大脱走
【前回までのあらすじ】
・懐柔されそうになる
・マキちゃん迎えにくる
・こないだのパンツの方が可愛かったデス
「そう、質問に答える気はない、というわけね・・・いいわ、今度こそスクラップにしてあげる。」
サリーはそう言うと、視線だけで殺せそうなほどに力を込めてウォーリーを見た。超人とロボットの格闘技頂上決戦が始まるのかと思ったが、当のウォーリーには真面目に戦う気などまったくなかった。どこから取り出したのか両手にサブマシンガンを構え、流れるような動作でサリーに弾丸の雨を降らせる。さながら西部劇の早撃ちのような素早い動作である。
「やっぱり市販の武器は駄目デスね。銃器をお求めなら、ランス銃砲店にご用命くだサイ。」
ウォーリーが言うように、彼の射撃による攻撃はカフェのテラス席を台無しにしただけだった。肝心のサリーは生身と思えない速度で射線から逃れ、カフェの建物の陰に隠れている。
「それよりご主人サマ、マキちゃんサマ時計を受け取ってくだサイ。マキちゃんサマは2人きりだとめっちゃ怖いのデス。」
「ウォーリー、余計なことを言うと、あなたの身体の余計な部分を強制的に切り離しますわよ。」
ウォーリーが震える手で、しかし素早く正確な動作で腕時計を外し、俺の左腕に巻いてくれた。あるべき場所に相棒が戻ってきた感覚。思いがけないほどの安心感が湧き上がり、自分でも驚いた。
「ただ今戻りました、ご主人様。」
「おかえりマキちゃん。」
ホログラムのマキちゃんと視線を交わす。思わず笑顔がこぼれたが、それはマキちゃんも同じだった。
「リア充、マジで爆発して欲しいデス。」
うるさいよ。
「あなたたち、なんだか勝ったような気でいるようだけど、ここから逃げるのは不可能よ!こんなところで発砲したから、ものの数分で警備兵に囲まれるわ!」
サリーが身を隠したまま叫ぶ。遠くでサイレンのような音が聞こえ始めた。
「ご主人様、迎えが到着します。お乗りください。」
マキちゃんに促されて通りの方を見ると、1台の黄色い車がものすごい勢いで走ってきてカフェの前に停車した。運転席は無人、マキちゃんが操作しているのだとわかる。俺は急いで後部座席に飛び乗り、ウォーリーはサブマシンガンの弾をばら撒いてサリーをけん制しながら車の屋根に飛び乗った。車の窓から、ホログラムのマキちゃんがサリーに深々とお辞儀しているのが見えた。わざわざそんな挑発するようなことしなくても・・・と思ったが、マキちゃんらしいといえばマキちゃんらしいので黙っていることにする。彼女は敵対するもの・・・特に俺に攻撃する相手には容赦がないのだ。タイヤを鳴らして車が走り出す。
「マキちゃん、車なんか乗って大丈夫?すぐに捕まっちゃうんじゃない?」
「問題ございません。ユニオン内部はある程度の情報化がなされておりましたので、管理権限を取得できれば大抵のことは可能です・・・つまりここはもう、私の手のひらの上ですわ。」
サリーはしかし冷静だった。ここはユニオン本部内。どんなにうまくやったとしても、高度に配備された追跡システムから逃れられるものなどいない。黄色い車が走り去ったあと、寝ている護衛を叩き起こそうとしたが見事に昏倒して反応がない。仕方がないので護衛の懐から無線機を奪って片っ端から指示を飛ばした。指令は簡単、黄色い車に乗って逃げた男を捕らえろ、である。しかし車のナンバーまでしっかりと伝えたにも関わらず、部下たちの動きはまったく期待通りのものではなかった。
「いいから早く、ここから走り去った黄色い車を追跡しなさい!」
「サリー秘書官、しかしあらゆる監視カメラの映像をチェックしていますが、黄色い車などどこにも走っていません。ご指定のナンバーの車を追跡システムで確認しましたが、現在はCブロックの雑貨店の駐車場に停車しているようです。」
「そんなわけないでしょ!たった今Uブロックのカフェから走り去ったのよ!Cブロックまで15分はかかるじゃない!」
「ええ、ですからそんなはずは・・・あの、秘書官は今、Uブロックのカフェにいらっしゃいますよね?」
