レイさん、滑る
【前回までのあらすじ】
・ウォーリー → アルティメットグレートウォールにボコられる
・主人公・マキ → 研究所に到達。不死身の肉体を失って瀕死
・ハル・ランス・クロ・レイ・その他チーム → 防衛戦に勝利
・エドとナナ → エキィーンキングを撃破
・サリー → 20体のゴリラと乱闘中 ← 今回ここ
「今日の私は、私史上最強ね!」
刀が舞い、閃光を切り裂く。長い黒髪が艷やかに流れるたび、敵の身体に新しい傷が産まれる。
彼女自身が言うように、今日のサリーの強さは凄まじいものがあった。20体のグレイブキーパーを前に、一歩も引くことなく互角以上の戦いを見せている。
振り回される豪腕を避け、次々と放たれるレーザーを切り裂き、エキィーン・エリートでさえ防ぐことができなかった強烈なチェーンガンの嵐を、新しい愛刀を閃かせるだけで防ぎきる。
「ほらほら、あなた達、だらしないわよ!」
通路を埋め尽くしていたグレイブキーパーは、すでにその半数が両断されてオブジェと化している。
一体、また一体と数を減らしていくグレイブキーパー達。彼らが意思を持たない鋼の兵士でなかったなら、とっくに尻尾を巻いて逃げ出していたところだろう。漆黒の髪と全てを刈り取る刃を持ったその姿はまさに死神。全滅は時間の問題である。
「グオオオオオオッ!」
「・・・?」
ふいに、背後の通路から気配を感じた。何か、正体不明のものが、圧倒的な速度で迫ってくるのだ。
敵の新手だろうか?それは、よくない。
全身を大きく使うサリーの戦い方は大胆に見えるが、全ての動きが緻密に計算されている。彼女はどんな瞬間でも、敵に前後を囲まれないよう、攻撃を受ける角度を限定するように、最大限に注意しながら戦っていた。
通路はそれほど広くなく、彼女にとっては難しいことではない。しかし、背後から強力な敵が出て来るのはまずい。いくらサリーと言えども、前後を挟まれた状態では、いつまでもレーザーや弾丸を避け続けることはできないだろう。
通路のはるか奥から、それは現れた。
(・・・飛行タイプのロボット?こんな狭い遺跡の中で?)
それは激しくプラズマを放射して通路を明るく照らしながら、まっすぐにこちらに向かって飛んでくる。
サリーの判断は早かった。
突っ込んでくる敵に対して、そのままカウンターで両断してやろう。幸いにして、背後から現れた敵はたったの1体。登場と同時に撃破してやれば、挟み撃ちになることはない。
もちろんカウンターに失敗すれば、大ダメージの危険性があるが・・・紙一重の戦いはいつものこと。何も特別なことはない。
ゴリラの飛び道具を警戒しつつ、背後の敵に集中する。速い。この狭い通路で、時速100キロ以上の速度で突っ込んでくる。
呼吸を止める。さらに集中。チャンスは一度。もっと集中しろ。もっともっと。
周りの音が消えた。空気を構成する原子ひとつひとつさえ知覚できるような、そんな錯覚を覚えるほどに、サリーの集中力は高まっていた。
時間が止まった。
いや、止まったように感じているだけだ。
飛んでくる敵の姿がはっきりと見え、構えた刀がそれを両断しようと・・・。
(・・・レイ?)
