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ウォーリー、大地に立つ

その32


「おとーさん、おかえりなさい・・・あのね、せっかくロボットのからだをみつけたのに、ナナ、ばらばらにしちゃった・・・。」


俺がナナたちのところに戻ってくると、浮かない顔をしたナナがハルとガイに慰められているところだった。どうやら敵のサイボーグを木っ端微塵にしたことを気にしているらしい。


「ナナ、そんなこと気にしなくていいんだぞ。みんなを守ってくれてありがとうな。」


頭を撫でてやると、ナナはとたんに表情を明るくして俺に飛びついた。


「ナナ、がんばったよー!たくさんてっぽうのたまをとめて、わるいひとにぐーパンチしたの!」


ぐーパンチ・・・。かわいい響きだけど、戦闘用サイボーグの身体を木っ端微塵に吹っ飛ばしてるからな・・・俺の知ってるぐーパンチのレベルじゃないんだろうな・・・。


「それにな、ナナ。おとーさんはしっかりロボットの身体を手に入れてきたぞ。」


俺の後ろには、ケガをしたクロを大事そうに両腕で抱えたサイボーグが立っている。頭の部分は・・・ない。頭のないサイボーグの身体をマキちゃんがコントロールしているのだ。


「にーさん、クロはどうしたの?ケガした?」


「それにアニキ、その頭のないサイボーグはなんスか⁉︎っていうか頭は?サイボーグの頭は?」


ハルとガイが次々と質問を浴びせてくる。


「ええっと・・・クロはケガしてるけど大丈夫。自己修復機能で治る範囲だから、安静にしてれば明日には治るらしいよ。サイボーグの頭は・・・置いてきた。」


「「置いてきた⁉︎」」


2人の声がハモる。そう、置いてきたのだ。サイボーグの頭と身体はいつでも交換できる仕様になっており、割と簡単に分離できる。これはダメージを受けた兵士をすぐに戦場へ復帰させるために必要な機能だ。分離した生身の頭は首のあたりに超小型の生命維持装置が内蔵されており、頭だけで放っておいても1ヶ月ぐらいは死なないらしい。もちろん死なないといっても体がないので何もできないし、なにかに襲われればそれまでだ。敵の身体をハッキングした俺は、無抵抗の人間にトドメを刺すのもなんか嫌だったので、取り外した頭を岩かげにそっと置いてきた。去り際にブツブツ言っていたのでよく聞いてみると、「あーたーらしーいーあーさがきたー」とか言っていたので、早くも発狂していたのかもしれない。意外とメンタルの弱いヤツだった。


「この危険な荒野に動けない状態で放置・・・!?それって、むしろトドメ刺すよりエグくないッスか・・・?マジパネェッス。さすがアニキッス。」


ガイがなにか恐ろしいものを見るような目で俺を見る。なんだよ。そもそもお前のせいでこんな目にあったんだぞ。俺なんて攻撃されたときに車外に投げ出されて脳みそ飛び出したんだからな。もう治ったけど。


それから俺たちは付近を捜索して、サイボーグの兄弟が乗ってきたと思われるトラックを見つけた。俺たちが乗ってきたジープは横転して岩に激突したため、走行不能になっていたのだ。見つけたトラックは非常に状態がよく、とてもパワーのある改造車だった。しかも荷台には色々な武器や高価な工具がたくさん積んであり、明らかに丸儲けしちゃった感じだ。全部売り払って新しいジープを買ってもいいし、このままトラックを自分たちが使ってもいいだろう。運転席と助手席にガイとクロ、荷台にオレ、ハル、ナナが乗り込んで町に帰った。人型ロボットの群れには遭遇できなかったが(そもそも教えられた狩場が嘘だったんだろう)、サイボーグ用のボディは手に入った。少し手を加えれば、ウォーリーの身体として使えるはずだ。


町に帰ると、まだ昼を過ぎたところだった。ランスさんがトラックを見て、「なんだ、おんぼろジープがホットロッド風のイカしたピックアップトラックにパワーアップしてやがる…ちょっと乗っていいか(重低音ボイス)?」と聞いてきたので、貸してあげた。パワーのあるエンジンがクソやかましい音を出すので俺は嫌いなのだが、ランスさんは「ゴキゲンなエギゾーストだぜ・・・こいつは最高だな(重低音)」と言っていた。ああいうトラックが好きらしい。ウキウキしながら運転席に乗り込む筋肉おじさんはちょっと可愛かった。ちなみにガイは殺し屋兄弟を雇ったハンターを探しに行ったが、すでに町を出ていたのか発見できなかったそうだ。


