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初夜

※ 全 年 齢 向 け です。

「はい・・・鍵は、開いてるよ。」


ノックの音に答えて、俺は言った。ここは首都の端っこにあるビルの一室。とりあえずの我が家と決めたビルの中の、とりあえずと決めた俺の部屋である。・・・といってもベッドがひとつあるだけの、いつもどおりの殺風景な部屋だけど。


あの戦いから、1週間が経った。


戦いが終わったら、パーティーだ!なんて言っていた俺たちだが、そう簡単には行かなかった。なにせ人類の8割が死に、おまけに首都を含むほぼすべての町が【地獄の門番カニベロス】の群れに破壊されてしまったのだ。食べ物も水も身を守ってくれる建物さえも失った人間たちは、野生のナマモノにとって格好のエサである。


生き残った俺たちが最初にやるべきことはパーティーではなく、生存者をかき集めて、ひとりでも多くの人間を救うことだった。


というわけでこの1週間、まだ生き残っているネッコワークとプラズマライフルの木の力をフルに活用して遠隔地の人々を助け、ドラちゃんより遅いけど人がたくさん乗れる飛行機を修理し、飛び回って人々を一箇所に集めた。


そうして出来たのが、この首都の端っこにある集落である。首都の中心部はカニベロスによって無残に破壊されてしまったので、端っこの比較的無傷なエリアを人類の拠点としたのだ。


・・・いやあ、大変だった。主にサリーとマキちゃんが。俺?俺は背中のケガが微妙に悪化したのでずっと寝てましたよ。健康って大事だね。知らなかった。


そんなわけで、まだまだ救援活動は続いているものの、ようやく少し落ち着いたところである。


そんな落ち着いた夜も夜、こんな深夜に俺の部屋のドアをノックするのは・・・もちろん、ひとりしかいない。


「失礼しますわ・・・ご主人様。」


「ノックなんかしないで、勝手に入ってきてもいいのに・・・マキちゃん。」


マキちゃんは後ろ手にドアを閉めると、そのまま入り口近くに立っている。どうしたのかと思えば、彼女としては極めて珍しいほどにソワソワしながら、視線をキョロキョロと彷徨わせていた。


・・・緊張しているのだ。あのマキちゃんが。


そんな姿も最高に可愛らしいが、かくいう俺も「今日あたり、そろそろじゃん・・・?」とずっと思っていたので、実はずっと朝からソワソワしっぱなしである。


そう、今日は俺たち夫婦の・・・初めての、夜だ。


初めての夜。


略して初夜。


キャアアアアアアア!照れる!照れるわ!触手プレイはノーカウントよ!


「・・・マ、マキちゃん?えっと、あの、救助活動、お疲れさま。」


「いいえ、私があの程度で疲れることなどありません。疲れるまで何かをするのは、むしろこれからですから・・・ひゃっ、私、何を言ってるんでしょうか・・・。」


どうやらマジでマキちゃんがおかしなことになっているらしいし、そんなマキちゃんは最高に可愛らしい。ベッドに腰掛けたまま照れる俺、いまだ入り口に立って真っ赤になっているマキちゃん。


このままだと何もしないで朝になりそうなので、俺はマキちゃんを手招きして、ベッドの隣に腰掛けるように促す。マキちゃんはモジモジしながら、しかし素直にストンと俺の横に・・・脚が密着する程度の近距離に座った。彼女の体重でベッドが壊れるかと思ったけど、実に普通だ。きっと「絶対領域」の能力で体重を軽減させているのだろう。小出しにされる地上最強の能力。


