奇跡
『ケーブル剥がし氏のことは、私にお任せくださいまし。ご主人様は引き続きコネクタカバーを外す作業をお願いします。』
そうだ、俺がコネクタカバーを外せばマキちゃんがグレートウォールをハッキングして無力化できる。ガイを運んできた警備ロボット、そのロボットの上で拘束されているケーブル剥がしのガイ、警備ロボットに質問をぶつける拠点防衛兵器「グレートウォール」、その兵器の後ろでドライバーを構える俺。カバーひとつ外せばこのカオスな状況も全てスッキリ解消だ。もう2度とネジを落とすようなミスはしないぞ。再度集中して、2本目のネジを外す作業にかかる。残りは3本。
「答えヨSEC-098。ここニ何をしに来タ?背中の人間ハなんダ?」
「・・・。」
「・・・質問へノ回答ナシ。残念だが攻撃サセテもらウ。さらばダSEC-098。」
警備ロボットに向けられたグレートウォールの銃口が火を噴こうとした瞬間、警備ロボットが言葉を発した。素直に「ハッキングされて無理やり来させられたんですー」と答えられてはたまらないので、これはマキちゃんが遠隔操作で喋っているのだろう。
「グレートウォールへ回答。ただいま不法侵入者を隔離区画へ輸送中です。通行許可を願います。」
グレートウォールは銃を下げ、話を続ける。いちおう仲間を撃つのは避けたいようだ。クソ真面目に1人で倉庫を守り続けているし、実はすごくいいヤツなのかもしれない。
「SEC-098、ここは貴重品倉庫であル。隔離区画は地下5階ダ。貴機は故障していル可能性アリ。不法侵入者を輸送のノチ、修理センターに行くコト。」
「ハイ、輸送任務完了後、メンテナンスを実行します。」
警備ロボットSEC-098はクルリときびすを返し、来た道を戻り始めた。グレートウォールも再び脱力し、目の光が消える。なんとかなったか・・・。警備ロボットごとぶち抜かれなくてよかったな、ケーブル剥がし。
ホッとしたのもつかの間、悪いことは重なるものである。なんと、気絶していたケーブル剥がしのガイ(笑)が目を覚ましたのだ。しかも手足の拘束をやすやすと引きちぎって、警備ロボットからのそのそと降りている。それも今地球上で最もホットで危険な場所、グレートウォールの目の前に。
「なんだ?捕まっちまったと思ったのに・・・。ふん、こんなもので俺様を縛れると思うなよ?」
『ご主人様、拘束に使用していた捕縛用テープが経年劣化していたようです。ガイ氏の1分後までの生存確率、0.000002パーセント。』
次の瞬間、グレートウォールの目に光が宿り、両腕の重火器がガイを正確に狙う。そして問答無用の閃光が走った。
「おっなんだこの穴。いいケーブルが見えてるじゃないか。」
人はこれを奇跡と呼ぶのだろう。ガイは地面に空いていた穴を覗き込むため、大きくかがんだ。さっきまでガイの上半身があった場所を、極太のレーザーが通過する。
嘘だろ。その場にいた誰もがそう思ったに違いない。目の前で発射されたレーザー兵器を避けるなど、およそ人間に可能なことではない。グレートウォールでさえ信じられないといった雰囲気である。驚きのあまり、本来なら即発射されるはずの2発目が放たれるまでに、数秒の間が生まれた。
「なんか、背中が熱・・・えっ?えっ?」
だがその奇跡も、ガイの命をほんの数秒だけ伸ばしただけにすぎない。改めて銃口がガイを捉え、確実な死をもたらそうとしている。
時間が止まる。状況を理解し、恐怖に引きつるガイの顔。まだ2本目すら抜けていないコネクタカバーのネジ。
さらばケーブル剥がし。お前のことは忘れない。
だが次の瞬間、俺は自分でも信じられない行動に出ていた。光学迷彩を解除し、思いっきり息を吸い込み・・・大きな声とともに吐き出す。
「待て、グレートウォール!俺の話を聞け!」