みんなで軽く昼食をとってから、ウォーリーの改造作業を始める。


まずウォーリーの機体から頭部を外す。ウォーリーの頭は真っ白四角く、まるで豆腐のようだ。真ん中にアイカメラが付いている以外は完全にのっぺりとしている。頭部の取り外しには専用の工具が必要で簡単には取れなかったので、ナナに優しくもぎ取ってもらう。胴体はもう使わないので首の根元部分を少し壊すと、綺麗にもぎ取ることができた。ナナは指先から超高温のプラズマパルスを放射できるので壊した部分は最低限度だし、見た目もキレイだ。無事なパーツは多い方がいい。なにかに使えるかもしれないし、高く売れるかもしれない。他の使い道もあるかもしれない。


「おとーさん、からだのぶぶんであそんでもいい?」


ほら、さっそく使い道が見つかったぞ。


「ああ、いいよ。気をつけてな。」


「わーい!はたけにうめてくるーーーー!」


「ちょちょちょ、やっぱちょっと待って!」


次に外した頭部からケーブルを引っ張りだし、サイボーグ用ボディにドッキングするためのコネクタを取り付ける。このコネクタはラッキーなことに、パクってきたトラックに積んであった。見た目は電球の根っこの金具部分にそっくりである。サイボーグ兄弟の予備部材だろう。俺はそこまでロボット工学の知識も技術もないが、ナナとマキちゃんは別である。彼らのような高級アンドロイドには、緊急時のためにロボット工学の基礎知識がインストールされている。簡単な故障なら自分で修理することができるし、他のアンドロイドやロボットをメンテナンスすることもできる。俺はマキちゃんと相談しながらケーブルを確認し、コネクタと接続してみる。完成度を高めるために簡単な溶接が必要だったので、これもナナに指先からプラズマを出して溶接してもらった。うちの子、なんでもできるな。完成したウォーリーの頭は大きな四角い電球、といった感じ。白くて四角い箱に、電球の根っこが付いている。


「アニキ、ロボット職人みたいなことまで出来るんですね・・・!マジハンパねぇッス。パンチがロケットみたいに飛び出すようにできますか?」


「なにそれ・・・何に使うんだよ・・・?」


「いや、こういうツクリモノのロボット同士を戦わせる競技があるんスよ。飛び道具は禁止なんスけど、身体の一部を飛ばすのはギリギリオッケーなんです。」


なにその競技、楽しそう。今度で詳しく聞いてみよう。


「クロ、痛いところなーい?ネジとか食べる?」


声の方をみればハルが、日当たりの良いところで横になっているクロに話しかけている。ちなみにクロは時々、小さい金属片や普通の食べ物を食べる。プラズマ燃料に転化したり、傷ついたボディの修復に使用するそうだ。頭だけハルの方に動かし、口にネジを放り込んでもらっている。しっぽがのんびりと振られていて、完全にリラックスしているのがわかる。・・・あいつ、マジでハルのことを主人だと思ってないか。


「ご主人様、あとは物理的に頭部をボディに搭載するだけですが、念のために記憶の方も改ざんしておきますわ。ご主人様の詐欺師トークのボロが出て、ウォーリーのAIに論理不整合が起きたら大変ですので。しばらくお待ちくださいな。」


「詐欺師トークじゃなくて会話によるハッキングだってば・・・。そういう言い方するとみっともなく泣きだすよ?本当だよ?」


マキちゃんが黙って自分のホログラムを消すと、ウォーリーのアイカメラが何度か赤くチカチカと点滅した。無線接続での記憶改ざんが始まったようだ。AIの記憶改ざんは人間の脳みそを直接いじるような作業である。少しのミスでも致命的なバグを引き起こすことがあるし、修復不能な論理的ダメージを与えてしまう可能性もある。あまりにも難しいので、天才ハッカーたる俺でも不可能に近い。しかし同じAIであるマキちゃんの手にかかれば、眠っているAIの記憶改ざんなど造作もない。といってもAIなら誰でもできるわけでなく、これはハッキング歴400年のマキちゃんだからできるスゴイ技だ。実はマキちゃんのほうが俺よりハッカーとして格上のような気がしないでもないが、そこをはっきりさせても良いことはないので黙っていよう。ほんの1分ほど待つと、ウォーリーの目の点滅が止まった。


「記憶の改ざんが完了しました。前の管理者からご主人様へ、ウォーリーの目の前で管理者権限の引き継ぎが終わったことにしましたわ。また先日のビル内での詐欺師トーク関連はなかったことにしました。続いて物理的なボディへの搭載を開始します。」


「だから詐欺師トークっていうのやめ」


俺の話を華麗にスルーして頭のないサイボーグの身体が歩き出し、ウォーリーの頭を両手で掴んだ。マキちゃんがコントロールしているのだろう。そのまま頭を両手で真上に掲げると、一気に身体に押し込んだ。ガション!という小気味良い音とともに、頭と身体が接続される。頭が豆腐で身体がムキムキボディの怪人が出来上がった。


