ウサギ監視網
【前回までのあらすじ】
・レイ、再生される
・胸泥棒がいます
「そう・・・あなたの喪失感は、きっと記憶がなくなったせいですわ。かわいそうに・・・。」
マキちゃんが神妙な面持ちで言った。ウォーリーはマキちゃんにひとにらみされると、見たこともない勢いで姿を消した。どうやら最初からいなかったことにされたようだ。
「記憶・・・レイには記憶がないです。だから胸が空っぽになったような気持ちがするです・・・。」
いや、胸を本当に空っぽにされたせいだと思う。極悪メイドに騙されてるよ。怖いから言えないけど。
「記憶がないのは不安だと思いますが・・・大丈夫です。私たちは人格データという名の血を分けた姉妹なのですから。私はマキ。私のことを本当の姉と思ってくれて良いのですよ。」
「姉・・・?お姉さま・・・マキ姉さま?」
「はい、よろしくお願いしますわね、レイ。」
穏やかに微笑むマキちゃんを見て安心したのか、レイが涙ぐんでマキちゃんに抱きついた。ホログラム同士だと擬似的に抱き合えるようで、マキちゃんは透けたりせずにしっかりとレイの身体を受け止めた。・・・いや、いい雰囲気になってるけど騙されないぞ。この中に胸泥棒がいまーす。
レイも落ち着いたようなので、予定していた質問を始めることにする。まずは1番知りたいことから。
「レイ、君は自分がどこから来たか覚えてる?」
「どこから・・・えっと・・・。」
レイは真剣に考えているらしく、虚空を見つめてしばし固まっている。
「レイは、大きな建物から来たです。そこではレイみたいなアンドロイドがたくさん作られていて・・・何人かが、レイと同じように旅に出たです。」
「旅?」
「はい、旅です。大きい機械や街を探して、戦うです。強い相手ほど良いです。たまに建物に帰って、戦った記録のデータを渡すです。」
「戦闘データを渡す・・・誰に?」
レイは頭を抱えてしばらく唸るが、しばらくしてこう答えた。
「建物です。建物に渡すです。」
「・・・?」
意味がわからない。
「その建物の場所はわかる?」
「今はわからないです。どこを散歩しているのでしょう?」
さんぽ?いよいよ意味がわからない。
「建物の話だよね?」
「そです。建物です。どこにいるのでしょう?」
「・・・?」
俺が混乱していると、代わってマキちゃんが質問する。
「あなたに指示を出していたのは人間ですか?それともAIでしょうか。それはまだ存在していますか?最後に指令を受けたのはいつでしょうか?」
そうか、レイがウォーリーみたいに3500年ひとりぼっちで任務を続けていた可能性もあるのか。だとすれば指令を出していたヤツがもう存在しない可能性が高い。
「AIです。最後に指令を受けたのは3日前です。とても頑丈な建物なので、きっと今も元気にしているです。」
「3日⁉︎」
ここまでの話が記憶の混濁や妄想でないなら、建物そのものをAIがコントロールしていて、しかもどういう仕組みが分からないが自力で移動しているらしい。つまり、レイの速度で移動して3日の範囲に、複数の戦闘用アンドロイドをばら撒きながら自分の意思で移動する建物が存在しているということになる。わけがわからないが、レイの戦闘能力を振り返れば相当にヤバそうだ。
「これは・・・ヤバイね、マキちゃん。」
もしレイのようなアンドロイドが2体以上同時に現れれば、俺たちに勝ち目はない。間違いなく全員死ぬことになるだろう。そういう意味で言ったのだが、マキちゃんのヤバイは違う意味だった。目がキラキラしている。
「ヤバイですわ・・・!私のボディ候補がすぐ近くに・・・しかも大量に!」
「ええ、そっち・・・?先手を取っていかないと最悪の事態もあるよね・・・?」
せめて敵がこの町を把握するより先に、相手の現在地を特定しておきたい。朝起きたら町にアンドロイドが10体も乗り込んで来ました!では完全に手遅れだ。
「ええそうですわご主人様。先手を打たないと、ボディを確保する前に雲隠れされる可能性がございます。そうなれば最悪です。」
「なんか・・・なんかもう、全然会話が噛み合わないんですけど!」
とにかく打てる手を打っておくべきだ。というわけで、俺はレイとエドを連れてプラズマライフルの林に向かう。レイはネコの身体をうまく操作してついてきた。林に着くと、ハルが林の間にボールを投げて、ナナとクロのどちらがキャッチできるのか競争している。レイにやられたナナの両手はすっかり元通りになり、今日もソニックブームを出しながら元気に駆け回っている。
「クロ!ボールを噛み砕いちゃダメだってば!」
「ハルおねーちゃん、ごめん。いまのはナナがしょうめつさせちゃったの!」
「もー!これで26個目よー!」
妙に物騒な遊びになってる・・・。よくエドは何度もアレに参加してケガもなく帰ってくるものだ。俺にそっくりで運動ダメそうなのに。
「ナナ、新しい家族のレイだよ。」
「レイ・・・おねーちゃん?はじめまして!ナナは、ナナだよ!」
「はじめまして・・・うっ・・・ナナちゃんを見るとなぜだかお腹がうずくです。不思議です・・・。」
