終幕
「ひいじいちゃーーーーん!きょうはあるけるのぉぉぉぉぉぉ!」
自宅の庭を、元気な子ども達が駆け抜けていく。俺のひ孫たちと、近所の子ども達だ。その後ろを楽しげに付いて行くのは、イヌのクロとネコのシロ。
今日も陽射しは強く、どこまでも青空が広がっている。
コピーとの戦いから、60年が経っていた。
俺はあの戦いでナノマシンを失い、結局それを元に戻すことはできなかった。だから、俺はあの戦いが原因で死ぬんだと言える。まぁ、それは正直、どうでもいい。俺は長く生きた。ナノマシンを失って以来、めちゃくちゃ健康に気を使ったので、この世界では規格外とも言えるほどに長生きすることができたのだ。
俺たちは何度も話し合いを重ねた結果、世界を元に戻すことはしなかった。
いや、「まだしていない」というのが正しいだろう。コピーは今の文明か旧文明、どちらかを選べと言った。だけど、俺たちはそれを鵜呑みにすることはなかった。確かに今すぐできる方法としては、どちらかを選ぶことしかできないのだろう。だからといって、俺たちが最初から用意された選択肢を選ぶ必要はない。いずれこの文明でも技術が発展すれば、他の選択肢を産み出すこともできるようになるはずだ。他の星に旧文明を作り直すとか、今の文明と共存するとか・・・。納得できる選択肢がないのなら、自分たちで作ればいいのだ。
というわけで、今は世界を元に戻すことはしていない。今日も地上には荒野が広がり、電子レンジやトレーラーが弱肉強食の世界で食ったり食われたりしている。それが俺たちの選択だ。
あの戦いの後、100万人を越していたはずの人類が、20万人を切ってしまった。
俺たちは残った人類を一箇所に集めて町を作り、せっせと人類を増やす作業に勤しんだ。幸いにしてプラズマライフルの木を扱う技術があったから食料の問題はなく、ナマモノたちに生活を脅かされることもほとんどなかった。つまり、わりと平和だったのだ。
まぁ数年ごとに謎の地下文明が地上の覇権を握ろうと攻撃してきたり、太古に宇宙に逃げ延びた旧文明人たちが地上の環境を無理やり作り直そうとする事件が起きたりしたけど・・・。うちの奥さんたちにケンカを仕掛ければ、例え神様でも五体満足では帰れない。つまり、平和だったのだ。
だから、俺はこうして、歩くのに難儀するようなヨボヨボになっても生きていられるのだ。ああ、しかし腰が痛い。ちょっと座ろう。
日陰になっているテラスの椅子に座り、ぼんやりとする。俺も、そろそろかな・・・最近ちょっとボケてきた感じ、あるし・・・。
俺は、みんなのことを思い出す。
ランスさん。
ランスさんはあの後、奇跡的に生きていたエリスさん(覚えているだろうか、ネコの町の治安維持部隊の偉い人である)と再婚し、ハルに17歳離れた腹違いの弟、ガンスを作った。晩年は技術を動画や文書に残すことに力を入れ、今の銃職人たちの基礎を作った。
ガイ。
なんと、ガイもあの戦いを生き延びていた。人類の復興が始まるとすぐにまたネコの普及を始め、その後も人類の文化向上に努めた・・・っていうか遊びまくっていた。現在開催される祭りやイベントの多くは、ガイが中心となって始めたものばかりである。
ちなみに今でも存命で、相変わらず俺のことを「アニキ」と呼んで慕ってくれる。いい友人だ。
ウォーリー。
長年にわたって「ランス銃砲店」の店主を務めたが、ランスさんとエリスさんの子、ガンス君が30歳の時に店を譲り、孤児院を設立。イリスさんとともに沢山の子ども達を育て、今日までに800人近い若者を社会へと送り出した。彼はロボットなので実の子どもはいなかったが、ある意味では俺よりもずっと子沢山である。実際に「イリスの家」出身の子ども達はみんな、ウォーリーを父と呼んで慕っている。