「頭部とボディの接続状態は良好ですわ。ウォーリーの起動を開始、身体のコントロール権を引き渡します。」


ウォーリーの一つ目に赤い光が宿る。初めて出会った時のことを思い出して、少しだけ身震いした。万が一暴れだしても今はナナがいるから一瞬で無力化してくれるに違いなく、心配する必要なんてないのだけど。少し待つと、ウォーリーが俺の方を見て言葉を発した。


「ご主人サマ、おはようございマス。ハードウェアの大幅な変更を検知しマした。動作テストを行いマス。」


そう言うが早いか、ウォーリーは派手に転倒した。受け身のウの字もない見事な転びっぷりである。


「お、おい、大丈夫か?」


「・・・失礼しマした。脚といウものについテ、基本的なドライバすら搭載されテおりマせんのデ・・・しばらくお待ちくだサイ。」


地面に転がったままの姿勢でしばらく脚を動かしている・・・たぶん、コントロールに必要な情報を集めているんだろう。身体が結構大きいので、モゾモゾ動く姿はなんだか気持ち悪い。3500年も天井からぶら下がってたのに、いきなり脚が生えたら戸惑うよな・・・。1分ほどそうした後、ウォーリーは突然立ち上がり、ウロウロと歩き出した。まるでロボットのモノマネをしている人間のようにぎこちない動きだ・・・が、一応ちゃんと歩いている。


「歩行デキるようになりまシタ。慣れるにつれテ、より自然な動キになルと思わレます。」


俺とマキちゃんの手でウォーリーが歩くためのプログラムでも作ってやらないといけないかと心配したが、必要なさそうだ。思った通りウォーリーは優秀なAIである。3500年もぼっちだったのにコミュニケーション能力もしっかりしていたし、すごくできるヤツだと思っていた。期待通りだ。


「ウォーリー、はじめまして。私はマキ。ご主人様に仕えるAIです。わからないことがあれば、私に聞いてください。」


ホログラムのマキちゃんがあいさつする。ウォーリーはそれをまじまじと見つめて言った。


「ウォーリーと申しマス。よろしくお願いいたしマス、奥様。」


「・・・なんだって?」


思わず聞き返してしまった。なにをどう見れば、この状態のマキちゃんを俺の奥さんだと判断できるんだ?実は本当にバグってたんじゃないだろうな。俺の知らぬ間にマキちゃんがそう言うように仕込んだのかと思ったが、違うらしい。というのも、マキちゃんはいまだかつて見たことないほどに目をキラキラさせて、ついでに顔を真っ赤にしている。


「・・・ふ、ふふふ、ふふふふふ。ウォーリー、あなたはなかなか見る目がおありですわね!ふふふふふ!」


いやいや笑ってないで訂正してよ。マキちゃんは今にも小躍りしそうなほどに喜んでいる。だが俺が喋る前に、いつの間にかナナがウォーリーに話しかけていた。


「ウォーくん、おはよう!わたしはナナ、おとーさんとおかーさんのこどもの、ナナだよ!」


「ナナ・・・お嬢サマ。ウォーリーです。よろしくお願いしマス。」


同じ立場のAI同士なのに、ウォーリーが着々と執事的ポジションに収まろうとしている。なんだこれ。いやいや君たち同僚だからね。なんだこれ。


ナナはさっそくウォーリーに飛びついて、肩車させている。おいおい、まだウォーリーの身体のコントロールは赤ちゃんレベルだぞ。無茶苦茶フラついてるじゃないか。あと色々と見えそうだから、ワンピースのときに肩車はやめなさい。そんな様子を眺めていると、ウォーリーはナナを肩車したまま俺の方に歩いてきた。


「ご主人様、我はなんの仕事をしたら良いのでショウ?ご主人様をお守りすればよいでスカ?」


そうだ、別にナナの遊び相手のために改造したわけじゃないのだ。横になっているクロにネジをあげたり、頭を撫でてやるのに忙しそうなハルに声をかける。


「にーさん、なあに?・・・あっ!ウォーリーくん、無事に動いたんだね!」


「そうなんだ。というわけでハル、こいつに店番の仕事を教えてやってくれ。」


「そっか、そうだね。とーさんが帰ってくる前に一通り教えてあげるね。きっとビックリするよ。これで私も気楽に店をほったらかして出かけられるね。」


「ハルさま、よろしくお願いしマス。」


ウォーリーが丁寧にお辞儀をして、ナナが落っこちそうになりながら楽しそうに笑った。これで店番の問題も解決だ。今回も色々あったけど、予定通りに片付いて大満足である。達成感に包まれながら店の方に歩いていくハルとウォーリーの背中を見ていると、ふいにウォーリーが振り向いた。


「ご主人サマ・・・ひとつうかがってもよろしいでショウか?」


「ああ、なんだ?」


「ハルさまは・・・愛人でスカ?奥様公認の?」


やっぱりバグってるわ、こいつ。


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