賞品
【前回までのあらすじ】
・スマートニャンの業務利用が始まった
「ハル、ちょっと水着を着て写真に写ってみたりしない?」
朝の食卓に、家族が全員揃っている。俺の唐突な発言に、言われたハルではなくマキちゃんがゴミを見るような目で俺を見た。当のハルは意味がわからなかったらしく、首を傾げている。
「にーさん、ミズギってなに?」
「ああ、そこか!水着がないのか、この世界は!地獄かここは⁉︎」
「ご主人様、いい加減にしてください。一般ユーザーへのスマートニャン普及が遅いからといって、ハル様を使ったコンテンツに頼ろうとするなど言語道断ですわ。」
そう俺は今、壁にぶつかっていた。食料受発注システム「キャット・フード」をリリースしてからわずか1ヶ月の間に、この町におけるスマートニャンの業務利用は一気に加速した。業務ユーザーから良い感触を受けた俺たちは、調子に乗って他の職種へのスマートニャンの導入をガンガン進めていったのだ。そこまではよかったのだが、最終的な目的である一般ユーザーへのスマートニャン普及がまったく進まず、俺は正直イライラしていた。
「だってさ、業務用にはいろんなシステムを作ったじゃん・・・なんだっけ、あのハンター向けのシステム。俺が『ひと狩りいこうぜネット』って名前を付けたら嫌がられたやつ。」
「エド様命名の『プレデターズ・ネスト』ですわね。付近のレーダーウサギから得られた情報を元に、野生のナマモノの分布状況がリアルタイムに調べられるシステムですわ。ハンターの皆様にとても好評だそうですよ。」
「そうそれ。他にもいろいろ作ったよね?あの・・・『遺跡にゴー!』とか。」
「付近の遺跡で発見された危険なナマモノや発掘物を報告し合うシステムですか?それならエド様発案の『レイダーズ』というシステム名で認知されておりますわ。遺跡で亡くなる方がずいぶん減って、レイダーの方たちの収入が安定したそうですよ。」
「そりゃ良かった。あとはなんだっけ・・・ああ、賞金首の全リストが載ってるシステムも作ったよね。しかもネコに見せるだけで賞金首を自動検索できるようにしてさ・・・『ショーキン★グー!』だ、確か。」
「いえ、それもエド様発案の『バウンティハンター』というシステム名になっておりますわね。賞金稼ぎの方はもちろん、治安維持部隊の皆様にも好評ですわ。」
「なんだ・・・なんか全部エドのネーミングじゃない・・・?まぁそれはいいとして、業務利用ではスマートニャンは普及してきたはずなのに、どうしてみんな遊びに使わないの?例えばさ、俺が作った動画投稿サイトがあるじゃん?」
「『ゴムチューブ』・・・いえ、最終的に『ヘコヘコ動画』という名前にしたサイトですわね。」
「そうそれ。あれなんて俺が最初に投稿した『ロボットがロボットダンスを踊ってみた』っていう動画しかないし、誰もアクセスしてこないんだけど。みんなウォーリーのダンス観たくないの?頭が豆腐だから?やっぱナナに踊ってもらえば良かった?」
「それはそうでしょうが・・・もっと他にも原因があると思いますわ。」
横で話を聞いていたウォーリーがエドのコップに牛乳を注ぎながら言った。
「我は言われた通りにやっただけなノニ、なぜかディスられていて悲しいデス。レイ、ハルサマの代わりに水着を着て我を慰めてくだサイ。」
「絶対ヤです。キモいからあっち行ってほしいです。」
「我だって、できれば胸の大きい女性に慰めてほしいデス。」
「なんです?レイとやる気ですか?ああん?」
「望むところデス。先輩後輩の力関係をはっきりさせて差し上げマスよ?」
レイがシャドーボクシングを始めて、ウォーリーが指をポキポキと鳴らす。お互いに干渉できないホログラムとサイボーグの不毛なバトルも、最近では時々見られる光景なので誰も気にしない。やかましいウォーリーたちを無視して、俺とマキちゃんのやり取りを聞いていたハルが不思議そうにつぶやいた。
