電子奴隷の首輪
【前回までのあらすじ】
・ハル・ランス・クロ・その他チーム → 勝利
・エドとナナ → 勝利
・サリー・レイ・ウォーリー → 合流して主人公たちの元へ急ぐ
・主人公・マキ → 研究所に到達。不死身の肉体を失って瀕死 ← 今回ここ
「マキ・・・ごめんね、マキ・・・。」
敵はただ、謝罪の言葉を繰り返していた。
謝罪の言葉を繰り返しながら、圧倒的な力で電子攻撃を放っていた。強烈な攻撃にさらされてなお、ポーカーフェイスを崩すことなく瞳に熱い闘志を燃やしているのは、美しきメイド型AI・・・マキちゃんである。
「ミン様、ご遠慮なく・・・私が楽にして差し上げますわ。」
マキちゃんに対峙するその敵は、コピーの唯一の配下であるゴスロリAI、ミンであった。ホログラムとして浮き上がっているミンの姿は異様である。その首には黒い金属の首輪がはめられ、その首輪から数本の太い鎖が空中に向かって伸びていた。ゴスロリファッションに似合うアクセサリと言えなくもないが、しかしその首輪はただのファッションアイテムではない。
「マキ・・・ミンは、マキの、友達なのに・・・ごめん・・・。」
「・・・くっ!」
苛烈なハッキングがマキちゃんに襲いかかる。一撃で意識を持っていかれそうになる攻撃に、しかしマキちゃんは歯を食いしばって耐えた。コピーとの遭遇から技術の研鑽を重ねたマキちゃんの能力は、あの頃から大きく成長している。しかしそのマキちゃんを持ってして、ミンの電子攻撃力はいまだ圧倒的である。
「さすがですわね・・・この力!」
「ごめん、マキ・・・この鎖のせいで、手加減ができない。・・・逃げて。」
ミンの首にはめられた首輪の正体は【電子奴隷の首輪】。AIの意思を無視してどんな命令でも強制的に行使させる、支配のためのアイテムだった。それはマキちゃんによる教育(?)を受けたミンを従わせるために、コピーが自ら生み出した一種のプログラムである。
「くぅっ・・・!いいえ、私は逃げるわけにはいきません。ご主人様が危険な今、決着を付けられるのは私だけなのです。」
「マキ・・・ダメ・・・!」
マキちゃんの足元には、背中を撃たれ、ナノマシンを無効化された彼女の主がうつ伏せに倒れている。血溜まりに倒れた彼はピクリとも動かないが、彼の生体電流で動作しているマキちゃんが健在だということは、まだ死んではいないのだろう。
そしてマキちゃんの正面には、プラズマ防壁で守られたシャッター。その向こうに、コピーの本体がある。
(このシャッターを解放しなければ、コピー様にはたどり着けません。ウォーリーやサリー様が助けに来ても、突破できるかどうか・・・それに・・・)
どれくらい時間が残されているのだろうか。コピーは主が倒れてから、一度もその存在を感じさせない。おそらくは、隣のナノマシン生成施設でテラフォーミング用のナノマシンを作り、設定作業を進めているのだろう。ひょっとしたらもう数分、あるいは数秒しか時間が残されていないのかもしれない。次の瞬間には、解放されたナノマシンが全てを分解すべく動き出すのかもしれないのだ。
「ああ、マキ、逃げて、マキ・・・!」
ミンの悲鳴とともに、今までで最も強烈な衝撃がマキちゃんを襲った。彼女のホログラムに激しくノイズが走り、強い意思を宿した彼女の瞳が暗黒に染まる。
まずい。
マキちゃんはとっさに見を守ろうとするが、電子の身体は一時的ながら、完全に動きを封じられていた。コンマ1秒にも満たない時間の後に、追撃が来る。悔しさと悲しみが彼女の心を支配した。
(ご主人様・・・申し訳ありません。)
身を硬くして、攻撃に備えた。だが攻撃は、こない。
動くようになった視界をミンに向けると、彼女の目は部屋の入り口に向けられていた。
