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月光

「あとは、ここをこうして・・・もっとこうした方がいいか・・・?」


ここは俺の部屋。正確にはハルの家で物置として使われていた部屋である。今はすっかり荷物を片付けて、ベッドと簡易テーブルを設置してある。他には飾りや小物もなく、壁に小さな窓がひとつあるだけのシンプルな部屋だ。今は深夜2時ごろだろうか。電気も点けていない暗い部屋に、月明かりが差し込んでいる。


俺たちは日が落ちてからようやく町に戻った。回収した獲物の片付けもそこそこに、軽めの夕食をとって休むことにした。俺は特に疲れたりしないが、ハルはかなり疲れていたようで、食べ終わると早々に自分の部屋に戻った。これだけスリリングな1日はそうはないし、トラックでの移動も長かったから疲れるのも無理はない。部屋の小さな窓から、庭にウォーリーの身体が転がしてあるのが見える。大きすぎて置くところがなかったので、野ざらしになるが庭先に運んでおいたのだ。ウォーリーの白いボディが月の光を反射して、キラキラ光っている。


俺は今、遺跡から回収した高性能端末を使って作業に没頭していた。どうしても今日、やりたいことがあったのだ。部屋には俺がキーを叩くカタカタという音だけが響く。


ベッドではナナがデータ整理のための休眠モードに入って・・・要するに寝ている。アンドロイドに睡眠は必要ないが、特にやってほしいこともないので休んでもらっている。スースーと可愛らしい寝息を立てている様子は、どうみても人間の女の子だ。アンドロイドには呼吸の必要もないはずなので、これはひとつの演出に違いない・・・恐ろしくよくできている。マキちゃんは「なるほど・・・勉強になりますわ」と真剣に観察していた。なんの勉強なんだ。


クロは当たり前のように主人の俺を差し置いてハルの部屋で一緒に寝ているし、ガイは当然だが自分の家に帰った。去り際に「アニキ、それじゃあ、また明日!」と言ってたが、あいつ明日も会いに来るつもりなのか。なにしに来るんだ。


「もうこんな時間か・・・。」


俺は端末のキーを叩きながらつぶやいた。この時間になると、俺が呼び出さない限りマキちゃんは朝になるまで腕時計の中から出てこない。これはもう数百年前から俺との間に決まっているルール、お約束タイムである。「ご主人様にもイロイロあるでしょうから・・・イロイロ・・・ふふふ」とのことであるが、まぁイロイロあるにしてもないにしても、四六時中顔を合わせないほうがいいこともあるだろう。お互いに。


だが今夜はあえて、マキちゃんを呼び出すことに決めていた。どうしてもやりたいことがあったのだ。


「マキちゃんマキちゃん、ちょっといい?」


殺風景な薄暗い部屋に、美しいメイド姿のマキちゃんが出現する。部屋に光が満ちたように感じて、マキちゃんが言うところの「無味乾燥なご主人様の人生に、一雫の潤いを」という言葉が、案外的を射ているかもしれないと思った。お約束タイムにも関わらず、呼べばすぐに出てきてくれる。なんだかんだいってもマキちゃんは完璧なメイド型AIなのだ。


「お呼びでしょうか、ご主人様。このような夜更けに珍しいですわね。・・・自家発電のお手伝いですか?官能小説の朗読でもいたしましょうか?」


そんなこと未だかつて一度もお願いしたことねーだろ!思わずツッコミを入れそうになるが、ここで乗ってはマキちゃんのペースだ。抑えろ自分。


「ツッコミをお入れ頂いてもよろしいのですよ?・・・夜のツッコミをされたいというご要望でしたら、ちょっとボディがないのでお応えしかねるのが残念なのですが・・・。」


今夜のマキちゃんは下ネタがキレッキレだが、長い付き合いの俺にはわかる。いつものマキちゃんより、少し元気がない。窓から差し込む月明かりをホログラムが透過して、いつもより儚げに見える。手に入りそうで手に入らなかったボディのことで、相当にガッカリしたのは間違いない。