「ええそうよ、そこから無線で話してるのよ、そう言ってるじゃない。イライラさせないで、本当に!」
「あの・・・監視カメラに向かって笑って手を振っていらっしゃるように見えるのですが・・・秘書官・・・イタズラはご容赦ください。それとも新手の訓練でしょうか?我々は比較的ヒマな部署と言われてはおりますが、ご心配なさらずともいつも緊張感をもって職務にあたっております。」
「・・・はぁっ!?」
苛立ちのあまり、手にしていた無線機を握りつぶしてしまった。これらは無論、マキちゃんの仕業である。監視カメラの映像を書き換え、追跡システムの情報を改ざんした。せっかく出動した追跡部隊はシステムの情報を鵜呑みにして追跡を中断してしまったようで、遠くから聞こえていたサイレンの音はいつの間にか消えている。目の前には現実に、サブマシンガンでめちゃくちゃになったカフェのテラスが広がっていた。しかし、サリーの言葉を信じる者は誰もいない。
「AI・・・不正アクセス・・。さっきの、あれね。」
去り際に、大仰に礼をしていったメイドのホログラムが脳裏をよぎる。AIのくせに、あの人間を舐めたような態度・・・あいつの仕業に違いない。自分から相当離れたのに、彼の首に仕掛けた逃走防止の爆弾も爆発しなかったようだ。だが、この程度で逃げられると思ったら大間違いだ。どんな小細工をしようともユニオン本部からの脱出経路は限られている。サリーは荒ぶる感情を抑えて走りだした。絶対に逃がさない。
「ご主人様、ここからは空の旅となります。機内食は出ませんがご容赦ください。」
マキちゃんのナビゲートに従って車を捨て、入り組んだ廊下を走り、エレベーターに乗る。まもなく俺たちはヘリポートに到着した。ここに初めてやってきた時と同じ場所だ。広いヘリポートに存在しているのは1機の飛行機だけ、俺たちが乗ってきた垂直離着陸機である。俺はウォーリーと並び、早足に飛行機に向かう。
「いいえ、食事ならあるわよ。なんならフルコースをご用意させていただくわ。」
「げっ・・・サリー!?」
突然の声に振り返ると、そこには振り切ったはずのサリーの姿があった。エレベーターもマキちゃんが掌握していたはずなのに、ずいぶんお早いお付きである。瞬間、サリーの姿がかすみ、ウォーリーの身体に拳が突き刺さる。
「ゲッ・・・今のはマジでヤバいデス。今のは『デス』と死ぬっていう意味の『DEATH』がかかった洒落でございまシテ」
ウォーリーが蹴り飛ばされて地面に転がった。喋ってる余裕があるなら避けてほしかった。
「残念だったわね・・・このビルにはあらゆるネットワークから完全に独立した秘密のエレベーターがあるのよ。総統専用のね。」
「あらあら、ずいぶんアナログでいらっしゃいますこと・・・お年寄りの方にはぴったりですわね。」
「黙りなさい!高級ダッチワイフ風情がいっぱしの口をきくんじゃないわ!」
おお・・・マキちゃん相手に暴言を吐くなんて、怖いもの知らずな・・・。その時、ヘリポートの外側を取り囲むように大量の航空機が出現した。いずれも戦闘用の飛行兵器らしく、大型のミサイルやバルカン砲のようなものが装備され、空中で待機しながら銃口をこちらに向けている。サリーは勝ち誇るように言った。
「これでもう逃げられないわね。無駄な抵抗はやめて、大人しく投降しなさい。それともミンチになってから回収される方がお好みかしら?」
「いいえ、高級ダッチワイフから警告させていただきますわ。1ミリでも動かれましたらそちらがフルコースの前菜になりますのでご注意ください。」
マキちゃんがいうと、飛行兵器たちは一斉に銃口をサリーに向けた。ユニオン内に存在する、あらゆる兵器はすでにマキちゃんのコントロール下にあるのだ。サリーの顔が驚きで引きつり、青ざめ、それから赤くなった。もはや一歩も動けなくなったサリーに向かって、俺は言った。
「サリー、わかったかな・・・これが、俺の力だ。あなたに俺を縛ることはできない。」
乾いた空気がヘリポートを吹き抜ける。サリーは俺の顔を睨みつけると、また肉食獣のようなプレッシャーを放ち、そして叫んだ。
「あなた・・・あなた、何もしてないじゃない!」




