ツチモグラ
「とーさん、この人変だよ。ブツブツ言ってて、アタシの話が聞こえてないみたい。」
女性が運転席の人間に話しかける。どうやら親子らしい。
「おう、ビビッちまって声が出ないんじゃないのか?ツチモグラから走って逃げてたんだ、そりゃ恐ろしかっただろうよ」
運転席にいるのは男性のようだ。背中を向けたまま、渋い声で応えている。慌てて俺も返事をする。
「あー、すみません。助けて頂いてありがとうございます。」
「なんだ、ちゃんと喋れるじゃない。」
俺が話す言葉も、マキちゃんがリアルタイムに翻訳してくれる。俺の声帯から出る音を変換して出力しているので、相手には翻訳されていることはわからない。言葉はちゃんと通じただろうか。
女性はゴーグルをずらし、無邪気な笑顔を見せた。思っていたよりずっと若い。女性、というか少女、だ。幼さが残るその顔、ブルーの瞳が透き通るようで、とても印象的である。さっきは女神かと思ったが、どうやら天使だったらしい。正直、豊かな胸の膨らみ加減とスラリと伸びた脚を見て、もっと歳上かと思った。どうもすみません。
『ご主人様、また心拍数に乱れを検知しました。・・・乱れを!検知!し!ま!し!た!』
『ちょ・・・ちょっとマキちゃんガチでうるさい。』
脳内に響くマキちゃんの声に顔をしかめていると、女性はゴーグルをつけ直して立ち上がる。
「とりあえず、ツチモグラを追っ払うね。落ち着いて話もできやしない。」
まるでお茶でも淹れてくる、という気軽さで言うと、懐から握りこぶし程度の玉を取り出した。手榴弾だろうか?しかし犬ロボットの攻撃が通じないような相手に、あんな小さな手榴弾ひとつでどう対抗するのだろう。不思議に思っていると、女性はかるく振りかぶってから、玉を放った。
次の瞬間、爆音とともに凄まじい閃光があたりを照らす。あまりの光に、俺の両目の視神経が焼き切れた気がした。事実、目の前が真っ暗になった(数秒で見えるようになったが)。
驚いたことに、巨大モグラは身体をのけぞらせてひっくり返り、そのまま地面にのたうち回っている。その間もどんどんジープは大地を駆ける。あっという間に巨大モグラを引き離し、豆粒のようになった。まだのたうち回っている。モグラだから光に弱いとか・・・そんなベタな・・・。
「あ・・・っ!アンタ、ゴーグルも付けてなかったけど、目は大丈夫⁉︎なんかセンコーダマの光を直視してなかった⁉︎投げる前に言わなくてごめんね⁉︎」
「ブッブッブッブルーベリー食べてるから大丈夫デス。」
天使が急に顔を覗き込んでくるので、ドギマギして思わずわけのわからないことを言ってしまう。落ち着け俺。相手はきっと15歳前後だから、485歳年下だぞ。いや、200年寝てたから685歳下か?
「ブルーベ・・・?よくわかんないけど、平気ならよかったよ。しかし、このへんを徒歩で歩いてるし、センコーダマも持ってないし、どうみてもナマモノのイヌを連れてるし、アンタ変なヤツだねぇ?あんなところで何してたの?」
「えっえっえっえっと・・・。」
『ご主人様、慌てすぎて最高にキモいです。いちいち自律神経に乱れを発生させるのやめてくださいもうホントにこれもうなにこれムカつく』
マキちゃんうるさい。
「記憶が・・・そう、記憶がなくて・・・」
困った俺は、とりあえずベタな言い訳をしてみることにした。こんなんで信じてもらえるか心配になったが、
「そっかー大変だったねー。この辺は野盗が多いから、襲われて頭を打ったのかもしれないね。まー殺されてないだけラッキーだよ。」
と、あっさり信じてくれた。マジで天使か。
「もうちょっと走れば町に着くからさ。アタシの家で少し休んでいくといーよ。ね、とーさん?」
運転席から、おーう、という野太い声が響いた。めっちゃいい人たちである。それにしてもこの子、タンクトップが少しゆるい。風が吹くたびに胸元があやしい。ごくり。
『ご主人様、クソロリコンのご主人様、マジでいい加減にしないとホントにマキはアレですわよ。もうホントにもうちょっとホントにもう』