「いや、なんていうか、その・・・残念だったね。」


「・・・いえ、もともと私の希望に沿うようなアンドロイド用ボディが発見される確率は高くなかったのです。そうそう都合よく物事が運ぶとは思っていませんでしたわ。」


困ったような笑顔で、マキちゃんが言った。


「それに、ナナやウォーリーなど、収穫はたくさんございました。発掘も楽しかったですし、私にとっても有意義な1日でしたわ。」


「そっか・・・。」


いやいや、あなたが無茶をさせるから、俺は死にかけたんだけど!怖かったんですけど!・・・っといつものようにつっこみたいが、マキちゃんの笑顔に元気がないのでグッと言葉を飲み込んだ。毒気のないマキちゃんは苦手だ。儚い感じがして、普通の女の子にしか見えないから。


なんと声をかけたらいいのかさっぱりわからない俺は、思い切って端末のキーを叩いた。腕時計に、俺が作ったデータが瞬時にアップロードされる。するとデータはすぐに反映されて、マキちゃんの首元に、控えめにきらめくネックレスが現れた。


「ご主人様、これは・・・?」


「えっと、えとえとその・・・あの・・・アレだよアレ。新しい端末の使用感をテストするのに、ちょっとホログラム用の3Dデータを作ってみただけっていうか・・・あのあのあのあのあの」


そう、俺がせっせと作っていたのは、ホログラム用の3Dデータ。あまり大袈裟でない感じ(だと思う)の、メイド服でも違和感なく合わせられる感じ(だと信じる)の、ネックレスの3Dデータだ。マキちゃんは身体がないので、本物のアクセサリーを身につけられない。3Dデータとして作ってやれば、擬似的だがこうやって身につけることができる。我ながら良く出来てると思う。


「ご主人様・・・これを、私に・・・?ありがとうございま・・・。」


マキちゃんは声を震わせて言った。話しながら声がどんどん小さくなって、最後の方は聞き取れなかった。マキちゃんはうつむいて、肩を少し震わせている。


「あああああのあのあのあのあの・・・マキちゃんさん・・・あのあのあのあの」


どうしたらいいのかわからない俺は、思わずマキちゃんの肩に触れようとした。俺の指先はマキちゃんに触れることなくすり抜けて、なんの感触も残らない。ホログラムには触れない。当たり前のこと。


マキちゃんはパッと顔を上げると、綺麗な瞳でこちらを見た。月の光がホログラムを透過して、美しい彼女の顔をさらに輝かせている。俺は吸い込まれるように、その瞳に釘付けになってしまう。


「マママママママキちゃん・・・?」


「ご主人様・・・。」


マキちゃんはそっと瞳を閉じた。ゆっくりと顔を近づけてくる・・・その唇は濡れたように艶やかで、柔らかで、触れられないことを忘れて、俺はそっと・・・


「ご主人様・・・ドモりすぎて、キモイですわ・・・。」


「・・・えっえっえっ?」


マキちゃんはいつの間にか身体を離して立っていた。手には外したネックレスを持ち、それをじっと眺めている。


「ご主人様にアクセサリーデザインの才能があったとは驚きですわ!クソダサオタククソ野郎でいらっしゃいますのに、売っているものと比べても遜色ありませんわね・・・!これも、完璧で美しく、いつもご主人様に献身的な私への愛情のなせる技に違いありません!」


「それ、褒めてんの、けなしてんの?」


俺は唇をつきだしたマヌケな格好を正し、それから・・・なんというか、心から安心した。そうそう、クソを2回もつけるのがマキちゃんだ。いつものマキちゃんが帰ってきた。


「もちろん、全力でご主人様を賞賛しておりましてよ。うふふ。」


可愛らしく笑うマキちゃんはもう一度ネックレスを付け直すと、居住まいを正して、それから深いお辞儀をした。


「ご主人様、所有物たる私への過分なご配慮、まことにありがとうございます。大変ご心配をおかけし、申し訳ございませんでしたわ。これからも、私という全存在をかけて、ご主人様に仕えさせていただきます。」


「マキちゃん・・・。うん、これからも、よろしくね。」


お互いの顔を見て、自然と笑いが漏れる。2人の小さな笑い声が静かな部屋に響いた。月の光が静かに、優しく部屋に差し込んでいた。


笑いが落ち着いたころ、マキちゃんが真剣な顔で言った。


「ところでご主人様・・・官能小説の朗読でもいたしましょうか?」

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勇者様はロボットが直撃して死にました
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