洪水
【前回までのあらすじ】
・ネコ爆売れ
「おとーさん、おみせはいーの?じゃ、ナナといっしょにあそぼー!」
いつもの作業着姿のナナと俺は、プラズマライフルの林で追いかけっこして遊んでいる。時々木の間を、産まれたばかりの子ネコが走っていくのが見える。ここで産まれたネコは、真っ先に俺の店に向かう。商品が自分で工場から店に歩いていくのでわざわざ運送する必要はなく、とても便利だ。
ネコを売り始めてから2か月あまり。今や店は掘っ建て小屋ではなく、大通りに面した綺麗な店舗でネコを販売している。店員も10名以上いるが、俺はそのうちの1人の名前すら知らない。だって店員さん、若い女子ばっかりなんだもの。もうずっと店はハル店長とガイ副店長に任せている。ハルは小さい頃からランスさんの仕事を手伝ってきただけあって、店を回すのが非常にうまい。俺の出る幕、まったくなし。平和である。
「ご主人様、見事なニートっぷりですわね。大丈夫、どんなにぼっちで役立たずでも、私はずっとそばにおりますわ。」
「おとーさんがずっといっしょ!うれしー!」
なんか、失業したみたいになってる・・・。むしろ成功したはずなんだけど。そろそろ何か、新しいことを始めようかな。なにせこの町にはハッキングしたくなるものがないので張り合いがない。冷凍前は自宅から一歩も出ずに、いろいろなシステムに侵入することを生きがいにしていたのだ。そもそもこの世界には公共のネットワークがないしな・・・。そうか、ないなら作っちゃえばいいんじゃないか?
俺が新しい悪だくみの構想を練っていると、突然大きなサイレンの音が響いた。町中のあらゆるスピーカーから音が出ているようだ。明らかに異常事態である。
ナナを連れてランスさんの家に戻ると、ハルとガイも同じように戻ってきたところだった。
「ハル、ガイ、これなに?何の音なの?」
「アニキ、ヤバイッス。これは『洪水警報』ッスよ!」
「こうずい?雨なんて降ってないのに洪水が起きるの?」
「違うよにーさん。洪水ってのは水じゃなくて、野生のナマモノが濁流みたいな大群で攻めてくることをいうの。」
「・・・なんだって?」
いまいち状況を飲み込めず混乱しているところに、ランスさんがやってきた。
「おう、全員いるな。5年ぶりの洪水だ。治安維持部隊の話では、どうやらジャーモンキーが1000匹ほどの群れで、東から来ているらしい。こいつは普段の洪水の倍ぐらいいるってことだ・・・相当やべぇ。あと30分ほどで町から見えるんだと。」
「ジャーモンキー?」
知らない単語がまた出てきた。どんなナマモノだろう。
「ああ、にーちゃんは知らねえか。炊飯器とか電子ジャーっていう、メシを炊く機械に手足がついたナマモノだよ。動きが早くて力もあるし、人を喰うんだ。」
ああ、あのサルか。食われたことあります。
みんなから聞いた話を統合すると、こうだ。何かの理由で大量発生したナマモノが、食料を求めて大移動するのが「洪水」と呼ばれる現象。数年に一度、町は洪水に襲われることがある。襲ってくるナマモノの種類はいつも違い、炊飯器が攻めてくることもあれば、電子レンジが攻めてくることもある。これから戦える人間は町の外壁に集まり、銃を手にとって戦う。そうでない人は地下のシェルターに避難する。負けたら町は終わり。わかりやすい。ジャーモンキーは動きも早く、小型のために攻撃しづらいのでかなり脅威らしい。確かにあいつは厄介だった・・・。ふと足元を見ると、クロが嬉しそうにシッポを振っている。なにを喜んでるんだお前は。
「それじゃあ武器をトラックに積めるだけ積んで、外壁に向かうぜ。急ぎな!」
みんなでランスさんの店にある武器を片っ端から積み込んだ。だが町を囲む外壁に向かう前に、俺にはやることがありそうだ。
「みんな、先に行っててください。俺は後から合流します。」
