ヒーローは遅れてやってくる
【前回までのあらすじ】
・エドとナナ → エキィーンキングと決死の戦闘中
・サリー → 20体のゴリラと乱闘中
・ウォーリー → アルティメットグレートウォールにボコられる
・主人公・マキ → 研究所に到達。不死身の肉体を失って瀕死
・ハル・ランス・クロ・その他チーム → 遺跡の入口で防衛 ハル死にそう ← 今回ここ
「はやく・・・はやく・・・」
彼女は、焦っていた。
暗く狭い場所に閉じ込められ、外の様子も分からず、ただ待つのみ。
この状況においてそれはとても辛く、信じがたいほどの忍耐力が要求されることだ。焦り、イラつき、無理やりここを出てやろうという考えが何度も頭をよぎったが・・・しかしここに閉じ込められている理由を思い出し、ギリギリで踏みとどまる。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
永遠とも思えるような時間が過ぎ、その時は来た。
『修復作業、完了。ワーキングボックスを開放します。』
電子的な声が響き、彼女を閉じ込めていた箱が勢い良く展開する。眩しい太陽が、産まれたばかりのような美しい彼女の身体を照らしていた。
「うぉっしゃああああああああ!完全体レイちゃん、爆誕ですぅぅぅぅぅ!」
箱から勢い良く出てきたのは、レイだ。
傷一つ無い、完璧な状態のアンドロイドボディを手に入れた、レイだ。
満を持して登場した彼女に、しかし気づいた人間は1人もいなかった。見渡せば、あちこちで立ちのぼる黒煙と爆発、ドリルを振りかざすツチモグラに、逃げ惑う人間たち。
「・・・これ、ちょっと遅刻ですね?」
レイは、慌てて飛び出した。
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数時間前。
エドはカタカタと端末をいじりながら、ネコのレイと話していた。その傍らには、人間が1人すっぽりと入りそうな巨大な箱が置かれている。ネコの町から脱出するとき、なんとかトラックに積み込むことができた大切な箱だ。
「レイさん、残念ながらレイさんのアンドロイドボディは修復作業が終わらなかったので、出撃できません。」
「ゲエッ!マジですか?こないだほとんど終わってたじゃないですか!?」
「あのあと、パワーアップのために1回バラバラにしちゃったんです・・・ごめんなさい。」
「ゲゲェ!今こそパーフェクトレイちゃんの出番なのに!ホチキスかなにかでツギハギにしてもいいですから、無理やり出られないですか?」
「ホチキスて・・・紙じゃないんですから・・・。実のところ、あとは単純な作業しか残ってないんだけど・・・残念ながら、ボクはもうナナと出なきゃいけないから、作業ができません。」
「そんなぁ!パテ!エポキシパテならどうですか!?」
「パテて・・・プラモデルじゃないんですから・・・。いや、そこで、この『ワーキングボックス』の出番です。この中にはひと通りの工具と例の『白い触手』、それから修理中のボディが入っています。触手がロボットアームのように動作して、プログラム通りに作業を進めてくれるんです。だから、あと数時間待てば修理は完了しますよ。」
「おお!触手がレイのボディを!?エロすごいです!・・・でも、数時間後って・・・間に合うですか?」
「エロすご・・・?えっと、うーん・・・わからないけど・・・アレですよ。」
「?」
「ヒーローは遅れて登場するもの、ていうじゃないですか。」
「な、なるほど!!」
エドは師匠譲りの適当なトークでごまかしただけだが、その効果は絶大だった。この言葉のお陰で、レイは大人しく修理完了までワーキングボックス内で待つことが出来たのだから。
「ヒーローは、遅れて・・・くふふ・・・」
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ハルは、空中にいた。
今まさに、落下していた。
高い岩のてっぺんから、投げ出されるように落ちていた。
眼下にはゴツゴツとした岩と、乾いてひび割れた茶色い地面。それが急な斜面となって、20メートルほど下のほうまで続いている。
このまま落下すれば、おろし金のような斜面をゴロゴロと転がり、人間ボロ雑巾の一丁上がりである。それだけで済めば幸運な方で、そんな姿で転がった人間は、戦場を埋め尽くすツチモグラにとって最高のご馳走に見えるのは間違いないだろう。
(ごめんね、にーさん・・・さようなら。)
ハルはグッと目を閉じた。
一瞬、開いた状態の「箱」が視界に入ったような気がしたが、もうどうでもいいことだった。自分はもう死ぬのだ。
(どうか、みんなは・・・にーさんは無事でいてください。)
ただそれだけを祈って、着地の衝撃に身をこわばらせる。
(・・・?)
