天才少年の夢
新キャラ登場です。
「この線をここに接続して・・・これでいいはず。よし、できたぞ!」
薄暗い部屋の中で、小さな人影がつぶやいた。雑然とした室内は何かのロボットの残骸やケーブル、ネジや電子基板が散乱していて、足の踏み場もない。声の主は、大きな黒縁メガネをかけた・・・少年であった。小さいというよりは幼い。先月7歳になったばかりの少年がさっきからいじっているのは、1匹のネコである。機能を停止しているのか、机の上に乗せられたままピクリとも動かない。ネコの背中が切り開かれており、内部機構に数本のケーブルが接続されていた。
「よし、これでネコの頭脳をのぞけるはずだ・・・。」
少年が手元にある端末を操作した。すると彼のもくろみ通り、目の前のディスプレイにネコの頭脳の中身であるプログラムコードが表示される。しかしそのコードは彼が想像していたよりはるかに複雑で、およそ人間に解読できると思えないほど高度なものだった。
「こ・・・こんな・・・こんなの、どうやって作ったんだ・・・?」
彼だからこそ理解できる現実に、激しく打ちのめされる。少年は自他ともに認める天才であった。その頭脳のために実の両親からでさえ距離を置かれている、本物の天才である。自分を理解してくれる者などこの世界は存在しない。わすか7歳にしてそれを悟り、自分の道を孤独に貫く覚悟を決めていた矢先に今の自分では絶対に到達できない神のごとき奇跡の技が目の前に現れたのである。
しばし表示されたコードを呆然と眺めていると、突如として画面が暗転した。機器の故障か、それともケーブルの断線か。ネコやケーブルを点検していると、再び画面が明るくなった。しかしそこに映し出されていたのはコードではなく、美しいメイド姿の女性であった。
「女の人・・・?これはなんだ?こんな・・・?」
女性・・・もちろんマキちゃんであるが・・・マキちゃんはまっすぐに少年を見て、言葉を発した。画面にスピーカーはついていないので、実際に声を出しているのはネコである。
「初めまして、ネコのクラッキングを試みた最初のお客様。わが主が、あなたに興味をお持ちです。悪いようにはいたしませんので、銃職人のランスの店か、大通りのネコの店までいらしてくださいませ。24時間いつでもお待ちしておりますわ。」
「な、な、な、なんだって?」
突然のことに、頭がついていかない。何が起きてる?誰だこれは?っていうかなんだこれは?何を言ってる?
「ええ、ですから我が主から、お茶のお誘いです。ネコの中身に興味がおありの方でしたら、きっと悪い話ではございませんわ。」
まさか画面の中から返事が返ってくると思わなかったので、少年の混乱はさらに加速する。まさか、これは・・・おとぎ話に出てくる聖霊?実在したのか?
「それでは、ぜひいらしてくださいね。思ったよりお若い方ですわね。ちゃんとした大人の方が相手だとご主人様がビビりあそばされるので、むしろちょうど良いかもしれませんわ。」
そう言うと、画面の女性はプツリと消えて、ディスプレイは元のようにネコのプログラムを表示し始めた。暗い部屋に静寂が戻り、自分の呼吸音以外にはなんの音もしない。
「夢・・・夢か?ボクはおかしくなったのか?」
あまりの出来事に、今起きたことが現実だったのか、それとも白昼夢を見てしまったのか分からなくなる。ネコの前に座りこみ、見るともなくネコを見た。しばらくの間そうしていると、かわらず生気のない様子で机に乗っていたネコが急に頭だけ動かしてこちらを見た。
「ああそうですわ。お土産や服装など、細かいお気遣いは不要ですのでお気になさらずお越しくださいね。それでは。」
それだけ喋ると、またネコは生気を失った。どうやら夢ではないらしい。
少年の名前はエド。両親はどちらも小型のナマモノ専門のハンターで、まさにこの町ではいかにもよくある感じというべき、普通の家庭に生まれた。
近所では「ナマモノと人間の間に産まれた子」とか、「ナットとボルトを出し入れしてたらできたガキ」とか呼ばれている。というのも、小さな頃から機械に並々ならぬ興味を持ち、ロボットの職人がいないこの町において誰から教わることもなく自分の力だけでロボットの改造を成し遂げた天才少年だったのである。天才というのは時に周囲から奇異の目で見られるものだ。3歳か4歳の頃には自分たちの子どもを「天才だ!世界を変える子だ!」と手放しで喜んでいた両親でさえ、彼が5歳の時に野生のトースターを思い通りに歩かせたのを見てからは、バケモノを見るような目を向けるようになっていた。
