クロとサイボーグ
「ぐるるるるるるるるる」
クロは狙撃手を見つけ出すため、ゴツゴツとした岩山を走っていた。周囲の地形はひどくデコボコしていて、狙撃手が隠れられそうなポイントがいくらでも存在する。だがそれは同時に、自分が隠れながら移動するにも都合が良いということでもあった。
クロは犬らしい見かけの通り、索敵能力に優れたロボットである。嗅覚、聴覚、さらに熱や電磁波を可視化することができる視覚。優れたセンサー類をフルに活用して敵を見つけ出し、攻撃を受ける前に圧倒的な火力で殲滅する。それがクロの基本的戦術である。
そのため、今回のような状況・・・隠れる場所の多い岩山で、狙撃手を見つけ出して叩く・・・という状況は、クロにとって最高の舞台といえた。クロの小さなボディは身を隠すのに最適で、搭載するセンサー類は隠れた敵を見つけ出すのに極めて有効である。どんな相手だとしても確実にアドバンテージが取れ、負ける理由がない。それがこの戦場であった。
クロは全くの無音で移動し、すべてのセンサー類を全開にして敵の居場所を探る。一刻も早く敵を倒さないと、置いてきたナナとハル、あとケーブルなんとかという人間に危機が訪れるかもしれない。乗り物から振り落とされたご主人も少しだけ心配だ。
その時、クロの熱感知センサーに反応があった。右前方70メートルの位置、大きな岩の後ろに熱源がある。この周辺にナマモノの気配はほとんどなく、これまでに大きな熱源というものは一切なかった。クロの戦闘アルゴリズムは、それを探していた敵だと断定した。一瞬で背中のプラズママシンガンを展開し、熱源を狙う。クロのプラズママシンガンなら、岩を紙のように貫通して敵を蜂の巣にできる。射撃開始。
勝った。クロが確信した、次の瞬間。
「残念、あれはダミー熱源だよ、ワンちゃん。」
後方、わずか3メートルの位置から人間の声。熱も音も何も感知できなかった。振り返って攻撃しようとしたが、その時にはすでに遅い。クロの頭上で何かが爆発する。
AIに激しくエラーが走り、身体の制御が乱れた。クロの意識はかろうじてブラックアウトを免れたが、エラー修復のため数秒間完全に意識が真っ白になる。
爆発したものはEMP手榴弾。強力な電磁パルスを発生させ、電子機器にダメージを与える兵器だ。軍事用兵器であるクロには電磁パルス対策が施してあるが、至近距離で爆発されればその影響は小さくない。ボディのコントロールに問題が発生してバランスを崩したところを、およそ生身の人間には不可能な威力で蹴り飛ばされた。メインフレームに亀裂が走る。エラーはさらに拡大。立っていられない。
「俺の存在に、毛ほども気づかなかったね・・・索敵能力が足りないんじゃねぇーの?」
クロは倒れたままどうにか頭を動かし、ノイズが走るアイカメラで敵の姿を捉えた。背中に狙撃銃を下げた大男・・・いや、これはサイボーグだ。おそらく隠密性能が高い、光学迷彩が搭載されたモデル。さらに悪いことに、自分のような自立兵器の相手に慣れた人間と推測される。
「俺は『ウィローブラザーズ』のブラック・ウィロー。よろしくな。・・・しかし、オレに蹴られてまだ動くなんて、なんとも頑丈なワンちゃんだな。できれば無傷で捕獲して高く売りたかったんだが。」
優勢指数が限りなくゼロに近づき、クロの戦闘アルゴリズムが導き出す作戦の上位候補に自爆攻撃が上がってきた。
「もう一発、EMPいっとくか・・・それでダメなら、もう頭を取っちゃうしかないな。」
サイボーグが近づこうとした時、クロはおよそ兵器らしくない行動に出た。犬らしい鳴き声で吠えだしたのだ。それも、力の限り全力で。乾いた岩山に犬の鳴き声がこだまする。これには敵も少し驚いた。ピンチになって吠えまくる自立兵器など、普通ではあり得ない。この手の戦闘経験が豊富なら、なおさらその異常な行動に対する驚きは大きいだろう。
「おいおい、どうしたんだそんなに吠えて。バグったか?心配するなよ、ちゃんと機能停止してくれれば優しく連れ帰ってやる・・・から・・・?」
その時、敵はようやく自分の身体に起きた異変に気がついた。
「・・・!?身体が・・・動か・・・ない・・・!?なんだ、ワンちゃん、何をした・・・!?」
「いや、俺だよ。」
衣服に搭載された光学迷彩を解除し敵の背後に姿を表したのは、誰であろうクロの主人、自称天才ハッカーである。
「ご主人様、遠隔アクセスによるサイボーグ体のハッキングが完了いたしました。そちらの方の身体は完全に私のものですわ。」
「ありがとうマキちゃん。・・・と、いうわけだ。もうお前の身体はお前の意思で動かすことはできない。首から上は生身だから、まだお前のものだけどな。」
サイボーグはどうにか首を曲げて、男の方を見ようとする。
「遠隔アクセス・・・だと・・・?なんだ、なにをしたんだ⁉︎どうなってやがる⁉︎」
「サイボーグは頭と身体の間に隙間があるから、遠隔アクセスしやすいんだよ。まぁこの世界にはハッキングっていう概念自体がないみたいだけど。・・・じゃあマキちゃん、試しにラズィオ体操でもやってもらおうか?」
「第一でよろしいですか?」
「もちろん。」
「ハッキング・・・だと・・・?なんだ、なぜ身体が勝手に動く・・・⁉︎」
男の首から上は青ざめ、滝のような汗が噴き出している。そんな生身の頭に関係なく、機械の身体の方は人類に古くから伝わる伝統の舞踊「ラズィオ体操」を開始した。まずは腕を前から上にあげて腕の運動である。
「知ってたか?クロは俺の存在に気づいたから、お前の気を逸らすために吠えまくってたんだぜ。賢いだろ。」
「なっ・・・そんなバカな・・・。」
当然だ、とばかりにクロが倒れたままワフッと吠える。続けて腕を振って脚を曲げ伸ばす運動。的確な動きを見せるサイボーグの身体に反して、首から上は完全にパニック状態だ。真っ青になり、口から泡を吹き始めた。
「わりと前からお前の後ろにいたけど、俺の存在に毛ほども気づかなかったな・・・索敵能力が足りないんじゃねぇーの?」
 




