機内、作戦会議
【前回までのあらすじ】
・楽しいキャッチボール
・『電話』を知っている人間はユニオン(政府)に皆殺しにされるらしい
・ユニオン本部がある首都に乗り込もう
「おお・・・人がゴミのようだ。」
俺は兵員輸送機の小さな窓から、眼下に広がる首都の街並みを見た。初めて見る首都という町は圧倒的に大きく、しかも近代的だ。高層ビルが所狭しと立ち並び、はるか地平の彼方まで続いている。道路には自動車が、歩道には人間が溢れ、空中には俺が乗っているのと同じような兵員輸送機やもっと大きいバスのような乗り物、果てはバイクのようなものまで、大小さまざまな乗り物が自由に空を飛んでいる。まるで自分が冷凍前に住んでいた都市に戻ってきたような感覚だ。しかしよく見ればビルはどれも古びているし、道路もツギハギのような修繕工事の形跡がいたるところに見られる。
「なんだかアレだね、ガイと勝負したモノリス遺跡を思い出すね。」
誰にともなく発した言葉に、軍人リーダーのサイボーグが答えた。今は生首ではなくちゃんと身体が戻り、俺の向かいの座席に姿勢正しく腰掛けている。
「ふん、田舎者は偉大なるユニオンの歴史も知らんのか。はるか3000年の昔、創始者たる『ユニオン・サリー』様がこの広大な遺跡群に単身挑み、長い年月をかけて掌握し、人の住む都市に変えていったのだ。」
「え、じゃあマジでこのビル・・・遺跡をそのまま使ってるの?新しく建てたりしないで?」
「いくら偉大なるユニオンといえど、神が作りし古代遺跡を再現できるわけがなかろう。」
ははぁ、何千年も建ってるビルをそのまま使ってるのか。補強工事ぐらいはしてるんだろうけど、崩れたりしないんだろうか。ウォーリーがつながってた電源装置なんて古すぎて爆発したぞ。ちらりと目を横にやると、俺と並んで外を見ていたウォーリーが俺の視線に気づいて言った。
「何千年もそのままのビルでスカ・・・。取り残されているロボットなんかもいたでしょうネ。私が何千年もひとりでほったらかしにされていタラ、寂しくて発狂してしまうかもしれまセン。」
えっお前、3500年ぐらいひとりで過ごしてたじゃん?といいかけて言葉を飲み込んだ。そういえばマキちゃんに記憶を改ざんしてもらったんだった。詳しく聞いてなかったけど、3500年のぼっち生活はなかったことになってるんだろうか。改ざんした記憶に論理矛盾が発生してもいけないので、あまり突っ込まないようにする。
「意外と大丈夫かもよ。何千年後に仲間ができたかもしれないし。」
「・・・そうですネ。」
ウォーリーはじっとビル群を見ながら答えた。こいつの顔は白い頭に赤いひとつ目が付いているだけだから、何を考えているのかはわからない。ぼんやりと孤独の記憶が残っているのかもしれない。
今俺たちが乗っているのはもちろん、軍人たちが乗ってきた垂直離着陸機である。乗っているのは俺、ウォーリー、それから軍人のリーダー。操縦はもともと半自動で勝手に目的地まで飛んでくれるし、それに加えてマキちゃんが細かい管理をしてくれている。軍人の11人の部下たちは邪魔なので、サイボーグの身体から頭だけ取り外して大きな袋に詰め込み、飛行機の隅にそっと置いてある。おかげで機内はすっきりと広い。本当はナナやクロも連れて来たかったのだが置いてきた。町にユニオン軍の攻撃が始まれば多少の戦力は必要になるだろうし、そうでなくてもあの町はトラブルが多い。それにナナもクロも連れて歩くには少々目立つのだ。ナナは俺から離れることを猛烈に嫌がったが、最後にはちゃんとわかってくれた。
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『ナナ、みんなを頼んだよ。』
『まかせて!ハルおねーちゃんもランちゃんもエドも、ナナがまもってあげる!』
『いやいやいやいやナナナはぼぼぼぼぼぼくが守って守ってまもまもまもまもまも』
