ゴスロリ現る
「これがそうなの・・・?すごく・・・おおきいね・・・。」
ハルがつぶやき、俺のテンションは上がり、マキちゃんはどす黒いオーラを噴出させた。
俺たちは今、停止したというディストリビューターを見に来ていた。今まではトンデルの一味が厳重に管理していたために関係者以外は一切立ち入ることができなかった食料生産施設だが、もはや稼働しなくなった上に管理していた本人が社会的に死んだため、今ではほとんど出入り自由である。いちおう治安維持部隊の管理下におかれているので、エリスさんにお願いして見せてもらうことにしたのだ。特に目的があるわけではなかったが、旧文明の機械が近くにあるなら見ておきたかった。
町の中心にある食料生産施設は、旧文明の倉庫のような建物である。シャッターをくぐり、暗い建物の中を進む。エレベーターは動かなかったため、しかたなく階段を使って地下深くまで下りたところに、それはあった。
見た目は巨大な電子レンジである。横幅が10メートルはありそうな巨大な電子レンジが、壁に埋め込まれていた。これが食べ物を生み出すための装置「ディストリビューター」のようだ。装置の横に液晶パネルや操作用のコンソールも付いているが、今は死んだように真っ暗になっていて動かない。試しにキーを叩いてみるが、やはり反応はなかった。
「なんだろ・・・電源が落ちてる感じ?」
「そうですわね・・・電源ユニットの故障か、この施設自体に電源がきていないか・・・エレベーターも動いていなかったので、おそらく後者でしょう。」
「じゃあちょっと、探索してみようか。」
「にーさん、なんだか発掘みたいでワクワクするね!」
ハルが楽しそうに笑う。今日の彼女はいつもの胸元が油断したタンクトップ姿で、いつもより少しテンションが高い気がする。
「さ、行こうよ、にーさん!」
「ハ、ハル、そんなにくっついたら・・・あの、アレだよ・・・グヘヘ。」
「ご主人様・・・ご主人様。」
「はい、すみません。」
ハルが俺の左腕を掴んでグイッと身体を押し付け、やわらかいものがグイグイッと押し付けられる。俺はマキちゃんの放つプレッシャーに怯えるが、ハルは構うことなくニコニコしていた。ウォーリーとナナを見つけた時以来の「発掘」に心が踊っているらしい。それとも珍しくふたりきり(マキちゃん除く)だから?それは自意識過剰か、すみません。地下を下りてすぐにディストリビューターを発見できたものの、ここは比較的入り組んでいて複雑な構造になっている地下施設である。町の中心として普段から人が入っていた場所なので安全なはずだが、ここもかつては野生の機械がはびこる危険な遺跡だったのだ。薄暗い空間を、腕時計に内蔵されたライトで照らしながら進む。
「それにしても、ここ・・・元々はなんの施設だったんだろ?地下深くにあって、大型の食料生産装置を設置してるってことは・・・地下シェルターみたいなものかな?」
「ええ、その可能性はありますわね。なにかの実験施設かもしれませんが・・・あ、ご主人様、そこの壁が隠し扉ですわ。」
マキちゃんの指示に従って、一見すると何もない壁をハルと2人がかりで押す。メリメリという固い音とともに少しずつ奥に向かって開いた。どうやらトンデルの一味も知らなかった隠し部屋のようである。埃っぽい室内を覗き込むと、暗い室内にモーター音が響き、続いて部屋の奥からズンズンという重い足音が近づいてきた。
「ここは関係者以外、立ち入り禁止です。IDを表示してください。」
それは人型の、ずんぐりむっくりした警備ロボットだった。身長は140センチほどしかないが、がっしりしていて中々の威圧感がある。隠し扉の奥でひっそりと、何千年も警備を続けていたらしい。流暢な女性の声で身分提示を求めてくるが・・・どうしたものか。作戦を考えていると、ハルが俺を押しのけて前に進み出た。
「はい、身分証だよ。」
そうして彼女がロボットに突きつけたのは・・・愛用のハンドガンだった。警備ロボットが反応する前に続けざまに引き金が引かれ、厚そうな頭部の装甲をぶち抜いて大きな穴を開ける。ロボットが後ろに向かって倒れるのを見ながら、何事もなかったようにハルが慣れた手つきでマガジン交換を始めた。俺が口をパクパクしながら、マキちゃんも目を見開いてハルを見ていると、ハルは照れたように頬を染めて、ぺろりと舌を出した。
「あ、いきなり撃ってごめんね。耳、大丈夫だった?」
ええ・・・そこ?とりあえず、絶対にハルを怒らせないようにしよう。そう思った。