だが、いつまで経っても、痛みも衝撃もやってこなかった。
恐るおそる目を開けると、青空をバックに、こちらを見つめる綺麗な瞳が目に入った。誰かに抱きかかえられているのだと理解するのに、数秒を要する。それがレイであることを理解するのに、さらに数秒がかかった。
「・・・レイ?」
名前を呼ばれてニパッと笑うのは、いつもホログラムで見ていたのと同じ顔。
でも、いつもよりも少し凛々しく、大人びた雰囲気を感じさせる・・・そんな顔。
「ハルさま!」
「・・・?」
「助けに来たですよ!」
ハルの瞳から、ポロリと涙がこぼれた。不思議なほどの安心感が湧いてきて、涙は次から次へと湧いてくる。
「レイ・・・怖かったよぉぉぉぉぉ!」
「よしよし・・・もう大丈夫なのですよ。」
レイがそんなハルをヨシヨシと撫でていると、ふいに頭上から、巨大な影が落ちてきた。ツチモグラが全てをえぐり取る大型ドリルを唸らせて、2人に飛びかかってきたのだ。
「きゃああああああ・・・・・あ?」
ハルの悲鳴はしかし、途中で疑問形に変わる。見ればツチモグラが空中で停止していた。空中に止まったまま、慌てたようにジタバタと手足を動かしている。いや違う。レイが片手でハルを抱っこしたまま、反対の手でツチモグラのドリルを掴んでいるのだ。
ハルとそう変わらない細い腕のどこにそんなパワーがあるのか、巨大なツチモグラを片手で軽々と持ち上げている。
「ちょっと今いいところなのに・・・邪魔ですよ。」
全てを消し去るプラズマをまとったドリル。あらゆる攻撃を無効化し、触れるだけで、どんな物体でも消し去るドリル。しかし、そのドリルはレイに掴まれた部分から亀裂が走り、そしてツチモグラは爆散した。
レイは元々、防御特化のアンドロイドであるナナの防御を破れるほどの超攻撃特化のアンドロイドである。天才少年エドによって強化改造を施されたその能力の前では、穴掘りマシンのドリルなどオモチャも同然であった。
「うそ・・・なにこれ?どうなってるの、レイ?」
「ぬっふっふっふっふ・・・。」
ハルのリアクションに満足したレイは、ニコリと笑ってから彼女を優しく地面に下ろした。その顔は自分のカッコよさの前に緩みきっているが、それをハルに見せるわけにはいかないので、それとなく顔を背ける。ヒーローはニヤニヤしないのだ。だってヒーローだから。
そしてふわりと、まるでそれが当たり前と言わんばかりに宙に浮き上がる。その姿は神秘的で、思わずハルの口からため息が漏れた。
「レイ・・・綺麗・・・。」
飛行中のレイの背中からは、制御のためのプラズマが放射されている。それはさながら光の翼であり、戦場を見下ろすその姿はまさに神の使いであった。それは見るもの全てに畏怖の心を抱かせ、味方には絶対の安心感を、敵には圧倒的な絶望を与えるのだ。
「さあこちらを見るのです、狂った電子の神に仕えし悪魔の使徒たちよ!今こそ断罪の時ッ・・・断罪の・・・あの、おーい・・・」
ただひとつ、問題があった。
誰も見ていなかったのだ。
それはそうだ、敵の主力はツチモグラであり話なんて聞きそうもない。人間はそのツチモグラに追い回されて必死に逃げ惑っている。
レイのノリノリの口上を聞いているのはハルだけだったし、そのハルでさえ、すでにちょっとかわいそうなものを見る感じでレイを見ている。
「レイ・・・あの・・・カッコいいよ・・・?」
ハルの優しさが胸にしみた。レイは、ハルとずっと仲良くしようと心に決めた。テンションは下がった。
「あの・・・この、これ・・・いや、もういいですよ、チクショー!」
そういう感じで、レイの戦いが始まった。