『おいエド、カッコつけるならちゃんとしなさい。』
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ナナとクロ、それに山ほどのネコがいればよほどの事態が起きても心配ないだろう。それに軍人リーダーの話によれば、ユニオン軍の攻撃が始まるのは早くても数ヶ月は先らしい。
首都まではジープで1ヶ月、しかもトラブルが多くて危険な道のりだとガイが言っていたことがあるが、空路ではほぼ半日、しかも何の障害もなく到着した。それだけ地上は道路が整備されていなくて治安が悪いということなんだろう。
「さて、それじゃあ改めて作戦を説明する。」
俺は窓から目を離して機内を見ると、全員に聞こえるよう大きな声で言った。ウォーリーも姿勢を正し、軍人もこちらを見ないが話を聞いているのは分かる。ちなみに彼の身体はマキちゃんがコントロールしているので、自分では動かせない。
「作戦はこうだ。なんとかして1番偉いヤツに会って、話す。以上。」
機内にシーンとした空気が漂い、ただ飛行機のエンジン音だけが響いた。うん、まぁそうなるよね。俺もこんなこと言われたらリアクションできないと思う。
「なんという愚か者だ!偉大なる我らの指導者と直接話すだと⁉︎本当に世間を知らない田舎者よ!」
口を開いたのは軍人リーダーだ。心底あきれたという表情で俺を見る。
「軍人のおっさんは別にデメリットないでしょ?つまりこういうことにするんだ。
1.軍人さんの部下たちは激しい戦闘の末、俺の仲間と相打ちになって身体を失った。
2.仲間をやられた俺は真っ青になって降参、軍人さんについてきた。
3.軍人さんは任務達成、俺はユニオンの中に入り込める。
悪くないだろ?」
「・・・ふん、どうするつもりか知らんが、そこのウォーリーとかいう隠密サイボーグだけではユニオン内部の警備はどうにもならんからな。勝手にしろ。」
「乱暴なことはしないよ。そっちからされない限りはね。あと、あんたが俺の不利になるような発言とか行動をしたら、遠隔操作であんたの頭を吹っ飛ばすから。よろしくね。」
これは嘘だ。10メートルも離れればマキちゃんの遠隔ハッキングは届かないから、爆破どころか軍人リーダーの監視だって不可能である。しかしこう言っておくだけでも多少の牽制にはなるだろう。
「我輩が何かする必要もない。高度に情報化されたユニオン本部で悪事を働くことなど不可能だ。独房に入れられるようなことがあれば、差し入れぐらいはしてやろう。ボールとかな。」
生首キャッチボールをまだ根に持っているらしい。割と楽しそうだったのに。すると間もなく、機内にマキちゃんの声が響いた。
「皆様、あと120秒で目標地点『ユニオン本部第一ヘリポート』に到着いたします。お忘れ物などなさいませんよう。」
窓の外に目をやれば、ひときわ巨大で美しいビルがそびえ立っているのが見える。あれがユニオン本部に違いない。ビルは100階以上の高さがあり、その威容にちょっとだけビビった。俺たちを乗せた飛行機は、まっすぐに屋上のヘリポートへ向かう。
ウォーリーが光学迷彩機能を起動し、姿を消した。こいつのボディは前にクロの索敵をすり抜けてみせた、ナントカ兄弟とかいうサイボーグのものである。すぐ隣にいるのにまったく存在を感じず、そのステルス性の高さを再認識した。
「我はいつも近くにおりマス。うっかり忘れて成人向け動画を見始めたり、マキちゃんサマとイチャイチャなどされませんヨウ。」
なにもない空間からウォーリーのしょうもない発言が響く。続いて、軽い衝撃が機内を揺らした。どうやら着陸したようだ。
さあ、いよいよ俺たちはユニオン本部に降り立つ。俺はひとつ深呼吸をして、気合を入れ直した。するとまた、どこからかウォーリーの声が聞こえた。
「あ、おすすめの動画があったら教えてくだサイ。」




