締結
【前回までのあらすじ】
・主人公、捕まる
・ハル、捕まりそう
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!やめろ!やめてくれぇぇぇ!」
薄暗い地下室に、俺の悲鳴が響いた。俺は今、椅子に縛り付けられ、怪しげなふたりの男女から終わることのない拷問を受けている。
「ぬぐぉぉぉぉぁぉ!そんな、そんなことされたらぁぁぁぁぁ!しぬぅぅぅぅぅ!」
そんな俺を見て、拷問男は心底嫌そうに言った。
「・・・もう何もしてねぇよォ・・・。」
「えっ、あっ、ホント?なんかスンマセン。」
せっかく産まれて初めて拷問を受けているので、ちゃんと拷問らしくなるように悲鳴をあげてみたのだがあまりうまくいかない。なにせ俺はナノマシンのおかげで痛みを感じないので、どのタイミングでどれくらい痛がればいいのかよくわからないのだ。
「ちょっと申し訳ないんですけど、叫ぶべきタイミングとか教えてもらえると嬉しいんですけど・・・」
もう1時間以上やってるので、拷問コンビに対する俺の緊張もずいぶん解けてきて、普通に話せるようになった。そんな俺の言葉に拷問男は泣きながら膝を折る。
「なんなんだァ!お前はァ!!指を切っても生えてくる、歯を折ってもすぐ治る、溺れさせても苦しまない!煮ても焼いても効きやしないィ!!こんなヤツ、どうやって拷問しろっていうんだクソがァ!!」
「もういいよ・・・あたし、この仕事やめる・・・花屋さんになる・・・。」
拷問女にいたっては、自信を失って花屋女にクラスチェンジしようとしている。なんだか本当に申し訳ない。
「すいません、本当に。次はもっとうまく苦しみますから・・・。」
「気を使うな、気をォ!」
その時突然、一つしかない出入口の扉が吹き飛んで反対側の壁まで飛んでいった。2人と俺が驚いて出入口に目を向けると、見覚えのある大男がひとりノシノシと無造作に歩いてくる。
「ご主人サマ、マキちゃんサマがいないからといって、こんなところでマニアックなプレイに興じているのがバレたらめっちゃ怒られマスよ?」
「お、ウォーリー。いつも悪いんだけど、今日も助けて。」
「なっなんだお前はァ!?どうしてここがわかったァ!?」
「チッ!死んでもらうよッ!」
2人の悪人が物騒な拷問器具を手にして同時にウォーリーに飛びかかる。しかし彼はまるで動じることもなく片手で男を突き飛ばし、そのまま同じ手で女の身体を軽く払った。尋常ではないウォーリーの力で壁に叩きつけられた生身の人間ふたりは、そのままグッタリと動かなくなった。
「我のボディは大幅にパワーアップしておりマス。・・・失った初恋と引き換えにネ。」
「うん、そういうのいいから早く助けて。」
そういえばウォーリーの身体はこの間の騒動で新しくなったんだった。ステルス機能はそのままに、かなりパワーが向上したようだ。
「まったくご主人サマはトラブルに巻き込まれる天才でございマス。あんなにヒョイヒョイと知らない女性に付いて行くとか・・・本物のアホでございマスか?」
「・・・ごめん。・・・ってあれ?なんで知ってるの?」
「レイが教えてくれまシタ。マキちゃんサマの連絡を受けたレイがネッコワークを駆使して通信ネコのここ数時間の監視映像を漁り、少し前に怪しい女性にホイホイついていったアホを見つけた次第デス。」
「・・・っということは・・・マキちゃんも・・・知ってる・・・?俺が知らない女性にホイホイついていったこと・・・?」
ウォーリーは俺の肩にポンと手をおいて、静かに首を振った。
「ご主人サマ・・・あなたのことは忘れまセン。」
「や、やめろよ・・・俺が死ぬみたいな雰囲気にするの・・・。っていうか、縄をほどいてよ・・・。」
「それはできまセン。だってご主人サマ、ほどいたら逃げるデショ。このまま連行しマス。」
「やめて!助けて!どうして主人の俺よりマキちゃんの命令を優先するんだ!こんなのぜったいおかしいよ!」
叫ぶ俺を片手で椅子ごと持ち上げ、床に転がる拷問コンビを反対の手で2人まとめて掴み上げてから、ウォーリーはノシノシと出口へ向かった。彼が地上への階段を登るたび、俺はまるで死刑台に向かうような気分になっていくのだった。
・
・
・
ところ変わって集会所。ハルは数人の男に背後から押さえつけられ、ガイは床に引き倒されている。トンデルは鼻血を流しつつも、勝ち誇ったように笑った。
「グフフフ・・・!さぁお前たち、その女を連れて屋敷に戻るぞ。そろそろ部下の『話し合い』も終わった頃だろう・・・グフフフフ・・・!」
