プラズマライフルの木とハッキング
「ご主人様、うしろです。ボケっとしていると炊かれますわよ。」
マキちゃんの声を頼りに、背後からの攻撃をなんとか避ける。炊かれるってなんだちくしょう。
炊飯器ザルの群れは俺を中心に一定の距離を保ちつつ、完全な包囲を崩さずにいた。時おり石や木の棒を投げてきたり、頭上や背後から飛びかかってくる。包囲を突破しようにも、俺の移動に合わせて炊飯器の軍団も移動するのでどうにもならない。ジャングルは足場が悪く、人間の俺よりも炊飯器ザルのほうが素早く移動できるのは明白だ。
奴らは俺の体力切れか、プラズマライフルの弾切れを待っているのだろう。体力のほうはナノマシンのおかげで無限だが、プラズマライフルの残弾はすでに100発を切っていた。弾切れを悟られてはマズい。
「ご主人様、左側にご注意ください。特に敵が多いわけではありませんが、左腕に装着されている私の腕時計が危険です。聞いてらっしゃいますかご主人様?」
牽制のために散発的な射撃を繰り返しながら、少しずつ移動する。
「そんなことよりマキちゃん、アレは見つかった?」
「そんなこととはなんですか、そんなこととは。『マキちゃん、キミは俺が命に代えても・・・守る!』とか言わないんですか。イモいご主人様がクールな私をドキドキさせる数少ないチャンスですわよ?」
目の前にマキちゃんのホログラムが出現して力説する。前が見えない。
「ちょっ・・・マジで視界が塞がれるから・・ちょっちょっ」
「!前方、50メートルに目標物を発見しました。」
やった!俺が探していたのは、もちろんプラズマライフルの木である。俺は不老不死の身体、弾薬が補充できれば、何時間だって粘ることができるのだ。このジャングルで、プラズマライフルの木は珍しいものではない。ここまでずっと歩いてきて、数時間ごとに必ず見かけていたので、探せば見つかると思っていた。
炊飯器ザルの攻撃をかいくぐり、木の下にたどり着く。しかし。
「・・・ない、ライフルもマガジンも、ないぞ⁉︎」
「ご主人様、この木はまだ若く、未成熟なようです。いわばロリ木です。ロリに手を出すとかマジで最低ですね。軽蔑します。」
口の悪いメイドに心からイライラするが、それどころではない。残弾は30発を切った。俺のダッシュでわずかに崩れた敵の包囲も、再び完全な状態に戻ったようだ。あらゆる方向からサルの声がする。このままではマジで炊かれてしまう。炊かれるってなんだ。
ワラにもすがる思いであたりを見回すと、ふとプラズマライフルの木の幹に、黒い穴・・・見慣れた四角い穴があることに気がついた。
「なぁ・・・マキちゃん。その木にある、黒い穴ってさ・・・。」
「上です」
頭上から突然飛びかかってきた炊飯器をかわし、引き金を引く。弾は地面に穴を開けただけで、炊飯器はすぐ視界から消えた。
「ご主人様はよく闘われました・・・。たとえ炊飯器に美味しく炊かれたとしても、ご主人様は永遠に私のご主人様ですよ。」
「ちょっ・・・いきなり優しくしないで!いいからプラズマライフルの木をよく見て!」
「ご主人様はイモくてダサくて優しくもなかったですが、私はご主人様のことを忘れません・・・スキャンを完了しました。プラズマライフルの木の幹に、古いシリアルケーブル用コネクタが埋設されているのを確認しました。」
そう、プラズマライフルの木にコネクタがあるのだ。それも、古いコンピュータをメンテナンスする時に使っていたような、シリアル電送用のコネクタだ。
「マキちゃん、接続だ。あのコネクタから。早く!」
「ご主人様がハッキング中毒のイカレ野郎なのは重々承知しておりましたが、死の間際に生きた木をハッキングしようとなさるなんて・・・ご主人様は最後までご主人様でしたわ。」
「いいからはやくぅーーー!!」
どこからともなく石が飛んできて、右の眼球が潰れた。痛くはないが、視界が半分になる。それに乗じて3台の炊飯器が飛びかかってきたので、至近距離でライフルを打ち込む。2台仕留めて、1台は逃げた。眼球は数秒で治癒したが、残弾は20発を切った。さらに畳み掛けるように、炊飯器ザルが飛びかかってくる。反撃する。淡々と弾が減っていく。
その間、マキちゃんはちゃんと仕事をしていたようだ。マキちゃんに搭載した無線コネクタは、直接コネクタ同士をケーブルで接続することなく、数メートル以内のあらゆる電子コネクタに無線でアクセスすることができる。俺のようなハッキングオタク御用達の便利なデバイスだ。
「未知のプロトコルを検出しました・・・操作可能にするため、専用のプログラムを構築しています。推定残り時間1分です。木にハッキングをかけるなんて、ボケてポストとお話しているような気分ですわ。」
さらに石が飛んできて、脚に命中する。膝をついたところに、また石が飛んでくる。地面を転がってなんとか避けると、頭上から炊飯器が落ちてきた。まずい。とっさに引き金を引くが、弾は出なかった。残弾ゼロ。
「ハッキング中は索敵能力が低下しますので、注意してくださいね。あっ、遅かったですわね。」
炊飯器が思いっきり肩に食いつき、血が噴き出す。目の端に、テヘペロ★と舌を出しているマキちゃんのホログラムが見えた。
次々と炊飯器が飛びかかってくる。
左腕を身体の下に持ってきて、マキちゃんを死守する。もう、俺に残された反撃の手段は木へのハッキング以外にはない。ナノマシンのおかげで痛みはないが、ブチブチと肉を食いちぎられ、ボリボリと骨を噛み砕かれる感覚は気持ちのいいものではない。それになりより、長くはもちそうもない。すでに身体の大部分を食べ尽くされている。
『・・・しもーし!もしもーし!ご主人様、聞こえまして?意識が曖昧になってらっしゃるので、直接神経接続させていただきましたわ。なんだかんだいって、私を命がけで守ってくださってますわね・・・ウフフ。』
瞳の裏に、頬を染めているマキちゃんが見える。いつもクールで毒舌な美女が照れている姿に、不覚にもドキッとしてしまった・・・いや、もうこれ心臓食われてるから物理的にドキッとできない。気のせいだな。脳みそまで損傷が行く前に、確認しておかねば。
『で、ハッキングしたプラズマライフルの木で、1発逆転できそう?できるよな?な?』
意識の中で話しかける。神経接続中だから、声は出ていなくても通じるはずだ。
『おまかせくださいな。次に目が覚めた時には、ご主人様の前にいるのは愛らしいメイドだけですわよ。ウフフ。』
マキちゃん、めっちゃ機嫌いいな。人が現在進行形で食われてるっていうのに。とにかく、もう俺にできることはない。俺は安心して意識を手放した。
『あっ、今、『どこに愛らしいメイドがいるんだ?』って思いやがりましたね⁉︎神経接続してるんだから、隠し事はできませんわよ‼︎・・・まったくもう・・・ブツブツ・・・』