彼は近々、首都のロボット職人のところに行き、住み込みの弟子になる予定であった。彼の両親が知り合いのツテを総動員して、遠く離れた首都の職人に約束を取り付けたのである。両親は「エドの素晴らしい才能を伸ばすため」と言ったが、それが嘘だということは機械にしか興味がないエドにでもわかった。両親は真っ当な理由をつけて、自分をどこか遠くに追い出したいだけなのだ。
そもそも首都への旅は長く危険である。いくら大規模な隊商の定期便に乗せてもらえるとはいえ、7歳の子どもが保護者もなしに生きてたどり着ける保証はない。
それでもロボット職人の元で修行できるのなら、エドは素直に1人で首都に向かうつもりだった。もとよりこの町に居場所などない。ところが覚悟を決めた矢先に登場したのが、今この町を騒がせているネコたちである。
普通、人間に従うよう改造されたナマモノはとてつもなく動きが悪くなる。数ヶ月おきに首都からやってくる商人が「最新型だぞ」と見せてくれた人型ロボットは、確かに力は強いが、冗談のようにゆっくりとしか動けずエドを大きく失望させた。あれなら自分で改造したほうがいくらかマシだ。にもかかわらず、この町で安価に売られているネコたちはきっちりと人に従いながら、まるでナマモノそのままの滑らかな動きを実現している。この町の人間はツクリモノのロボットに触れる機会が少ないので騒ぎになっていないが、ロボットに理解がある人間ならすぐに、これがとてつもない異常事態だと気がつくだろう。
それだけでも大変なことなのに、先日はネコの軍団が史上最大規模の洪水をあっさりと殲滅したという。それを聞いたエドはその常識外れの事態にパニックを起こしかけていたが、追い打ちをかけるように今度はネコに電話という、遠く離れた相手と自由に話せる機能がついた。もはや我慢が限界となった彼は発作的にEMP手榴弾を両親の荷物からくすねて、町にいるネコの捕獲を開始した。両親にねだってもネコは買ってもらえなかったのだ。ネコ・・・ちなみにこのネコはネッコワークを構成する、緑色の通信ネコであった・・・は見事な動きで攻撃を避けようとするため、捕獲には作戦立案からまる3日と、10個の手榴弾が必要だった。
ようやくネコの中身を覗けたと思ったら、今度は聖霊の出現である。どこまで行っても謎は増えるばかり。さすがに少し疲れてきた。いかに天才といえど、エドはまだ7歳の子どもである。
しかし、彼の好奇心はまだ彼の身体を突き動かした。彼の足はすぐに町で有名な銃職人ランスの店に向かう。あそこなら比較的近いし、ずっと前だがハンターである両親について行ったこともある。
一連のネコにまつわる謎が解ければ、自分の夢に近づけるかもしれない。その思いが彼を動かしていた。彼の夢・・・それは、人間のようなロボットを作り出すことである。人のように動き、人のように考え、人のように話す。周囲の人間すべてに疎まれた少年がたどり着いた夢は、人の代わりに自分を受け入れてくれる、人をはるかに超えた能力を持った存在だった。
今はまだはるかに遠い夢。しかし、その手がかりが見つかるかもしれない。
「ここだ、この店だ・・・。」
緊張して止まりそうになる足を意志の力で前に出し、小さな店のドアを開けた。
・・・そこにいたのは夢の手がかりではなかった。彼の夢そのものが、そこにいた。
「いらっしゃいマセー。」
しかも普通に店番している。人のような滑らかな動きで、彼の夢がレジのお金を数えていた。カウンターには読みかけの成人向け雑誌まで置いてある。
「えっ・・・?あっ、あっ、あの・・・あのあのあのあの・・・。」
「小さなお客サマ、なんだかご主人サマみたいなキョドりかたデス。むちゃクチャ親近感が湧きマス。」
受け答えも完璧だ・・・っていうか、中に人間が入ってるんじゃないか、これ?心を落ち着けて、疑問をぶつけてみる。
「あのあのあのあの・・・あなたは、人間ですか?それとも・・・ロボット?」
するとそのロボット、つまりウォーリーは、人差し指を1本だけ地面に着き、そのまま指一本で逆立ちしてみせた。人間には不可能な力、そしてバランス能力である。
「すごい・・・本当に、ロボット、なんだ・・・!」
「ハイ、そのトオリです・・・。しかし、我には、1つダケ、大きな秘密があるのデス。」
「秘密・・・?」
ウォーリーは再び2本の脚で立つと、エドの前にヒザをついて、顔をググッと近づけた。エドの息がかかるほどの距離。ウォーリーのアイカメラが少し曇った。
「実ハ・・・我には・・・」
エドはごくりとツバを飲み込んだ。
「おちんちんがついているのデス。」
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