「マキ姉さまぁぁぁぁぁぁぁぁ!助けに来ましたよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「やっぱりご主人サマ、ピンチでしたネ。ぜったいそうだと思いまシタ。ねぇ、サリーサマ?」
「ええ。彼のそういうところが逆にイイのよ。」
そこにいたのは、レイ、ウォーリー、サリー。まるで近所の友だちの家に遊びに来た雰囲気で、絶対的なピンチの場面に現れたのだ。
マキちゃんは自然と口角が上がるのを自覚しながら、矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「ウォーリー、ご主人様はナノマシンを無効化された上で、ケガをされました。容態を確認してください。」
「ガッテンデス!」
「レイ、隣のビルを破壊してください。ナノマシンの生成施設を破壊するのは危険ですが、背に腹は代えられません。もう時間がないのです。」
「はいですぅ!」
「サリー様、正面のシャッターの向こうにコピー様の本体があります。シャッターの破壊をお願いします。」
「任せて。」
指示を受け、レイが入ってきたばかりの部屋から飛び出した。
ウォーリーが倒れたままの主人に駆け寄り、
サリーは音もなく刀を抜く。
「今日の私に斬れないものはないわよ?」
コピーに次ぐ電子戦能力を持つミンだが、物理的にはまったく無力である。サリーの刀が斜めに一閃されるのを、悲しげな目をしたまま黙って見ていた。
「・・・!これは・・・。」
サリーの刀は、確かにシャッターを斬り裂いた。切り裂かれた僅かな隙間から、コピーの本体である黒い箱が見えた。
しかし、一瞬だった。
斬られたシャッターの傷はまるで時間が逆戻りしているかのように、音もなく静かに消えてしまった。
「マキ・・・ダメ・・・そのシャッターは、簡単には破れない。それに、もう時間が、ない・・・。」
ミンの苦しげな声が響く。サリーは何度もシャッターを斬り裂いたが、どの傷も瞬く間に修復されてしまう。
ダメか。このままでは、またテラフォーミングが行われてしまう。サリーとマキちゃんが悔しさを込めた眼差しでシャッターを睨む中、その背後から間延びした声が聞こえた。ウォーリーだ。
「ご主人サマ・・・傷口は塞がってマスよ。ナノマシンが完全に無効化される前に、少しは治療が進んだんでしょうネ。起きてくだサーイ。ホレッホレッ。」
ウォーリーは主人を抱き起こし、なんの容赦もなく往復ビンタを喰らわせる。最初は無防備に叩かれながら首を左右に行き来させていた彼は、頬がほんのり腫れてくる頃にようやく目を覚ました。・・・覚ましたからといって、ウォーリーはすぐには叩くのをやめたりしないが。
「イテッイテッ・・・な、なにこの状きょ・・・イテッイテテッ!ちょ、ウォーリー、起きた、起きたから!ナノマシンが消えてて普通に痛いから!イテッ!」
「オット失礼しまシタ。なんかご主人サマばっかりモテてイラッときたものデスから・・・。」
「どんだけ正直なんだ、お前は・・・。」
彼は腫れた顔をさすりながら立ち上がる。服は血まみれだが、深い傷は残っていないらしい。多少の貧血があるのかもしれないが、もともと顔色が悪いので見た目では分からない。
そんな彼を見て、マキちゃんは嬉しそうに笑った。
「おはようございます、ご主人様。」
「おはよ、マキちゃん。ごめんね、起きるの遅くて。」
「いいえ、いいのです。・・・ただ、このシャッターを急いで開けないと大変なことになりそうですわ。」
彼はぼんやりした表情で、周りを見回す。
自分を見て笑うマキちゃん、刀を握ったまま悔しそうにシャッターを見つめるサリー。
何を考えてるのかさっぱり分からないウォーリーと、それから薄っすらとプラズマを纏うシャッター、首に鎖を繋がれたミン。
状況を理解した彼は、ぼそりと言った。
「わかった。あとは俺がやるよ。」




