ネジ
『ご主人様、ここまでは非常に順調ですわ。こんなにすんなりグレートウォールに接近できるなんて、ご主人様の存在感の薄さは筋金入りですわね。』
俺は今、グレートウォールの背後に立っていた。忍耐と集中力を総動員して、ようやくここまでたどり着いたのだ。たった20メートルほどの距離を進むのに、すでに30分は経過している。俺に肉体の疲労はないが、極度の緊張で精神の方はもうボロボロである。後は持ってきたドライバーで、グレートウォールの背面にあるメンテナンス用コネクタのカバーを外せば任務完了だ。・・・なんだか4本のネジを外すのが果てしない作業のように感じる。
『それではさっそく、カバーを外す作業に移りましょう。外すべきネジは4本です。間違っても、外したネジを床に落とされませんよう。音を立てたら即死だということをお忘れなく。』
『ああめっちゃ深呼吸したい・・・ハルたちはちゃんと待ってるかな?』
『ハル様たちには、エレベーターのコンソールを利用して、こちらの様子をリアルタイムにお伝えしております。それと、この距離で呼吸などすれば、間違いなく発見されて消し炭ですから絶対になされませんよう。』
それなら安心だ。しびれを切らしたハルとクロが、間違ってこちらの様子を見に来たらまずい。
とにかく集中だ。俺はポケットからドライバーを取り出し、目の前にある、4つのネジに注目した。さっそく1本目を回し始める・・・あれ、固いな・・・。
『ご主人様、外すなら左回しですわ。』
『わ、わかってるよ!』
ちょっと恥ずかしい。
空調がゴーゴーと大きな音を立てて動いている。むろん、音を探知される可能性を1%でも減らすため、マキちゃんがエアコンを最大出力で稼働させているのだ。
『よし、意外とちょろいぞ・・・ネジも固まってない。1本目、終わり・・・』
『ご主人様、ネジを受け止めてくださいまし!』
なんということだろう。ゆるめたネジはポロリと穴から抜けて、受け止めようとした俺の手もすり抜け、真っ逆さまに床に向かっていく・・・あ、これ死んだわ。なんか世界がスローモーションに見える。走馬灯まで見えてきた。・・・ハルのおっぱいの感触、ハルの緩い胸元、ハルのおっぱいの・・・最近のおっぱいの記憶ばっかりだな。まぁいっか。人生ってのはおっぱいそのものなのかもしれない。おっぱいおっぱい。
床とネジが接触して音を立てる瞬間、突如として俺が通ってきた通路の奥から大きなサイレンの音が鳴り響いた。グレートウォールが瞬間的に目を覚まし、銃を向ける・・・ヤツの銃口が向けられているのは俺ではなく、通路の方だった。・・・助かった・・・のか?
『ご主人様、付近にいた警備ロボットを通路の奥に待機させておきました。ギリギリセーフでしたわね。』
さすがマキちゃん。しかしそんな安全策があるなら前もって教えておいて欲しい。
『初めからお伝えすると、せっかくの緊張感が薄れてしまいますわ。ご主人様は大変自分に甘くていらっしゃいますから。』
余計なお世話だ。
サイレンの音とともに通路から姿を現したのは、さっき監視カメラに映っていたのと同型の警備ロボットだった。ロボットはサイレンを停止すると、グレートウォールの真ん前に進み出た。グレートウォールは警備ロボットをじっと見た後、口もないくせに声を発した。急に喋ったのでびっくりしてドライバーを落としそうになる。
「汎用巡回警備ロボット、識別コードSEC-098と確認。ここは最重要警備区画のひとつ、貴重品倉庫であル。こんなところでナニヲしていル?」
『こいつ喋ってるよマキちゃん!機械同士って、なんか無線通信とかでやりとりするんじゃないの⁉︎』
『通常はそうですが、通信回線からのハッキングを警戒して、インタフェースを口頭のみに限定しているようですわね・・・どこまでも慎重なシステム・・・クソチキン野郎でいらっしゃいますわ。』
マキちゃんに悪態をつかれているとは露知らず、グレートウォールは警備ロボットに質問を繰り返す。
「答エろSEC-98。なぜここに来タ。背中ノ人間はなンだ。答エなければ、攻撃を開始すル。これは最初で最後ノ警告であル。」
背中の人間・・・?みれば警備ロボットの背に、手足を拘束された人間が乗っている。それも明らかに見覚えのある人間だ。
『ご主人様、想定外の事態が発生したことをお詫び申し上げます。緊急で付近のロボットを呼び寄せた結果、ケーブル剥がしのガイ氏を輸送中のロボットを呼んでしまったようです。』