イリスさんは15年ほど前に亡くなったが、最後までウォーリーとはラブラブだったようだ。当時から浮気しないどころか、今でも彼の首にかけられたロケットの中にはイリスさんの写真が入っていて、しかもしょっちゅう話しかけている。
イヌのクロとネコのシロ。
クロはあの戦いの後、すぐに主人を俺からハルに変更してやった。あの時の喜びようといったらない。喜びすぎて俺は少し傷ついたぐらいだ。その後、長くハルに仕えたクロだったが、ハルは亡くなる数日前に「これからは子どもたちを守ってあげて」と言い残していたので、その言いつけを守って今では俺たちの子孫にくっついている。主人はハルのままだ。亡くなっても、ずっとハルのままがいいらしい。
シロはナナの飼い猫なので、ナナの家で飼われている。といっても勝手に出歩くので、結局はいつもクロの頭の上に乗っかって寝ている。
エド。
彼はロボットになった。・・・ん、これじゃあ意味がわからないな。彼は17歳の時、脳の機能がどんどん失われていく難病にかかった。言葉がなかなか出てこなくなり、工具が持てなくなり、ナナは悲しそうに彼を支えるばかりだったが・・・ある日突然、元の天才に戻ってシャキシャキと歩き出したのだ。聞けば、脳の機能を補助するコンピュータを頭に埋め込んだのだという。
それから20年ほど経ったある日、エドは自分の生身の脳がとっくに死んでいて、補助コンピュータが彼の脳になっていることに気がついた。そこからは早い。生身の身体を捨て、ナナと同じアンドロイドとなった。
彼は天才科学者兼技術者として、とても紹介しきれないほどの功績を残し、それはまだまだ続いている。
ナナ。
ナナは15歳の時、エドと正式に結婚した。彼女の身体は大人になっていたが、これはもちろんエドが作ったものだ。ナナは科学技術について凄まじい勢いで勉強を重ね、今ではエドの立派な助手である。
エドとナナは呆れるほどのラブラブで、それは今でも変わらない。エドが生身だった頃は
食事、睡眠、研究、ナナ
というサイクルだった生活が、ロボットになった後は
研究、ナナ、研究、ナナ、研究、ナナ、研究、ナナ、研究、ナナ、研究、ナナ、研究、ナナ、研究、ナナ、研究、ナナ、研究、ナナ、研究、ナナ、研究、ナナ、研究、ナナ
に変わったぐらいか。ちなみに一度、ふたりの家にアポなしで遊びに行った時、寝室からどういうわけか「子ども時代のボディに入ったナナ」が出てきて、慌てて戻っていったことがある。なぜ寝室で子ども姿だったのかは・・・あえて聞くまい。
コピーとミン。
彼らには贖罪の道を用意したかったのだけど、正直言ってどうしたらいいのかよくわからなかった。結果的に、色々なことに挑戦してもらうことになった。
町の掃除、
イベントの警備、
お年寄りの介護、
町の治安維持、
炊き出し、
交通整理・・・
いつもミンとセットで、ボランティア活動のようなことをやってもらっている。ここ数十年はなにも口出ししていないが、ミンが主導で勝手に町の役に立ってくれているそうだ。コピーも最近では文句を言うことなく、自分からすすんで人と関わる仕事をするようになってきたのだとか。コピーとも、また話をしたいと思っている。
ハル。
ハルは、10年ほど前に亡くなった。ある日の夜に普通に寝て、次の日に起きてこなかったのだ。よくある話だが、とても悲しかった。泣きすぎて俺も死ぬところだった。
彼女は15歳の時にすぐ1人目を妊娠して、それから10年かけて、結局6人の子どもを産んだ。子育てに奔走しながら、町の維持拡大に必要な仕事を片っ端からこなしていった。子育ては大変だったが、うちにはハル以外にも睡眠が不要で疲れもしない最強のママが3人もいたので、みんなで協力して乗り越えることができた。
