はすぐに2発目、3発目のミサイルを発射し、戦闘機もこちらに向けて高速で接近してきた。はるか地平の向こうにいるはずの空母からは続々と新しい戦闘機が離陸しているだろう。離陸した戦闘機は、1分とかからずここに到達してしまう。ウォーリーは【ハリケーン】の引き金を引きながら、冷静に状況を判断した。
「これはマズい。ナナサマ、最初の指示通りに撤収しマショウ。安全第一デス。・・・ん、エドサマ?」
レイのところに走り寄ってきたのはエドだ。エドは安全のために離れたところで存在感を消し、体育座りをしながら射撃するナナを見ていた・・・というか見とれていた。いや、有り体に言えばガン見していた。射撃するたびに衝撃波にゆれるナナの長い髪、空を見つめる真剣な瞳、長い睫毛・・・。ナナはすごいなぁ。師匠は「美少女に不可能はない」って言ってたけど、120キロもあるライフルも平気で撃てるなんて・・・世界一かわいいナナだからできるんだなぁ。エドは天才だが、ナナのことになると判断力はミノムシ以下になる。夢中でナナを見ていたエドだが、レイの異常に気がつくと、すぐに飛び出した。レイを心配する気持ちも当然あるが、ナナにいいところを見せるチャンスだ!と思ってしまったのは仕方のないことだ。彼はまだ7歳なのだから・・・。
「レイ、大丈夫・・・って熱っ!!」
エドは手元の水筒をひっくり返して、中の水をレイのネコにかけた。ネコに触れた水分が蒸発して水蒸気になっていく・・・熱い、熱すぎる。完全に熱暴走、どうしてこんなになるまで放置したんだ!と思ったが、それはもちろんエドがナナに夢中になっていたからだ。エドは愛用のプラズマカッターを取り出すと、迷わずネコの頭部にあてがった。
「エド、レイおねーちゃんになにするの?」
「大丈夫だよ、ナナ。冷却効率を上げるために、頭部を切り開いてAIチップを外気に露出させるんだ。」
「冷やすために脳みそをさらけ出すわけデスか・・・。さすがご主人様の弟子、やることがクレイジーデス。」
エドは手早く、それでいて正確にネコの頭部を切り開き、切断したフレーム・・・生物で言うところの頭蓋骨・・・を捨てた。剥き出しになったチップが風にさらされて急速に冷え、レイが正気を取り戻す。
「はぇ⁉︎エドさま・・・なにを・・・?ネコの頭蓋骨がないです!グロ注意ですぅ!」
「機械だからグロくはないでしょ・・・?いやそれよりレイ、ボクの端末に弾道計算のプログラムを送って。早く。」
「えっえっ・・・は、はいですぅ!」
エドは小型の高性能端末・・・彼の師匠の愛用品をスキャニャーで複製したもの・・・を開く。画面にはすぐ、レイから送信された弾道計算プログラムが表示された。ナナがミサイルと戦闘機を迎撃しながら、エドに話しかける。エドは射撃の爆音に耳を痛めながら、それでもなぜかナナの声だけはしっかり聞き取っていた。
「エド、なにするの?はやくにげよ?」
「ちょっとだけ待ってね、ナナ。レイの処理能力では弾道計算プログラムに耐えられないみたいだけど・・・マキ先生に鍛えられたボクなら、このプログラムを高速化できるかもしれない。」
そう言うと、エドは画面に集中した。すぐ横でレールガン【ハリケーン】と破壊的ライフル【ラッキーセブン】の衝撃波がたびたび彼を襲うが、まったく気にする様子もない。7歳とは思えない驚異的な集中力である。時間にしてわずか5分、エドはニヤリと笑ってキーを叩く手を止めた。
「レイ、今アップロードしたプログラムで弾道計算を再開して!」
「はいです!・・・あれ、ぜんぜん処理が重くないです。サックサクですぅ!400%ぐらい軽くなったですぅぅぅぅぅ⁉︎」
「2箇所のバグ修正と、いくつかの処理を改善したよ。かなり重さが違ってくるんじゃないかな?」
「AIの作ったプログラムを生身の人間が修正するナンテ・・・いくら相手がレイが組んだ残念プログラムとはいえ、エドサマすごいデス。」
「まじはんぱねぇーっす!だね!」
「おっ、ナナサマ、ガイサマのモノマネ上手デスね。」
ナナが笑いながら【ラッキーセブン】をぶっ放し、被弾した戦闘機がすぐ近くに墜落して轟音とともに爆発した。高熱が空気を伝わり、エドの前髪をチリチリと焦がす。ここにきて初めて、エドはかなり敵に押し込まれていることに気がついた。
「ナナ、ウォーリー、レイ・・・大丈夫?やっぱ逃げる?」
しかしナナは笑って引き金を引き、それからエドに向かってグッと親指を立てた。衝撃波で長い髪がふわりと揺れる。エドは眩しすぎる、文字通り天使のような笑顔に状況を忘れて見とれてしまった。
「もうだいじょーぶ!エドはそこでみててね!」
「お任せくだサイ。エドサマのおかげで大逆転が確定しまシタ。弾道計算さえ途切れなければこちらのものデス。」
「サックサク!サックサクですぅぅぅぅ!ついでにネコの頭がスッカスカですぅぅぅぅぅ!」
その言葉通り、ウォーリーとナナは先ほどよりずっとテンポよく引き金を引き、空中の戦闘機は次々と爆散して数を減らしていく。気がつけばあっという間に付近の空には白い雲以外の飛行物体がなくなり、どこまでも青空が広がるのどかな景色になっていた。後手に回っていたこちらの攻撃が先手を取るようになり、戦闘機が空母の甲板から飛び立つ前に破壊されるようになったらしい・・・といっても空母は相変わらず遠すぎて、黒い煙が上がっているのがかろうじて見えるだけだ。
キーンというひどい耳鳴りに悩まされながらエドは元の位置に戻り、膝を抱えて座った。またナナの姿をぼーっと眺めていると、ナナがふとこちらを向き、その綺麗な瞳とばっちり目があう。エドは自分の耳が真っ赤に染まるのを自覚した。
「エド!」
「なっなっなに?ナナ?」
「ナナも、のーみそをそとにだしたら、あたまよくなる?」




