ドラゴンキラー
【前回までのあらすじ】
・ナナ、やられる
・エド、かっこつけ損ねる
「ナナ、すぐに助けてあげる・・・!」
エドはポケットから素早く小さな工具を取り出す。先ほどレーダーウサギの分解に使用した、携帯用のプラズマカッターである。7歳のエドの手にさえすっぽりと収まる小さな工具は、目の前で大きな口を開けた怪物【スキャナノオロチ】の前にあまりにも頼りなく見えた。
「バカ、エド、逃げろ!」
俺は大きな声で叫ぶが、その声は自分とハルが銃撃する音にかき消される。小型のナマモノの群れはナナの手によってかなり数を減らしはしたものの、まだまだ1/3以上が生き残って襲いかかろうとしているのだ。俺とハルはせめて最前線に立つエドに近寄らせないよう、必死に引き金を引き続ける。しかしその時、エドの目前のスキャナノオロチが、その大きな口から赤い閃光を発射した。光学兵器はその名の通り、光の早さで飛んでくる兵器であり、目の前で撃たれたそれを避けることなどできるはずもない。エドの小さな身体が赤い光に包まれる。
「エド!エド!」
しかし次の瞬間、俺の目に飛び込んできたのはギリギリのところで横にステップし、スキャナノオロチの攻撃をかわしたエドの姿だった。着ている服のエリが焦げて、チリチリと煙を出している。
「遅すぎるよ・・・いつもナナとあっち向いてホイしているボクには止まって見える。」
だからそんなわけねーだろとツッコミたいが、事実として完璧に避けているのだから何も言えない。エドはそのまま手に持ったプラズマカッターをスキャナノオロチの首の付け根に思い切り突き刺し、そして軽く捻った。巨大な頭部に対してあまりにも小さい攻撃。しかしその一撃は驚くほどの効果をもたらした。頭部の数カ所から爆発が起き、内部からダメージを受けたスキャナノオロチの頭は激しくのけぞる。
「動きを見ていて、だいたいキミの内部構造は推測できた。どこをプラズマカッターでつつけば誘爆するかも、ね。」
ビクビクと痙攣した巨大な頭は、ふい力を失うと、離れた場所の地面に崩れ落ちた。
「ナナからどいてくれてありがとう。」
エドはメガネをクイッとあげてつぶやく。なにこの7歳児、ホントに人間なの?エドは地面に倒れるナナにあわてて駆け寄った。
「ナナ、ナナ!目を覚ましてよ・・・ナナ!」
小型のナマモノの群れはしかし、生み出した親が死んでも活動を停止するわけではなかった。エドとナナを取り囲み、一斉に飛びかかる。しかしナマモノたちはその目的を遂げることはなく、突如として降り注いだプラズマ弾の雨によって次々とスクラップにされていった。俺が振り返ると、いつの間にか背後にプラズママシンガンを展開したクロがいる。マキちゃんが呼んでおいてくれたらしい。ワフッとひと吠えして、油断なく周囲を警戒している。
あたりには無数のナマモノの残骸が散らばり、煙を吐いている。どうやら敵はすぺて片付いたらしい。俺とハルはライフルを投げ捨てて、エドとナナに駆け寄った。
「ナナ、無事か!?ナナ!」
「ナナちゃん!」
エドにそっと抱き起こされたナナの顔は土で汚れ、来ていた作業用のツナギはところどころ破れて穴が空いている。その大きな瞳がパチリと開くと、自分の身体を支えているエドをまっすぐに見た。
「エド・・・まもってくれて、ありがとね。」
「ナ゛ナ゛・・・よかっだぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・よ゛がっだよ゛ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
エドは涙と鼻水で顔をグチャグチャにして泣いている。それをナナが笑いながらハンカチで拭いていた。
「ご主人様、ナナのハードウェアヘルスチェックが終了しました。衝撃でAIがブラックアウトしておりましたが、それ以外はこれといったダメージはございません。さすがにボディガード用に作られたアンドロイドだけあって、頑丈さは折り紙つきですわね。安心しました。」
「・・・ああよかった。マジでよかった。」
マキちゃんの報告を聞いた俺はヒザの力が抜けてその場にへたり込み、ハルはエドとナナをまとめて抱きしめた。洞窟にエドの泣き声だけがこだました。
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数時間後、トラックの荷台。
俺たちは無事にスキャナを回収し、家路を急いでいる。運転席にはレイのネコが座り、無線で運転している。荷台にはナナ、エド、ハル、俺。隅っこでクロとシロが仲良く何かの金属片をかじっている。どうやらクロが洞窟に入った時に、お土産としてナマモノの残骸を持って帰っていたらしい。
「それにしても、スキャナが思ったより小さくてよかったですね。」
エドが荷台の隅に積んである3台のスキャナを見て言った。破壊したスキャナノオロチの頭のうち、損傷が少ないものを分解して取り出したのだ。あの大きな頭を何本も持って帰るのは難しそうなので、実際にスキャナを取り出してみてネコ程度のサイズだった時は嬉しかった。
「アタシはスキャナより、エドが敵の真ん中に飛び出した瞬間が忘れられないわよ。」
ハルが呆れたような顔で言った。俺もそれには全面的に同意だ。
「ホントだよ・・・気持ちはわかるけどさ。いくらナナが心配だからって、一歩間違えれば死んでたぞ?」
「ええ、エド様。今後はあのような危険な行為はお控えください。あなたはご主人様のように殺しても死なないクソゴキブリクソ野郎ではないのですから。」
「マキちゃん、さり気なく俺のことディスるのやめて?」
「・・・ごめんなさい。」
みんなに叱られて、エドは小さくなっている。そこへ、ナナがパッと立ち上がってポーズを取った。これは・・・ナナを助けるために飛び出したエドの真似か?そして、いつものように可愛い声で、エドのマネをしてみせる。
「『ナナから離れろ・・・さもないと・・・あの・・・アレだぞ・・・ッ!』」
エドは顔を真っ赤にしてプルプル震えだした。
「ややややややややややめてよナナ!っていうかあの時気絶してたのに、なんで知ってるの!?」
「おかーさんに(動画で)おしえてもらったの。にてた?」
「ししししししししし知らないよ!もう!ナナなんて知らない!」
プイッと子どもらしく真っ赤な顔を背けるエド。ナナはその横にストンと座り込み、エドの方を見て言った。
「ごめんね、ちがうの。おこらないで?・・・あのね、とってもかっこよかったよ、エド。」
トラックのエンジン音と、風の音だけが響く。俺とハルは呆気に取られてナナを見た。この子・・・魔性!魔性の女だわ!
「エド・・・エド?どうしたの?ナナのほうみて?」
しかしエドに、ナナの言葉が届くことはなかった。座った姿勢のままぐらりと身体が倒れ、荷台にひっくり返る。顔は真っ赤、茹でダコというより赤熱した金属のようだ。見れば鼻血も噴き出している。
「どうしたの?エド?だいじょうぶ?」
ユサユサとエドの身体を揺するナナを見て、俺は言った。
「ああ・・・ナナ、少し放っておいてあげなさい。ちょっとエドはナナのことが・・・あの・・・アレだよ・・・。」