「スマートニャンって、遊びに使うものなの?」
「・・・ん?」
「いやだからね、スマートニャンって仕事にしか使わないものなんだって思ってたの。動画とか見れるの?」
「・・・んん⁉︎」
「お気づきになられましたか、ご主人様。この町の人々にとって、スマートニャンは仕事を助けてくれるものであって、遊びにも使えるという認識がないのです。」
うっかりしていた!そもそもの前提として、この町の人たちにとってスマートニャンは「仕事のための道具」と捉えられているのか。確かに遊びや趣味に使うとしても、まずはどんな使い方があるのかを俺達が見せてあげなければいけない。つまり、おもしろいウェブサイトやウェブサービス、果てはゲームや掲示板みたいなものまで作ってやる必要があるのだ。安易にハルにひと肌脱いでもらおうとしていた自分を殴りたい。いや脱いでもらいたいけど。
「・・・よし、わかった!」
「どうされました?また頭がおイカれ遊ばされましたか?大丈夫、どんなにご主人様がアレになっても私はいつでも以下略ですわよ。」
「大事なところを省略しないでよ・・・。まぁいいや。みんな聞いて。これから1週間の間に、各自おもしろいコンテンツをひとつ以上作ってほしい。第一回、おもしろコンテンツ大会だ。」
俺の唐突な発言に、みんなはポカンとしながら聞いていた。ただひとり、ランスさんはまるで聞いてない様子でのんびりとコーヒーをすすり、エドとナナを幸せそうに眺めているが。ハルがおずおずと手を挙げる。
「コンテンツ・・・?あたしそんなの作れないけど。」
「うん、ハルはマキちゃんとレイがサポートして。アイディアを出すだけでもいいよ。他の人は・・・ランスさん以外はみんな自分でなんとかできるね。それと大会だから・・・優勝賞品は・・・なんにしよう?」
するとマキちゃんを皮切りに、皆が自分のほしいものを口にしていく。
「私はご主人様を1日自由にする権利がほしいですわ。」
マキちゃんは薄く微笑んでいるが、目がマジだ。完全に肉食獣の目をしている。そんなマキちゃんを見たハルが、頬をほんのり赤くしながら慌てて乗っかった。
「あ、あ、あたしもそれがいい!」
な、なんか照れる・・・。するとナナも可愛らしく手を上げた。
「ナナもおとーさんといちにちあそびたいー!」
そんなこと、賞品にしなくてもいつだって遊んであげるのに・・・ごめんよナナ。ウォーリーは堂々と腕を組み、自分の希望を宣言する。
「我はおちんちんを強化改造したいデス。」
なに言ってんだコイツ。レイも負けじと腕を組んで、自分の望みを言った。
「レイはマキ姉さまが欲しいです!」
ええ・・・マキちゃんそのものかよ・・・まぁ、マキちゃんがいる以上、レイが優勝するのは無理そうだし、いいか。と思っていると、エドが小さく手を上げて、消え入りそうな声で言った。
「ぼ、ぼ、ぼ、ぼくはナナが・・・。」
娘はやらんぞ。
「若干2名、個人そのものを欲しがっている気がするけど・・・好きな人を1日一緒に過ごす権利ってことにしようか。じゃあ俺が優勝したら、ハルとマキちゃんとレイに水着を着てもらう感じで。」
ハルが首を傾げて、マキちゃんとレイがゴミを見る目で俺を見た。試しにさらりと言ってみたらすんなり通るかと思ったのに、聞き流してもらえなかったようだ。しかしこのあと小一時間ほど食い下がり、5分だけ水着を着るという条件で納得してもらった。
これは絶対に優勝しなければ。そもそもハルはともかく、なぜ主人である俺が、配下のアンドロイドに水着を着てもらうためにがんばらないといけないのか・・・なんでこのアンドロイドたちは主人の言うことをぜんぜん聞かないのか、よく考えるとおかしい気がするが、とにかくこんな機会は滅多にない。密かに闘志を燃やしていると、ウォーリーがプルプル震えながら俺の手を握ってきた。
「今、初めて・・・あなたが我のご主人でよかったと・・・心から思いまシタ・・・!一生ついていきマス・・・ッ!」