その時、空中に浮かんだまま見守っていたマキちゃんが口を開いた。
「オニパセリ商会の皆様。ハル様とガイ様から手をお離しになってくださいませ。さもないと、精霊による神罰を与えることになりますわ。」
マキちゃんが話すのを初めて聞いたトンデルとその一味はビクッと身体を震わせたが、しかし臆することなく言い返してきた。
「ふん、精霊など迷信よ!どんな手品か知らんが、ただ空に浮かんでいるだけの女など恐ろしくもないわァ。」
それを聞いたガイが、床に引き倒されたまま呟いた。
「女なんて怖くないッスか・・・。アニキの周りの女性たちは・・・みんな・・・みんな超怖いッスけどね。」
「なんだ小僧・・・男のくせに女が怖いなどと」
「しんばつ、とうじょーう!」
「ホガッ⁉︎」
突然部屋に飛び込んできた小さな影。それはもちろんナナだ。部屋を一陣の風が吹き抜けたかと思うと、10名いたトンデルの部下は全員が意識を失って倒れた。肉眼では目視不可能な速度の打撃である。
「な、な、な、な、な、な・・・⁉︎」
「あんずるな、みねうちでござるー!」
「峰打ちっていうか、デコピンだね・・・。ナナ、怪我してない?」
ナナが楽しそうにポーズを決め、それを部屋の入り口からエドが覗いている。彼にはナナの攻撃が見えていたらしい。解放されたガイが立ち上がって身体についたホコリを払いながら、とてもとても小さな声で呟いた。
「ほら、あんな小さいナナちゃんまでこれだから・・・。アニキの周りの女性たちはみんな怖いって言ったッス。」
トンデルは相変わらず鼻血を流しつつ、顔色を悪くして叫んだ。
「こんな、こんなァ・・・!クッ、しかしこの町の食料生産は私のものだァ!今ごろ貴様らのオーナー小僧が泣きながら契約書にサインを・・・!」
「イエ、泣いてはいマスが、契約書とやらにはサインしてないデスよ。」
「ホガッ⁉︎」
入り口から入ってきたのは、椅子に縛り付けられた主人と拷問コンビを両手にぶら下げたウォーリーだ。動けない彼の主人は、完全に死んだ魚の眼をしてひたすらブツブツ言いながら静かに泣いている。
「マキちゃんごめんマキちゃんごめんマキちゃんごめんマキちゃんごめんマキちゃんごめんマキちゃんごめんマキちゃんごめんマキちゃんごめんマキちゃんごめん」
「ハードなSMに興じていたご主人サマを拾ってきまシタ。この2人が女王サマ役で、この腐った魚みたいなのがご主人サマでございマス。」
ウォーリーは主人を椅子ごと地面に下ろし、拷問コンビを適当に放るとノシノシと歩いて出て行った。それを見て、完全に空気と化していた卸売組合代表のバースが気を取り直して口を開く。
「さぁ、今度こそ終わりだ、トンデル。もうすぐ治安維持部隊が到着する。お前は以前から目をつけられていたんだ。ディストリビューターという後ろ盾を失った今、お前はありとあらゆる刑罰で裁かれることになるだろう。」
トンデルは膝から崩れ落ち、魂が抜けたように座り込んだ。遠くからサイレンの音が響き、近づいてくるのがわかる。その時、ハルがトンデルにそっと近づき、小さく耳打ちした。
「1ミリ四方の肉片にするのはまた今度にしてあげるわ。」
「ヒィィィィィィィ!」
トンデルは一味が治安維持部隊に連行されていき、バースとハルは改めてしっかりと握手した後に契約書にサインをした。マキちゃんが精査した、双方にとって損のない契約書である。これで町には今後も滞り無く食料が供給されるようになり、しかも食料価格が下がって暮らしやすい町になるだろう。
・
・
・
卸売組合の代表たちが出て行った後、静かな集会所。差し込む夕陽に照らされているのは、椅子に縛り付けられたままの天才ハッカー。そしてハルとマキちゃんが優しい笑顔で彼を見下ろしている。
「ふふふ・・・にーさん、大変だったね・・・?」
「ええ、ご主人様・・・お可哀想に・・・こんなに服を血まみれにされて・・・。」
「・・・ひっ。ひっひっひっ・・・ひっ」
「やだにーさん、どうしてそんなに過呼吸になってるの?ふふっ・・・おっかしい。うふふふ。」
「ええ、本当に・・・なにか、やましいことでも、あるようではないですか・・・うふふふ。」
「ヒィィィィィィィ!」
「「うふふふふふふ」」
そう、本当の恐怖はこれから始まるのだ。
集会所の外で、エドとガイが夕陽を見ながら座っている。ガイがまた、小さい声で言った。
「なあエドくん、・・・アニキの周りの女性たちはみんな怖いから気をつけるッスよ。」