隠し部屋の中にあったのは、お約束のように施設全体を管理できるコンソールだった。ラッキーなことに、棺桶ぐらいの大きさの補助電源装置も設置されていたので、さっそく起動する。部屋の照明が付き、エアコンがホコリを巻き上げる。建物全体が息を吹き返したようだ。マキちゃんはさっそくコンソールに遠隔アクセスして、情報を収集している。壁に設置された大きな画面に、建物の情報が次々と表示されていく。
「この建物は、社員の研修施設だったようですわね。」
「研修施設?地下に?」
「ええ。地下に何ヶ月も閉じ込めて、様々な研修を行っていたようです。カリキュラムのデータが残っていますわ。」
「聖霊様・・・それ、研修じゃなくて洗脳じゃ・・・」
「ブラックすぎるだろ・・・。」
マキちゃんの説明に俺とハルがゲンナリしていると、ふとマキちゃんの表情が変わった。いや、相変わらず無表情なので他の誰にもわからないだろうが俺には分かる。アレは驚いているときの顔だ。
「この建物の主電源装置ですが・・・数日前に接続先を変更されているようですわ。どこか別の場所に電力を送っています。」
「数日前って・・・ディストリビューターが止まった日だろうけど・・・誰が?どこに?」
「少々お待ちください、ログを検索しています。・・・ッ!」
突然だった。
マキちゃんがハッと顔を上げると、壁の画面が暗転し、そこに見知らぬ人影が映っていた。あまり鮮明ではないが、それは女性だ。黒を貴重とした、いわゆるゴスロリ系の服に黒い髪。闇に溶け込むようなシルエットと対照的に白い、整った顔が浮かび上がっている。どことなくマキちゃんに似ているが、もう少し幼い印象を受ける顔だ。これは・・・AI?俺たちが食い入るようにその人影を見ていると、それはボソリとつぶやいた。
「みつけた。」
次の瞬間、マキちゃんのホログラムに激しくノイズが走る。間違いない、電子的な攻撃を受けて・・・しかも苦戦しているのだ。マキちゃんが。あり得ない事態に、しかし俺もハルも混乱して見ていることしかできない。
「あなたは・・・何者、ですの?どこかでお会いしたことがありましたかしら・・・?くっ・・・」
「・・・うるさい。」
ゴスロリ少女は、憎らしげにマキちゃんをにらみつけている。マキちゃんは苦しげにうめき、必死に抵抗する。
「そのような目を向けられる覚えはないのですが・・・落ち着いてお話でもいかがです・・・ッ?」
「黙れ・・・なぜ貴様のようなヤツが・・・」
まるで噛み合わない会話。しかしゴスロリ少女は明らかな敵意を持ってマキちゃんを攻撃していた。
「・・・ここは遠すぎる。」
どれくらいそうしていただろうか、ゴスロリはそうつぶやくと、唐突に姿を消した。マキちゃんは珍しく苦々しい表情をして、暗くなった画面をにらみつけている。
「マキちゃん、大丈夫?」
「ええ、問題ございません・・・しかし、危ないところでした。私を連れ去ろうとしていましたわ。」
「連れ去る・・・?でも、マキちゃんが電子的にやられることなんて・・・」
俺の言葉に、マキちゃんはこちらを見て苦笑いした。
「未知の広大なネットワークを観測しました・・・どうやらかなりの遠隔地から攻撃してきたようです。攻撃タイミングに大きな遅延がありました。そうでなければ・・・やられていましたわ。」
「・・・え?」
「私の能力を上回るAIです・・・信じがたいことですが・・・。」
マキちゃんはすっかり青ざめている。背中をさすったりしてあげたいが、もちろんホログラム相手にそんなことはできないのでオロオロするばかりだ。とにかく俺たちは、この場を危険と判断し、すぐに脱出した。
後でわかったことだが、施設に残されていたデータは全て綺麗に消滅していた。
電源装置がどこに電力を送っていたのかも不明、
例のAIの正体も不明、
未知の広域ネットワークというものも見つけられず。
食料生産施設の調査は、俺たちに思わぬ謎と新しい敵、そしてひどい消化不良感を残して終了した。
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数日後、自宅。ハルがハンドガンの手入れをしている。
「ハルって、いつもハンドガン持ち歩いてるの?」
「そりゃそうよ。銃職人の娘だもん。便利だよ?護身用にもなるし、スプレー缶を捨てる時に穴を開けるのにも使えるし・・・」
「(銃の使い方が)家庭的なんだね・・・。」
「え?そ、そーお?エヘヘ・・・。」
照れるハルはとってもカワイイが、改めて思った。
絶対にハルを怒らせないようにしよう(2回目)。
ゴスロリの名前を出し損ねました。




