贖罪の方法
「あの、その・・・マスターを殺さないで、ほしい、です。」
ミンさんは見ていて気の毒なほどに小さくなりながら、そう言った。
「こんなことを言える立場じゃないと、わかっては、います、けど・・・。」
コピーは死んだわけではない。マキちゃんがあまりにも痛烈なことをするので軽く自我が崩壊したかもしれないが、放っておけばそのうち勝手に復活して、また悪さをしないとも限らない。
だからトドメを刺さないといけないのだが、俺はそうするつもりはなかった。
「ああ、もちろん。最初から殺すつもりはないよ。」
「オリジナル様・・・!!ありがとう、ありがとう、ございます・・・!」
ミンさんは泣いて喜んでいる。
俺としては単純に、コピーに罪を償わせたかっただけだ。人類を2度も絶滅寸前に追い込んだのだから、こんなに簡単に殺して終わり、というのは違う気がした。ただそれだけなんだけど・・・あいつ愛されてるな・・・。
「ご主人様、準備が整いましたわ。」
「マキちゃん、ありがと。じゃあミンさん、悪いけど、腕時計からこっちの端末に引越ししてくれる?」
「はい。」
ミンさんは素直に俺の言うことを聞き、新しくマキちゃんが生成した小型端末に引っ越してくれた。それを見届けてから、今度は端末から無線通信モジュールを取り外す(必要な工具もマキちゃんに作ってもらった)。これでこの端末は、ケーブル等で物理的に接続しない限りどこにもアクセスできない、いわばAI用の簡易的な牢獄だ。中にはミンさんがひとり。
続いて、この端末とコピーの残骸をケーブルで繋ぎ、コマンドを実行する。しばらく待つと、端末の画面内で大人しく座っていたミンの横に、1人の男が現れた。うなだれて、ぐったりして、明らかに落ち込んでいるそいつはコピー。無事にボディからAIを吸い出せたらしい。
「おーい。おーい、コピー。生きてるか?」
「・・・。」
反応はない。
「ミンさん、ちょっとお願い。」
「はっ、はい。・・・クソドMマスター、ウンコみたいに潰れてないで、なにか喋りやがってください。」
「えっ・・・ちょ、なにこれ・・・ミン?」
「なにを呼び捨てにしてやがるんですか、クソウンコマスター。今日からミンが主人ですよ。ミン様と呼びなさい。」
「ミン・・・様?なんだ、なんだこれは・・・。」
「はいよく出来ました。ご褒美をあげますから、ブヒブヒ鳴いて喜びなさい、糞豚クソマスター。」
「ブ・・・ブヒィ!」
いつの間にかミンさんの手に握られたムチに尻を叩かれ、コピーはブヒィと鳴いた。
彼の首には重そうな黒い首輪がはめられ、そこからは数本の鎖が生えている。これはそう、ヤツが作った【電子奴隷の首輪】。主人はミンさんに設定してある。コピーもAIのようなものだから、あの首輪がある以上、ミンさんに逆らうことはできない。別に言いたくてブヒブヒ言っているわけではないのだ・・・たぶん。
コピーはブヒブヒ言いながら、しかししっかりと尻をミンの方に向けている・・・別に尻を向けろとは言われてない気がするが・・・。
「く・・・こ、こんな・・・こんな屈辱を・・・」
「マキに見られて喜んでいる変態め!本当に気持ち悪いですね!」
「ああん!そ、そんなわけ・・・」
「ブタが人間の言葉を喋るんじゃないですよ!」
「あふう!ブ・・・ブヒィ!」
だんだん興が乗ってきたのか、ミンさんの息が荒くなってきた。ううん、なんかこれ楽しそうだな・・・まぁ、コピーの罰はヤツが元気な時にやったほうがいいか。端末をそっと閉じようとすると、しかしコピーの声がそれを止めた。
「待て、ちょっと・・・待っ」
「うるさいですよ、この真性下劣AIが!」
「あああん!ミン様、どうか、これ、大事な話なので・・・ああん!」
「え、あ、ううん・・・仕方ないですね。」
コピーは座りなおすと、神妙な顔をした。なんかもう手遅れ感がすごい。彼はひとつ咳払いをしてから、続けた。急がないと、隣でミンさんがウズウズしてらっしゃる。
「オリジナル・・・お前に伝えておくことがある。」
「・・・え、なに?」
「第072研究所の、8号研究室をよく調べろ・・・以上だ。」
「・・・?なに?何があるの?」
「フン。俺から言えるのはそれだけだ。あとは自分で調べろ。」
それきり、コピーは口を閉ざしてしまった。そうか、でも調べるのはめんどい。
「ミンさん、お願いします。」
「オラこのブタマスター!グズグズしないで全部話すんですよ!その口は臭い息を撒き散らす以外に使えないんですか!?」
「ああん!あそこには、テラフォーミング前の全ての環境データが残されているんですぅ!」
「・・・なんだって?」
ミンさんが自慢のムチで聞き出したことには、なんとコピーが使用したテラフォーミング用のナノマシンというものは、作り変える前の環境の情報を全て一箇所に保存しておく機能があったのだそうだ。
つまり、こういうことだ。
生き物も、人間も、建物も、海や山も、すべて、元に戻すことができる。
「生き物や人間まで元に戻る」と聞くと驚くが、まぁ電子レンジが生き物として繁殖するようになったぐらいだ、普通の生物を再生するなんて簡単だろう。
「ただし、元に戻すためには、今の環境をすべて破壊する必要がある。・・・つまり、今、地上にいる人類やその文明の痕跡は、すべて消滅する。」
「なぁーーーにを勝手に喋ってやがりますか、クソブタクソマスター!空気が汚れたじゃないですかぁ!」
「ブヒィ!申し訳ありませブヒィ!」
あの、究極に繁栄した旧文明を復活させることができる。
もちろん、させないこともできる。
それを決めるのは、今ここに生きている俺たちだ。
俺は、サリーを見た。黙って今までのやり取りを聞いていたサリーは、難しい表情をしたまま腕を組んでいる。
次に、ウォーリーを見た。うん、何を考えてるのかさっぱりわからん。なんでイリスさんは分かるのだろうか。謎だ。
そして、マキちゃんを見た。マキちゃんはただ、優しく笑っているだけだ。彼女は俺がどう考えてどう決定しても、きっと応援してくれるだろう。
そして、俺は・・・
「ブ、ブヒィィィィ!」
ちょ、うるさい。
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