そういえば思いっきりお腹のあたりを蹴りこまれてたな・・・。トラウマになってるのかもしれない。しかし残念ながら、ナナがきっかけでレイの記憶が鮮明に蘇るようなことはなかった。
「よし、じゃあマキちゃん。探査用ロボットの生成を始めよう。」
「すでにサンプルの生成を完了しています。あちらから来ますよ。」
マキちゃんが林の方を指差すと、茶色いボディのウサギ型ロボットが跳ねてきた。クロのような金属製のボディではなく、どちらかといえば生き物のウサギに近い。小さなサイズと相まって、見た目は生きたぬいぐるみである。俺たちの前までやってくると、ピンと立てた耳が驚くほど大きく広がり俺の身長ほどのサイズになった。どうやら耳ではなくて、一種のレーダー装置らしい。
「小さなロボットですが、極めて優秀な探査用レーダーを装備しています。半径50キロに渡る対地対空レーダー機能とともに、現行のネコを遥かに上回る長距離通信が可能です。ただし攻撃手段を持たないため、戦闘能力はありません。」
レーダーウサギはじっとしたまま耳レーダーをゆっくりと動かしている。エドが興味深そうにレーダーを観察していた。
「機能面に問題はなさそうだね。」
「はい。それでは量産を開始します。生成数は200体、完了まで推定30分です。」
レーダーウサギの量産が終わるまで、ハルとマキちゃん、それからレイとのんびりと話をしながら待った。エドとナナ、クロは仲良くボール遊びの続きである。
「いっくよー!エド!」
ナナが張り切ってジャンプすると、衝撃波が近くにいたエドの身体を数メートル弾き飛ばした。久しぶりに子供たちの遊びを見た俺はギョッとしたが、見慣れているのかハルはまるで動じていない。
「もーナナ!あんまり勢いよく踏み切ると林にクレーターができちゃうよ!」
飛ばされたエドはしかし、喋りながら空中で姿勢を変えて危なげなく着地する。ズレたメガネをクイッと直してすぐに走り出した。
「あいつ・・・すごくない?」
「ナナちゃんと一緒に遊んでるうちにいつの間にかできるようになったんだよ。初恋の力って、すごいよねー。」
ハルは楽しそうに言うが・・・あいつ、ちょっと人間辞めつつあるぞ。凄すぎだろ。
こうして楽しく待っている間に、生成されたレーダーウサギたちは続々と町の外へ駆け出していく。
「ご主人様、町の周囲を警備するレーダー部隊は生成完了、1時間以内に全ウサギが配置に着きますわ。引き続き、捜索チームの生成を行います。」
「ありがとうマキちゃん。よろしくー。」
今回生成したレーダーウサギたちには2つの役割がある。ひとつは町の周囲数キロのところをぐるりと隙間なく取り囲んで不審なものを監視するチーム。もうひとつはレイの証言を元に、「散歩する建物」を捜索するチームだ。捜索ルートを決定するプログラムはマキちゃんが組んでくれたので、きっとそう時間もかからずに発見できるだろう。監視や捜索で得た情報はレイに集約されるようにした。彼女にやってもらう初めての仕事である。
「任せたよ、レイ。」
「はいです!がんばるです!・・・わわわ、いきなり200体分の生データが送られてきて・・・ストレージがどんどん埋まっていくです・・・!ぐおあああああああ!たすけてマキねえさまあああああ!」
「レイ、落ち着きなさい。まずログの圧縮と統計データへの変換を・・・。」
マキちゃんと違って、レイは大量の電子データを扱う経験が少なかったのだろう。大丈夫、400年前のマキちゃんだってあんな感じだった。健闘を祈る。
「それにしてもレーダーウサギの方がネコより通信性能が高いんだったら、町の中にも配置しようか。ネッコワークがウッサワークになっちゃうけど。」
「ご主人様はお忘れかもしれませんが、ネコたちには町の治安維持や持ち主の護衛という役割もあるのです。レーダーウサギには戦闘能力がないので役に立ちません。プラズマライフルの木には、戦えるようなタイプのウサギのデータはございませんでしたわ。」
「ああ・・・そうだった。完全に忘れてた。」
「それにウッサワークって・・・もう少しマシなネーミングを考えてくださいな。ウッサワークって。うふふ・・・。」
「な、なんだよ!恥ずかしいから何度も言わないで!」
ウサギを町に放つのを諦めた俺だったが、後日ハルの店は大混乱に陥った。町からピョンピョンと跳ねて出て行くウサギを目撃した人たちから「あのクソ可愛いロボットを売ってくれ!」という声が殺到したのである。
「エド、なんとかウサギにちょっとした戦闘能力を持たせられないかな?」
「うーん。もともと防御性能と回避能力はまぁまぁですから、あとは攻撃面ですね。レーダー機能を取っ払って、代わりになにか武装をつけましょうか・・・。」
エドに相談すると、楽しそうにアレコレと案を出してくれた。何体かサンプルを作ってみることを決めたところで、エドがニヤニヤしだした。
「どうした?楽しそうだな。」
「いえ、あの・・・これじゃネッコワークじゃなくて、ウッサワークになっちゃいますね!」