俺の突然の発言に、みんなは驚いた様子だった。だが、不思議と止める人間はいない。
「アニキ、こっちはアニキが来るまで持ちこたえてますから、前みたいに不思議な呪文でガツンとやっちまってくださいよ!期待してるッス!」
「ご主人サマ、ノチホド。ランスさん、デカイ銃をくだサイ。」
「おとーさん、あとでねー!」
「・・・にーさん、早く来てね。アタシ、なんでかわかんないけど、にーさんならなんとかしてくれると思ってる。」
走り去るトラックを見送り、俺はプラズマライフルの林に向かう。もう避難する人もいないのか、通りに人影はない。俺は服に搭載された運動サポート機能で車のように速く走り、あっという間に林に到着した。そのまま2メートルの塀をジャンプで飛び越して、林の中に着地する。
「マキちゃん、ネコでいいかな?」
「はい、後で売れるものがいいでしょうね。終わったあとの処理で困りますから。」
そしてマキちゃんはコマンドを実行した。プラズマライフルの林、初のフル稼動だ。
その頃、足の早いクロがトラックを追い越し、先に外壁に到着した。外壁にはすでにたくさんの人が迎撃の準備を始めていて、突然現れたクロに驚く。しかし、クロの身体にランスの店のステッカーが貼ってあり、またクロのことを知っている人も少なくないので(外壁にいるのは、武器をよく使う人たち・・・ランスさんの店をよく利用する人たちばかりだ)、驚きはすぐに収まる。
クロはその優れた視覚センサで、肉眼では見えない距離にいる敵群の観察を始める。視覚センサ、音響センサ、熱センサなど、あらゆるセンサ類をフル活用して、はるか地平のかなたにいる敵を探った。敵の種類はほぼジャーモンキー・・・炊飯機ザルで間違いない。少し違うものも混じっているようだが、誤差の範囲だ。問題はその数。ランスは1000匹と言っていたが、明らかに多い。推定でも・・・5000匹はいる。外壁に集まっている人間は今のところ112名、もう少し増えるだろうが、数の差は圧倒的だ。これは・・・相当に・・・撃ち放題だな。クロは迫り来る狩りの喜びを隠しきれず、シッポをブンブン振った。それを見ていた傭兵らしい男が、隣で銃の手入れをしている仲間に言った。
「おい、あのワンちゃん、なんか喜んでないか・・・?」
「そんなわけないだろ・・・。それにしても、前回のホームベーカリーラビットの時はやばかったんだよなぁ。500匹だったっけ?治安維持部隊が半分以上殺られて、ふんわりと焼き上げられたらしいぜ・・・外壁もあと少しで突破されそうだったもんな。」
「俺、前回は出稼ぎ行ってて参加してねーんだ。そんなにやばかったのか。今回は1000匹だろ?死ぬじゃん?」
「かもなぁ。だから他の傭兵連中はみんな逃げちまったかな。いまいち人の集まり悪いよなぁ。俺も逃げればよかったかなぁ。でも、この町を出てもやることねーしなぁ。」
「ここはいい町だよな。この町のために命を賭けるのも悪くねぇ・・・悪くねぇよ。こんな俺でよければ、いっちょ死んでやるさ。なぁ!」
「おうとも!男はいつだって命がけだぜ!」
2人の会話を聞いて、クロは身震いした。人の集まりが悪い・・・!っということは・・・さらに撃ち放題だ!もうシッポをちぎれんばかりにブンブン振ってしまう。
「おい、あのワンちゃん、すげぇ喜んでないか?」
「そんなわけないだろ・・・そんなわけ・・・なんだ、なんであんなに楽しそうなんだ?」
クロは待ちきれないといった風情で2人の男を見ると、思わず背中の大口径プラズママシンガンを展開してしまった。嬉しすぎて飛び出した感じだ。クロの背中に出現した巨大で凶悪な武器を見た2人は、顔を見合わせて言った。
「なんか・・・命、かけなくてもよさそうだな。」
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