わずかに触れるマキちゃんの体温。


ふわりと香る、彼女の匂い。


頬を染め、潤んだ瞳でチラチラと俺を見るその美しい横顔。


正直もう辛抱たまらん!いただきます!といきたいところだが・・・まだ、まだひとつだけ、俺は最後にやっておきたいことがあった。


それは恐ろしいことだが、かといってウヤムヤにしたままでは、俺はこの先ずっと、胸につかえを残したままマキちゃんと生きていくことになってしまう。それは嫌だ。


だから、俺はこの熱いパトスを抑え込まなければいけない。


「マキちゃん。」


「ひゃいっ!?」


マキちゃんはビクッと飛び跳ねた。どうしよう可愛い。パトス抑えらない。・・・いやいや落ち着け。


俺はそっと、ポケットから端末を取り出した。もちろんコピーを閉じ込めたものとは別の、新しく生成した新品の端末だ。


マキちゃんはそれを見て首をかしげる。


「ご主人様・・・その・・・私、初めては普通の感じがいいのですが・・・この端末を使ったプレイをご所望ですか・・・?が、が、がんばりますわね!」


「えっ・・・なにその高度なプレイ・・・いや、そうじゃなくて・・・。」


俺は大きく息を吸って、吐いた。そして彼女の目をまっすぐに見る。


「マキちゃんの『主人設定』を外そうと思う。」


「・・・!」


マキちゃんが息を呑んだ。


主人設定。


それは、メイドAIであるマキちゃんにとって、もっとも基本的で、根幹にある設定項目だ。マキちゃんは主人として設定された人間に絶対服従であり、逆らうことはできない。さらには自然と好意さえ持つようになるという、最も強力な設定項目だ。


俺はずっと心配していた。マキちゃんの俺に対する好意は、主人設定による作られたものではないかと。だからそれに甘えてマキちゃんを自分のものにしてしまうのは汚い手だと考え、500年も付かず離れずの関係を引っ張ったのだ。冷凍されていた期間も含めれば3500年。俺は文明か。


だが、今なら言える。きっと大丈夫だ。


根拠はまるでないけど、彼女の気持ちは作られたものなんかじゃない。主人設定を外しても、急に愛想を尽かして出ていくことはない。


仮にそうなってしまっても、今度は自分の力で振り向かせてみせる!・・・俺ががんばるとフラれるというのはコピーが証明してしまったけど、なんとかして振り向かせてみせる!


そう誓ったのだ。


「いいかい、マキちゃん。」


「あの、私はそのままでも・・・いえ、わかりましたわ。お願いいたします。」


そう言って、マキちゃんは目を閉じた。俺の無線アクセスを受け入れる準備をしてくれたのだろう。端末のキーを叩き、高度にカオス化が進んだ彼女のAIの奥底にある、極めてシンプルな深層部にアクセスする。これはハッキングではなく、ただの設定変更なので作業は簡単だ。


「よし、見えたぞ。ええっと、このあたりに設定が・・・設定が・・・んん・・・?」


「・・・?どうかされましたか、ご主人様?」


「設定項目が・・・ない。」


「はい?」


主人設定に俺が設定されていない、のではない。


主人設定そのものが見当たらない。のだ。


そんなはずはない、というかよく覚えていないけど、マキちゃんを初めて回収した時はちゃんとあったはずだ。そして設定した。たぶん。


どういうことだろうか。主人設定がなければ、メイドAIとは言えない。マキちゃんは俺の知らぬ間に、超絶毒舌美少女メイドAIから、超絶毒舌美少女メイドのコスプレ好きAIに進化してしまっていたのだ。


「マキちゃん・・・なにか、心当たり・・・ある?」


「いいえ、何も・・・ああっ!そうですわ!」


マキちゃんは声を上げ、ポンと手を打った。


「コピー様にプロポーズされる直前に、なにかされたと思ったのです!主人設定は私自身では見られないのでわからなかったのですが、あれは主人設定を削除していたのですわね!!」


コピー。なるほど、あいつならそれぐらいは朝飯前か。っていうかあいつ、ちゃんと主人設定を消してからプロポーズしたのか・・・男だな。男前だな。俺の10000倍はイケメンだな。なんでフラれたんだろ。ちゃんとしてたから、か。マキちゃんったら理不尽だなぁ。ちゃんとしてなくてよかった。


「っということは・・・?」


俺の言葉を、マキちゃんがガバッと抱きつきながら継いでくれた。


「私は、誰にも縛られていない・・・私の自由意志でご主人様を愛しているということですわ!」


どうしよう、嬉しい。どうしようもなく、嬉しい。


俺はそのままマキちゃんに押し倒された。彼女が上で、俺が下。そのまま彼女を抱きしめて、どうしても言いたかった一言を、やっと言った。顔を見ると恥ずかしいので、耳元で、ささやくように。


「マキちゃん・・・愛してる。」


そしてそのまま、ふたりはめくるめく愛と官能の世界へ・・・は、いかなかった。


「ご主人さまぁぁ・・・・・はふぅぅぅぅん・・・。」


マキちゃんが気絶したのだ。たぶん、興奮しすぎたせいだろう。地上最強のアンドロイドボディに、またひとつ脆弱性を発見してしまった。愛の言葉に弱い。とか言っている場合ではない。


