少年の覚悟
【前回までのあらすじ】
・サリー → 20体のゴリラと乱闘中
・ウォーリー → アルティメットグレートウォールにボコられる
・主人公・マキ → 研究所に到達。不死身の肉体を失って瀕死
・ハル・ランス・クロ・レイ・その他チーム → 防衛戦に勝利
・エドとナナ → エキィーンキングと決死の戦闘中 ← 今回ここ
「いいかい、ナナ。墜落したドラちゃんが見えるね?」
エドが血の海に沈む、その数分前。エドとナナは、強力な敵と対峙していた。
エキィーン・キング。
不可避の斬撃のみを武器とした、身長3メートルほどの人型ナマモノ。原理不明の飛ぶ斬撃は、ナナですら回避も防御も不可能な、文字通りの必殺剣だ。
対するエドとナナは満身創痍。
ナナは右腕を肩のあたりで切断され、腹部から背中を貫通する刀傷。エドは左腕の骨折に加えて全身打撲、そして複数の裂傷から血が流れている。
キングとエドたちは、わずか10メートルほどの距離で向き合っていた。そこは当然、エキィーンの間合い。ひとたび刀を振られれば、2人はその瞬間に命を落とすことになるだろう。それをしないのはただの余裕か、それとも何かを警戒してのことか・・・。
「うん、みえるよ。」
だが、少なくとも貴重な作戦タイムであることは間違いない。ドラちゃんはナナから見て、キングのずっと後ろ・・・90メートルほど離れた位置で燃えている。
エドは極めてシンプルに、間違いのない指示を出した。
「全力でそこまで走るんだ。あとは行けばわかるから。」
「わかった。」
それだけで、十分だった。
走り出したとして、どうするのか。
背後から斬撃が飛んでくるのではないか。
ドラちゃんのところにたどり着いたとして、どうなるのか。
その間、エドは何をするのか。
疑問はいくらでも湧いてくるが、ナナがそれを質問することはない。敵の前で悠長に話をしている時間がないということもあるが、ナナはこう思った。
エドがそう言ったのだから、そうすればいい。
呆れるほどの、バカバカしいほどの信頼がそこにあった。
「今だっ!」
次の瞬間、キングの足元で何かが爆発した。それは、ナナとキングを引き離した時にバラ撒いておいたエドの罠。
彼はいつも、2つの道具を持ち歩いている。
ひとつは携帯用のプラズマカッター。護身用のナイフであり、また興味が沸いたナマモノを分解するための工具でもある。
そして、もう一つはスモークグレネード。対グレートウォール戦でも役に立った、万能目隠し兵器である。爆発したのは、もちろんこれだ。
キングは煙に包まれ、ナナが走り出す。ナナの足なら、3秒ほどでドラちゃんのところまで到達するはずだが、その無防備な背中を攻撃されるわけにはいかない。
エドは煙の中心に向かって突撃した。
右手には、小さなプラズマカッター。他に武器など持っていないとはいえ、小さな彼の手にちょうどいいほどの小さな刃物は、巨大な敵を前にあまりに弱々しい。
ふわりと、走るエドの耳元を風が通り抜けた。
足元の地面、ほんの5センチほど右にズレたあたりに、定規で引いたような、まっすぐな切れ目が産まれていた。全身から冷や汗が出て、恐怖で足が止まりそうになる。
それでも彼は止まらない。煙の中に入り込み、白一色に染まった視界の中でカッターを振るった。
「ええいっ!」
わざと大きな声を出して、自分の位置をアピールする。エドの狙いは攻撃ではない。ただ、敵を引きつけること。ナナに攻撃させないこと。それだけが彼の目的だ。
だから、わざと声を出す。
視界ゼロの中で、敵が自分を完全には見失わないように。自分に攻撃の矛先が向くように。
何度かカッターを振るった。その攻撃は当てずっぽうだが、キングの足に小さな傷を作る。大きな脚だ。懐に入り込めば、適当に振っても攻撃は当たる。
「とォッ!どうだっ!」
だが、それは敵にしても同じことだ。的は小さくても、剣の達人が足元をウロチョロしているものを斬るのはそう難しいことではない。
エドの背筋に、ゾワリと冷たい感覚が走った。それはエドだけが持つ、命をつなぐための第六感。
とっさに身体をズラすが、遅い。真上から突き下ろされた冷たい刃の感覚が、背中を通り抜けていくのが分かった。続いて、温かい感覚。大量の血液が、背中を伝う感覚だ。
「このォ!それがどうしたァ!」
だが、エドはひるまない。折れた左腕をブラブラさせながら、右腕一本でカッターを叩きつける。
何度も刀がエドを襲い、その度にどこかしらに傷が産まれた。だがその間、エドは一瞬たりとも怯んだりしない。自分が止まれば、狙われるのはナナだ。だから、止まらない。恐れない。小さな少年の目に宿るのは、ただ守りたいという強い意思。それは、本物の男の目であった。
突撃してからここまで、わずか数秒の、10秒にも満たない時間の攻防。
やがて風が吹き、煙が晴れた。そこに現れたのは2つの人型。
ひとつは身の丈3メートルの、機械の巨人。ほとんど傷のない美しいボディが、太陽の光を反射している。
もうひとつは、小さな子ども。全身を血に塗れさせ、千切れて落ちそうな手足を引きずりながら、それでも瞳だけは爛々と燃やして敵を見ている。エドの姿だった。
わずか数秒。しかし、限界だった。
ただ立っているだけの、押せば倒れそうなエドの前に、キングはゆったりと刀を構える。
すでに、血を流しすぎていた。
エドにはもう、逃げる力も残ってはいなかった。
・
・
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ナナは走った。
片腕を失い、バランスを失いながらも、全力で走った。
背後に注意を向けることもなかった。なぜなら、エドが「全力で走れ」と言ったからだ。余計なことをせず、ただ速く走ることだけを考えた。
背後から攻撃が来ることはなかった。当然だ。エドが全力で走れと言ったのだから、攻撃など来るはずがない。
ドラちゃんが燃えている。なんと、彼女はまだ生きているようだ。ナナを見つけると、急いでその大きな口を開く。
「・・・うう・・・ナナ様。」
「ドラちゃん!いきてるの!?」
「かろうじて・・・いえ、それよりも、コックピットをご覧ください。お早く。」
それは折りたたまれ、コックピットの後ろの座席に窮屈そうに置いてあった。
炎上するドラちゃんの中で、静かに出番を待っていた。
それは、彼女が持っている唯一の武器。
彼女の血の繋がらない祖父が、彼女のために愛情を込めて作り上げた、彼女のための、彼女にしか使えない武器。
その武器の名は「ナナに幸運を」という、祖父の願いを込めて名付けられたものだ。ナナはそれを手に取ると、片手で器用に組み立ててみせる。
「エド、まっててね。」
ナナは【ラッキーセブン】を構える。その瞳は、勝利への確信に満ちていた。なぜなら、エドがそう言ったからだ。
ふたりなら勝てる。
エドがそう言ったのだから、負けるはずがない。
そしてナナは、引き金を引いた。




