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ふたりの関係

「・・・。」


ある日の昼下がり、特に予定もなかった俺はひとり机に向かい、趣味のプログラムを書いていた。


一段落したところで視線を横に向けると、机の上で手のひらサイズのマキちゃんが目を閉じて座っているのが見える。彼女は特に用事がない時も、こうしてホログラムを表示していることが多い。無味乾燥な俺の人生に潤いを与えてくれているんだとか。本人にそう言われると思わず悪態をついてしまうのだけど、実際のところ彼女の言うとおりである。マキちゃんがいない人生なんて考えられないし、もしマキちゃんがいなかったなら、たぶん500年も生きずに適当なタイミングでプラズマ融合炉に飛び込んてこの世から消滅していたと思う。


マキちゃんは本当に美しい。この世のものと思えない美しく整った顔立ち。長い睫毛、シミひとつない透き通った肌に、形の良い唇。座っているだけなのに何時間でも眺めていられるし、実際にこうしてチラチラ見ている時間を集計したら一日のかなりの時間を占めるような気がする。かれこれ500年も眺めていて飽きないのだから、たぶんこの後何千年経っても飽きずに眺めていられるんだろう。とはいえあまりガン見するとカンの良いマキちゃんはすぐにこちらに気づいてしまうので、あまり見すぎてはいけない。と考えていると、俺の心を読んだようにマキちゃんが声をかけてきた。


「ご主人様、ご休憩ですか?それとも私があまりに美しいので見とれていらっしゃいましたか?」


「・・・ちょっと散歩にでも行こうかと思っただけだよ。」


「あら。最近のご主人様は外に出られるようになって良い傾向ですわ。以前は100年単位で外出されなかったですからね。」


ガン見していた言い訳に思わず言っただけなんだけど、最近は散歩が嫌いじゃないので出かけることにする。玄関を出ると、今日も外は快晴だ。通りに出ると、そこら中でネコと、ネコで電話する人を見かける。自分がやった仕事が誰かの役に立っているところを見るのは悪くない。


「ご主人様のネッコワークは、今日も町の皆様のお役に立っているようですわね。」


「うん。・・・なんかいいね。」


「ふふっ・・・そうですね。仕事もしないダメご主人様も庇護欲をそそられて悪くないのですが・・・誰かの役に立っているご主人様は、自信が感じられてとても素敵ですわよ。」


「え、そう?・・・なんか照れるね。」


「ええ、見た目は相変わらずクソダサ貧弱クソ野郎でいらっしゃいますけどね。そこがまたいいのですわ。」


「・・・褒められてるの、それ?」


散歩に行くとマキちゃんも楽しそうだ。といっていも彼女はあまり喋る方ではないし、外では基本的にホログラムも非表示なので、ぼんやりしているとひとりで歩いているような気分になる。実際に見た目はひとりだし。


のんびりと町を歩き、露天商が並ぶエリアに入る。ずらりと地面に商品を並べる彼らはみんなハンターかレイダーで、その日に手に入れたものを売っている。見たことのない天然の機械や、見覚えのある旧文明の異物を眺めてウィンドウショッピングを楽しみ(実際には買わない。露天商の人と話すのが怖いから)、町を囲む外壁の上に登ったときにはずいぶん遅くなっていた。地平線の向こうに夕陽が沈みかけ、大地を真っ赤に染めている。俺とマキちゃんは並んでそれを見ていた。夕陽を眺めるマキちゃんは、やっぱり美しくて気を抜くとぼんやり眺めてしまう。


「そろそろ帰りましょう、ご主人様。・・・どうしました?私のあまりの美しさに見とれてしまいましたか?」


「え、あ、うん。見とれてた。」


「そうですか・・・って、あ、あの・・・今、なんと?」


「・・・なななななんでもないよ。帰ろう。」


「ご主人様・・・あの・・・ええ、ええ、帰りましょう、そうしましょう。」


思わず口走ってしまったが、照れるマキちゃんというのはまた可愛すぎてどんぶり3杯いけそうである。


今さらだが、俺はマキちゃんが好きだ。500年前からずっと好きだ。マキちゃんもたぶん俺のことを好きだと思う。それでも500年間、俺たちの関係が主人とメイド以上になったことはない。冷凍前の世界では、AIやアンドロイドと人間が結婚するのは特に珍しいことではなかった。それでも、俺たちの関係は500年間ずっと変わらない。


なぜか。俺がヘタレだからか。もちろんそれもある。だが一番の理由はちがう。マキちゃんの「好き」が、作られたものである可能性があるからだ。


メイドAIとして作られたマキちゃんにとって、「主人」の設定は絶対である。どんな命令にも従い、どんな扱いを受けても無意識に好意を持つようになる。それが「主人」という設定だ。マキちゃんは高度に発達したAIであるが、それでもAIである以上、根底に埋め込まれた設定を無視することはできない。俺が好きだと言えば、きっと彼女は応えてくれるだろう。しかし、マキちゃんの「好き」は、設定上の「好き」に過ぎないのではないか。そう考えると申し訳ない気持ちでいっぱいなり、とても自分の好意を告げる気持ちにはなれなかった。


アンドロイドの身体を探さない理由もそれだ。物理的に接触できるようになってしまうと、なにかのはずみに一線を越えてしまうかもしれない。マキちゃんを愛するからこそ、設定によって産まれた好意に乗っかって致してしまうようなことはどうしても嫌だった。


ではマキちゃんの主人設定を外してしまえばどうだろうか。何度も考えた。しかし、設定を解除したとたんに「クソダサご主人様がただのクソになりましたわ」と言われて目の前からいなくなってしまうかもしれない。そう思うと恐ろしくて、とてもそんなことはできなかった。そう、俺はヘタレなのだ。


そしてマキちゃんは完璧なメイドAI、メイドであることに誇りを持っている。自分から主人に対して好意を伝えることなんて絶対にないだろう。


俺はなにもできない。

マキちゃんはなにも言わない。

だから、俺たちは500年もずっと同じ関係である。今までも、たぶんこれからも。


それにしても夕陽が透けて赤く染まるマキちゃんのホログラムを見ていると、思わず余計なことを口走ってしまいそうになる。早く帰ろう。



その日の深夜。電子空間の中でひとり、マキちゃんは毎日やっている仕事に精を出していた。今日蓄積したデータを解析し、計算し、記録する。彼女の手腕で完璧に最適化されたアルゴリズムは、一瞬で計算を完了する。


「今日、ご主人様が私をチラ見した時間の合計は4,452秒、回数は390回・・・ドキドキ指数は58.7。昨日より、+0.5ポイントですわね。上々です。・・・ふふっ。」


マキちゃんの前に表示されたデータは、主人のドキドキを独自の方法で数値化したものである。毎日、顔の角度や髪型、服のシワのより具合などに微妙な違いを出し、ドキドキを0.01ポイントでも多くできるように自分の見た目を日々改善しているのだ・・・。これはマキちゃん以外は誰も知らない、500年間休まず続けられている彼女のライフワークであった。


「明日は前髪を2ミリほどズラしてみましょう・・・ふふっ。ヘタレのご主人様でも愛の告白をせざるを得ないほど、私に夢中にして差し上げますわ・・・私の愛するご主人様。」

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