ハルが町に残した功績は大きく、彼女を慕う人間はとてつもなく多い。彼女の葬式はそれはもう盛大で、今ではなんとハル記念日というものが制定されているぐらいだ。この日には盛大なお祭りがあり、また大規模な射撃大会が開かれて、若者たちが腕を競っている。彼女と結婚できたことは、俺の誇りである。歳をとっても変わらず可愛らしく、美しかったことも明記しておこう。彼女は妻たちの中で自分だけが歳をとることをいつも気にしていたが、俺はまったく気にならなかった。ハルはハル、ずっと俺の可愛いハルだったから。なにせ俺は彼女が亡くなる前日の夜まで、彼女のベッドの上で・・・いや、この話はいいか。
サリー。
サリーも負けじと子どもを産んだが、ハルと同じ6人目を出産したところで、とりあえず満足したらしい。というか彼女の場合、相変わらず暴れるのが好きで、ハルに比べて肉体的に無茶する機会がやたらと多いので、無事に出産までこぎつけるのが大変だったのだ。忙しくなってきたのをきっかけに、出産を諦めたらしい。
現在は20年以上に渡って、この「人類最後の町」の長を務めている。歳を取らず私欲もなく、いつも純粋に人類のことを考えている彼女は、人々から絶大な支持を受けている。欠点があるとすれば、時々発生するナマモノとの戦闘に率先して出ていってしまうことぐらいか。先日はついに、10階建てのビルぐらいある巨大なナマモノを一刀両断していた。伝説は続くようだ。
レイ。
サリーとハルの子どもの面倒を見てくれたり、俺の身の回りのお世話をしてくれたりと予想外なほどに家庭的な面を発揮してくれた。
レイが本領を発揮したのは、子どもたちが大きくなった後だ。しばらく姿を見せなかったかと思えば、知らないうちにガイが作ったテレビ局の番組にアイドルとして出演し、瞬く間にお茶の間の人気をさらっていったのだ。
歌って、踊って、ドラマに出て、どこまでもマルチな活躍を見せていた彼女だが、挙句の果てにはテレビ局を占拠したテロリストをたった1人で殲滅したために、ありとあらゆる層から支持される国民的アイドルになった。
レイが人妻であることと、体重を誤魔化していることは俺たち家族だけの秘密だ。
ええっと、あとは誰がいたっけ・・・?
ふと気がつくと、隣に誰かが立っていた。太陽を浴びて輝く姿は何十年経っても変わらず美しく、俺は性懲りもなく見とれてしまう。
「やあ、マキちゃん・・・。」
「あなた。お加減はよいのですか?」
「んん・・・今日は、なんだか、いい調子なんだよ。ごめんよ、俺ばかりジジイになって・・・。」
「ふふ・・・いいのですわ。シワシワでヨボヨボのクソジジイになっても、私があなたを愛する気持ちは強まる一方ですもの。」
マキちゃんは、30年ほど前からやっと、「あなた」と呼んでくれるようになった。そうしないと、俺ばかり歳をとったせいで夫婦に見られないからだ。ジジイになって申し訳ない。
彼女はみんなを影からサポートしつつ、ずっと俺のそばにいてくれた。腕時計の中にいた時からずっと変わらない。それどころか、あの時よりも近くにいると思う。完璧で、美しくて、毒舌で、俺の大好きなマキちゃんだ。
マキちゃんと並んでぼんやりと空を見ていると、背後から聞き慣れた声がした。
「あら、あなた。今日はいい天気ね。」
「ダンナさまーー!サリーとレイが来たのですよ。」
座ったまま振り返ると、そこには変わらぬ姿のレイとサリー。我が妻たちは、みんな歳を取らないか取っても美しい。こんな女性に囲まれて生きるなんて、俺、なにかいいことしたっけ・・・?この疑問、2000000回目ぐらいじゃなかろうか。
「ああ・・・幸せだねぇ・・・。」
子どもたちがまた、目の前を駆けていく。太陽が暖かい。
俺の右手を、そっとレイが握った。
左手を、そっとサリーが握った。
両肩に、そっとマキちゃんの手が置かれた。
見上げると、青い空の中で、ハルが笑っているような気がした。
暖かい風が吹いた。
俺もそろそろだな。
「ああ・・・俺、ちょっと、寝るね・・・なんか、眠くて・・・」
次回、最終回です。