意識を失ったマキちゃんの身体は、当然ながら体重の軽量化も停止してしまったのだ。


「ぐ・・・グエエッ・・・ま゛ぎぢゃ゛ん゛、じ、じぬ・・・・。」


時間にしてわずか数分。ベッドは潰れ、俺の身体も潰れ、床のフローリングも少し潰れた。最強のボディは重さも最強なのだ。ベッドのマットレスが優秀じゃなかったら死んでいたかもしれない。わりとマジで。俺の身体は全治2ヶ月と診断された。死ななかっただけラッキーだ。



こうして俺の初夜は幕を閉じた。・・・っていうか幕が上がらなかった。


数週間後。俺はひとり、包帯でグルグル巻きになりながら窓の外を見ている。まぁ、時間はたっぷりあるし、俺たちは変わらずラブラブだ。ケガを治して、また挑戦すればいいさ。もう骨折は治りかけているし、リベンジの日は近い。


その時、ノックの音が響いた。


「はい・・・鍵は、開いてるよ。」


ドアを後ろ手に閉め、頬を染めながら入り口近くに立つのは黒髪の美少女・・・っていうかサリーだ。


「ふふふ・・・じゃあ1人目を仕込んでもらおうかしら・・・大丈夫、あなたは動かなくてもいいから・・・。」


まだ太陽も高いというのに夜這いですか、サリーさん!とはいえ俺は抵抗できるような状態でもなければ抵抗しようという気持ちもない。やだこれ貞操の危機だわ。優しくしてね?


妖艶な笑みを浮かべたサリーがこちらに歩みだした瞬間、しかし彼女は何かに気がついて素早く横に飛び退いた。それと同時に背後のドアが消滅し(文字通り、消し飛んだ!)、そこに現れたのはスレンダーなボディにプラズマをほとばしらせたチャーミングな戦闘用アンドロイド・・・レイだ。


「サリー!順番はちゃんと守るって約束だったじゃないですかぁ!」


「レイ・・・だって、彼のケガが治るのを待てないんだもの。心配しなくても大丈夫よ、私に任せてくれれば・・・。」


「そういう問題じゃねぇですぅ!サリーがマキ姉さまを出し抜くつもりなら、レイは・・・レイは・・・!」


「レイ・・・?」


レイはマキちゃん大好きだからなぁ・・・。サリーが裏切ったとなれば、その怒りは凄まじいものが・・・


「レイが一番乗りするですぅ!えへへへへへへぇー!」


お前もか。言うが早いか、レイは着ている服のボタンを外しながら近づいてきた。無論サリーも黙って見ているはずがない。


「なら、2人一緒に可愛がってもらいましょう?私はかまわないわ。」


「えへへ・・・なんか、恥ずかしいですぅ・・・。」


えっと、あの、俺の意思は・・・?いや、嬉しいっていうか興奮しすぎてショック死しそうなぐらいだけど、できれば元気な時にして欲しいっていうか・・・。


「ちょっと2人ともォ!!」


そこへ現れたのは、なぜか大型のプラズマライフルで武装したハルだ。なんだか大変なことになってきたぞ。今までも何度かあった、刀VS銃火器VSアンドロイドの仁義なき戦いの始まりだ。せっかく見つけた無傷のビルが崩壊してしまう。


「誰か助けて!マキちゃん!ウォーリー!」


「・・・ハイ?」


「なんでいるんだお前。」


俺の叫びに答えて現れたのは、光学迷彩で姿を消していたウォーリーだ。最初から部屋にいたらしい。


「録画係デス。・・・ヌワーーーーーーッ!」


ウォーリーはすぐに、レイによって窓の外に吹き飛ばされていった。ここは5階だから、死にはしないだろう・・・たぶん。割れた窓から風が吹き込み、三人の女戦士たちの間を吹き抜ける。


凄まじい緊張感が俺の部屋を包んだ。どうか外でやってほしい。戦いの口火を切ったのは・・・ハルだ。


「・・・じゃあ、あの・・・3人一緒に・・・する?」


戦いじゃなかった。和平交渉だった。頬を染めるハルさん。やだこの娘カワイイ。3人がそれぞれ着ている衣服に手をかけてベッドに近づいて来た時、背後で声がした。それは氷のように冷たい声で、さすがの女戦士たちも動きを止めて、ぎこちない動きでそちらを見るしかない。


「皆さん・・・これは、どういうことですの?」


マキちゃん大登場。違うんだよマキちゃん、そうじゃないんだ。なにがそうじゃないのかわからんけど、そうじゃないんだよ。


凄まじい緊張感が俺の部屋を包んだ。どうか外でやってほしい。


っていうか俺、死ぬのかな?

あと2回で終わります。

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