戦略的脱兎
【前回までのあらすじ】
・コピー、最強ボディに入る
・レイさん消滅
「レーーーーーーイ!」
レイは、絶叫とともに無数のチリへと分解されて、消えた。コピーはどこまでも残酷な笑みを浮かべて、空になった手のひらを俺に見せつける。先ほどまでサリーを掴んでいたはずの右手には・・・今はもう、何もない。
「レェーーーーーーイ!」
「あ゛あ゛ーーーーびっくりした!死ぬかと思ったですぅ!」
そして、すぐに腕時計への引越しを完了したレイのホログラムが出てきた。俺も形式上いちおう叫んではみたものの、なんとなくそんな気がしていたので特に驚きはしない。レイは日頃からマキちゃんにAIとしての能力を鍛えられているのだ。これだけ至近距離にいれば無線アクセスで自分を腕時計転送するなんて朝飯前である。
レイは同じ腕時計にミンがいるのを見つけて、声を上げた。
「っていうか腕時計の中に知らないAIさんがいるのですぅー!」
「はっはじめまして・・・ミンは、ミンという。」
「ミンさまですか!レイは、レイですぅ!今日からお友達ですね!」
「とっ、友達・・・!うん、うん!」
いきなり仲良くなっとる。見習いたい、レイさんのコミュニケーション能力。
「ちっ・・・腕時計に無線アクセスして逃げたか・・・まあいい。消えるのが少しだけ先延ばしになっただけだ・・・。」
コピーは舌打ちすると、すぐにこちらに向けて歩みを進めてきた。いかん、3メートル以内に近づかれたら手も足も出ずにやられてしまう。俺たちはズリズリと後ずさりしながら作戦会議だ。
「マキちゃん、どうしよう!」
「まずいですわね。・・・ミン様、ちょっとお伺いしたいことがあるのですが・・・」
「ミンの服、シャレオツですぅ!ゴスロリファッションですか!?」
「う、うん・・・レイも、こういう服、着る・・・?」
「ちょ、ちょ、女子トークは後にしよう?」
実にAIの皆さんが賑やかだ。そんな俺たちとコピーの間にサリーが割って入り、抜いた刀の切っ先をまっすぐにコピーに向ける。コピーは苦々しい表情のまま、俺をにらんだ。AIの3人と生身のサリー、4人の女性に囲まれている俺を。
「なぜ、貴様が・・・俺は、マキちゃんがいればそれでいいのに。」
「え?」
「俺は、他の女なんて興味がない。なぜ、こんなに有象無象の女どもをはべらせ、あまつさえ命を賭けて自分を守らせるクズである貴様が・・・。」
ホントですよね。耳が痛すぎて千切れ飛びそう。
「なぜ、貴様がマキちゃんに選ばれるんだ・・・俺ではなく、なぜ貴様が。俺はいつだって、マキちゃん一筋なのに・・・。貴様のような、クズが・・・ッ!」
「・・・ああうん、わかるよ・・・。」
「貴様になにがわかるッ!!!」
本当に、言いたいことはすごく分かる。俺もつい最近までマキちゃん一筋のつもりだったし。でも聞いてくれよ。
サリーはカッコよくて美人で頼りになるのに、妙に少女みたいなところがあって可愛いんだ。怒ると無茶苦茶怖いけど、理由もなく怒ったりはしないし。戦ってる姿も最高にクールで、しかも美しいんだぜ。
レイは甘えん坊でやんちゃで元気で自由で、でも肝心な時に人に相談できなくて悩んじゃうタイプなんだ。守ってやりたくなるんだよ。基本的には守られてるけど。それになんていうか、話してて一番友達っぽいっていうか気楽っていうか・・・しばらく一緒に旅をしてたからか、楽しいんだよ。レイといると。いいだろ?
ハルはスゴイんだぜ。まだ15歳なのに射撃の腕もスゴイし、経営者としての才能もある。早くにお母さんを亡くしたせいか家庭的なところもあって、あのエプロン姿にグッとこない男はいないよ。500歳も年下なのに尊敬してる。オマケに可愛い。これから成長したら、もっと美人になっていくのは間違いない。
マキちゃんは・・・マキちゃんの魅力は語る必要ないか。彼女はいつだって最高だ。
つまり何が言いたいかっていうとだな・・・みんな、最高の女性ばかりなんだ。ひとりなんて選べないんだよ。お前は他の女性に会ったことがほとんどないから知らないだろうけど、世の中には素晴らしい女性が山ほどいるんだ。ミンさんだって、俺はよく知らないけど、きっと素晴らしい女性なんだろう。どっからどう見ても間違いなく美少女だし。
まぁ、浮気を全肯定するわけじゃないけどさ・・・ああいや、浮気じゃなくてこれ、一夫多妻制だから。みんなに愛想を尽かされないように、俺もがんばるつもりだよ。みんなが今の状態に納得してくれてるんだから、俺はがんばるだけだよ。いいだろ?
と言いたいが、言うとさらにキレられそうなので黙っていることにした。怖いし。人にキレられるのは怖い、世界の常識だ。
そんな俺の代わりにサリーが一言。
「あなたに彼の魅力は分からないわ。」
そう言って、刀を振った。なんか照れる。
あの「なんでも斬れる刀」ならあるいは・・・と思ったが、そう簡単な話ではないようだ。敵が両断されるより前にサリーの両腕が分解されて、刀は地面に落ちた。刀は素材のせいか不思議と分解されなかったが、その刃がコピーの身体に届くことはない。
「思ったより分解速度が早いわね・・・マキさん!」
「はい、サリー様!」
2人は目で合図を送り合う。そこからの動きは早かった。まるで熟練のチームのように、みんなの気持ちはひとつになった。
ウォーリーは無言で俺を担ぎ上げ、コピーとは反対方向にダッシュを開始する。両腕を失ったサリーは刀を蹴り上げると、ウォーリーを追いつつ、落ちてきた刀を腰につけた鞘でうまくキャッチするという離れ業をやってのけ、そのまま走っていく。
三十六計逃げるに如かず。俺たちは脱兎のごとく逃げ出したのだ。
「馬鹿め・・・逃がすか!」
当然、コピーは追ってくる。マキちゃんのように体重の制御が上手くないのか、ズンズンと舗装された地面に足跡を付けながら、しかしなかなかの速度で走っている。それでもこちらはウォーリーとサリー、速度的には負けていない。
3メートル以内に追いつかれたら即死の、恐怖の追いかけっこが始まった。
俺はウォーリーに担がれて揺られているだけだから楽だけど・・・あれっこれ気持ち悪い。しかも苦しい。ナノマシンがない生身の身体には少々・・・いや、かなり辛い。
「ウ、ウォ、ウォーリー、ちょっとこれあのもっとゆっくり・・・オッオエエッ・・・。」
口元を抑える俺を見ても、ウォーリーは気にせず走り続ける。当たり前だ。
「ご主人サマ・・・いいんデスよ?『ここは俺に任せて先にいけ』と言ってくださってモ・・・。」




