ネコにしとけば間違いない
「やっぱりネコだな。とりあえずネコにしとけば間違いない的なところがあるじゃん?」
今、俺はプラズマライフルの木で生産できる自立兵器の中から、売り物にすべき機種を選んでいた。ガイの意見は実に的を射ている。この世界は危険な機械や野盗など、出会ってしまうと即人生終了な存在が多すぎる。戦えない人が自衛するための安価な自立兵器を売り出すというのはとても良いアイディアだと思った。
「ヘビや昆虫タイプよりも好まれやすいですわね。鳥やコウモリのような飛行タイプもございますし、バリエーションを徐々に増やしていってもよろしいかと。」
マキちゃんにプラズマライフルの木から生成できる自立兵器のリストを出してもらったところ、思ったよりずっと多彩だった。ヘビやサル、カエルやトカゲに鳥、ハムスターにリス・・・ちょっとした動物園が開けそうだ。それに動物ごとに武装も細かく変えることができる。たとえばクロのような戦闘用のイヌでも、プラズママシンガンじゃなくてレーダーやカメラを付けたり、もっと強力なロケットランチャーを装備させることもできるようだ。もっとも、自衛のため以上の兵器を売るつもりはない。クロぐらいの戦闘能力だと強すぎて問題になると考えるべきだろう。
「よしマキちゃん、さっそくネコを1匹生成してくれ。武装は最低限だ。」
「承知いたしました。私としてはイグアナタイプが良かったのですが・・・まぁ万人受けしませんわね。1分以内に完了いたします。」
「参考までに聞くけど、イグアナのどのへんが好きなの・・・?」
「ご主人様に似て、何を考えてるのかわからないところですわ。」
「ああそう・・・。」
「きゃあああああああ!!!なにこれかわいいいいいいい!!!」
突如として、ハルの叫びが木々を揺らした。見れば林の向こうから、小さな影が駆けてくる。それは真っ白いボディの、小さなネコ・・・ネコ型ロボットだった。全体的に俺が知っている大人のネコより小さい感じで、仔猫のようにも見える。
「おとーさん、かわいーね、このこ!ナナもかいたい!」
白いネコはスルリと滑らかな動きでナナとハルの間ををすり抜け、俺の隣、日当たりのいい場所に座った。本物のネコのような動き。撫でてやるとメタル感バリバリのクロと違い、表面の質感は柔らかい。マシュマロか、ワタの詰まったぬいぐるみでも撫でているようだ。ゴロゴロとノドを鳴らしている姿はまさにネコそのもの。
「マキちゃん、これ、愛玩用のロボットじゃないの・・・?」
「その意味合いもなくはないですが違いますわ。これは街に放って事故や犯罪を監視し、必要とあらば犯罪者を無力化することを目的としたロボットです。平時は普通のネコのように過ごして街に癒しを与えるのも仕事の1つです。」
「変わったナマモノッスね・・・。初めて見たッス。全然強そうには見えないッスけど。」
ちなみにハルやガイはネコを知らない。というかおそらく、この世界の人は動物というものを知らない。野生のジープとかトラクターとか人型ロボットが生息しているのだから無理もないが。ガイの感想に、マキちゃんが答える。
「クロと同じ合金製のシャーシを、防御力の高い皮膜と人工筋肉でカバーしています。実弾兵器、光学兵器ともに高い耐性を持っていますわ。武装は最低限ということでしたので、近接兵装のマイクロウェーブカッターを牙と爪に搭載しているだけですが、護身には十分すぎるかと。」
あまりピンとこない。どれくらい強いんだろう。ハルも同じ疑問を持ったのか、マキちゃんに質問する。
「聖霊様、いまいちどれくらい強いのかわからないです・・・。クロよりは弱いんですよね?」
「そうですね、状況にもよりますが、クロよりは戦闘能力が低いと言っていいでしょう。しかしこの間ハル様とご主人様が襲われた野盗の群れ程度なら、この子1匹いれば無傷で無力化できますわ。」
近づいて撫でようとしていたハルの動きが止まり、そっと俺の後ろに隠れる。っていうか俺も隠れたい。こいつヤバイじゃん。ネコはひとつ大きなアクビをすると、俺を見て「ンナー」と鳴いた。俺にはライオンの唸り声に聞こえる。
「怯える必要はございませんわ。クロと違って気まぐれなところはありますが、基本的に自分から攻撃することはありませんし、高度な状況判断能力と倫理観を備えています。犯罪行為には絶対に加担しませんし、弱者を守ることを第一に行動します。」
マキちゃんの言葉を疑うわけではないが、いきなり売り出すのは不安だ。というわけでテスト期間を設けることにした。ナナをネコの主人にして、一緒に生活させてみたのだ。産まれたばかりのネコは俺を主人に設定してあるので、ネコに向かって「今日からお前の主人はあそこにいるナナだぞ」と口頭で伝えただけだが、ちゃんと理解したようだ。もしなにか問題が起きても、ナナなら一瞬でネコを無力化・・・無力化というか消し炭・・・にしてくれるだろう。
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1週間経った。
ネコはまるで問題なく、ナナと一緒に生活している。ある時は屋根からナナを見守り、ある時はテーブルの下に、一緒に駆けまわってた遊んだかと思えば、ナナに呼ばれても我関せずという顔で昼寝していることもある。まさにネコらしい気まぐれさだ。意外にもクロと相性がいいらしく、よく一緒に昼寝したり、クロの頭の上に乗ってくつろいでいる姿もよく見かけた。ナナもすっかりネコを気に入って「シロ」と名前をつけ、首輪も作ってやった・・・これにはランスさんが協力してくれた。ランスさんはあまり関心がなさそうに見えて、実はむちゃくちゃナナを可愛がっている。ハルの小さい頃を思い出すのかもしれない。
事件はひとつだけ、起きた。
ある日の午後、いつものように土いじりの仕事をしに行ったナナからマキちゃんに、緊急通信が入った。慌てて駆けつけると、そこにいたのは血まみれで倒れている知らない男と、それを棒で突っついているナナ、血を浴びて真っ赤に染まったシロ。
「あのね、しらないおじさんがナナのうでをぐいーーーってひっぱったの。ナナがやめてっていってもやめてくれなくて、そしたらシロがおじさんをかんじゃったの。」
「よしよし、ナナはなんにも悪くないぞ。無事で良かった。」
「こわかったよーーー!おとーさん!」
要するに、ナナを狙ったクソロリコンクソ変質者をシロが粛清したのだろう。さほど怖かった感じもなく甘えてくるナナを抱きしめて、シロを見る。満足げに血で汚れた前足を舐めている・・・こわい。コイツには手加減とかいう概念はなさそうだ。見れば変質者の頭と腕は綺麗に胴体から切り離されていた。
「ご主人様、いかがいたしましょう。これより弱い武装はネコタイプにはございませんが・・・。」
「いやいやそれより、この死体をどうするかが先じゃない?絶対これ過剰防衛とかだよこれ」
「それは適当にクロに埋めさせるので問題ありませんわ。プラズマライフルの木が骨まで分解・吸収いたします。」
美しく笑って、マキちゃんが言った。この人もこわい。
「おとーさん、このひと、じゃまなの?ナナがプラズマでしょうめつさせよっか?」
可愛らしく首を傾けて、ナナが言う。ウチの女性陣はみんなこわい。どこかに癒しはないのか。軽く見回すと、血まみれのシロが前足を舐めるのをやめてこちらを向き、口から鮮血を滴らせながら、どこか楽しげな調子で鳴いた。
「ンナー」