「レイちゃん、大登場ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
飛んできたのは、レイだった。
レイはそのままサリーの頭上を素通りすると、ゴリラの群れに突っ込んでいく。グレイブキーパーは当然、その小さな飛行物体を軽々と叩き潰そうとするが・・・それは叶わない。
レイは何の抵抗もなく、グレイブキーパーの群れを通過した。その後に残るのは、すっぱりとくり抜かれた円形のトンネル。身体をくり抜かれたグレイブキーパーのトンネルだ。
残っていた7体ほどのグレイブキーパーは、いずれも身体の大部分を失って機能を停止した。自分たちに何が怒ったのか理解する間もなく、ひと呼吸の後に崩れ去って爆発した。
煙の中をゆっくりと逆走しながら戻ってきたレイは、静かにサリーの前に着地する。その顔には最高のドヤ顔が浮かんでいた。
「サリー!助けにきたですよ!」
「・・・あ、そ。」
サリーはあまり興味もなさそうに、むしろ少し迷惑そうな雰囲気すら出しながら、刀を鞘に納めた。その態度に納得できないレイは、頬を膨らませてサリーに詰め寄る。
「むぅ!サリー、助けにきてあげたのに、なんですかそれは!」
しかしサリーはひとつ首をかしげてから、黙ってレイの横を通り過ぎていく。
「・・・サリー!?」
「なによ。別に必要なかったわよ。」
「なにを~!?大ピンチだったくせに、意地を張るのはやめるですぅ!」
「・・・足元を見なさい。」
「はァーーーん!?」
レイはキョロキョロと自分の足元を見て、すぐに気がついた。両断された大量のゴリラの残骸が地面を埋め尽くしている。
マジで必要なかったらしい。そう気づいたレイのテンションは急降下だ。
「・・・はぁーーーーん・・・。」
「大体何よ、その身体・・・。あなた前に、アンドロイドの身体を手に入れたら巨乳になるとか言って・・・」
「・・・はぁーーーーん・・・。」
レイが力なくつぶやきながら壁にガンガンと頭を打ち付け始めたので、サリーは追求するのをやめた。彼女は自分に厳しいが、身内にはわりと優しいのだ。
「ホラ、行くわよ。まだ戦いは終わっていないんだから。」
「ほっといてほしいです・・・。どうもこのボディになってからのレイは滑りっぱなしですよ。ヒーローじゃなければ乳もない、ただのダメ美少女アンドロイドですよ・・・。」
「自分で美少女とか言うんじゃないわよ・・・。ほら、早く行かないと、あなたのご主人様がピンチかもしれないわ。敵が罠を張っている可能性もあるし、ウォーリーさんだけだと、ちょっと心配よ。」
ウォーリーの名前を聞いたレイは、ピタリと頭を打ち付けるのをやめた。その瞳には、また新しい野望の炎が燃え上がっている。
「はっ・・・そうです、きっとこの先で、ウォーリーのクソったれが苦戦しているに違いないのです!ズバッと助けて舎弟扱いにした挙句、今後は様付けで呼ぶように強制してやるですぅ!」
そんなレイを見て苦笑しつつ、サリーはすでに走り出している。レイはそんなサリーを後ろから掴み上げると、そのまま時速100キロの飛行を開始した。
「あら、これは早くていいわね。これならまだ、私たちの見せ場が残っているかもしれないわ。」
「ええ、急ぐですよサリー!様をつけろよデコ豆腐野郎です~!」
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「これは・・・遅かった、かしら。」
廃墟。
戦場の跡地。
間もなくレイとサリーが到着したのは、そんな表現がぴったりの場所だった。鉄骨などの資材が置いてある広い空間のあちこちが炎上し、黒い煙が上がっている。
パチパチと火が燃える音以外、何の音もしない。
静かだった。
とても、静かだった。
ガレキの中を慎重に進むうちに、レイはそれを発見した。
「そんな・・・ウォーリーの、クソったれ・・・。」
それは四角い豆腐のような。
豆腐の真ん中に、ただひとつ、赤い点のようなカメラがついたシンプルなデザイン。
レイにとっては、どこまでも見慣れたデザインだ。
だが足元に転がるそれは、地面に落としてしまった豆腐のような。
半ば潰れて、崩れかけている、白くて四角い箱のような頭。
それは、ウォーリーの頭部だった。
焦げて、ひしゃげて、潰れて・・・明らかに修復不可能な損傷を受けた、愛すべき変態の頭部が、落ちていた。
「ウォーリーの!クソったれ!・・・こんなの、こんなの嘘ですよ!うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
とても、静かだった。
ただレイの泣き声だけが、虚しく響いた。




